第18話 トリスちゃんとガキ大将、たまに姫騎士
学院に通い始めてから、あまりにも平穏な日々が続いていた。
あっという間に時が流れて、わたしも既に三学年に進級している。
今年で十六歳になったが前世と比べると大分、女性らしい体つきになったと思う。
前世では胸が成長しないように無理矢理、さらしを巻いて、押さえていた。
そのせいか、中性的な少年のような状態に体が保たれていたのだ。
今世ではそんな必要がないから、とても楽に生活が出来る。
ただ、あまり背が伸びないのは変わらない。
体も動かしているし、食べているのに不思議だ。
不思議なことはもう一つある。
立派な兄が二人いるから、わたしが婿を取る可能性は極めて低いだろう。
それは分かる。
それでも由緒ある公爵家の長女なのだ。
未だに釣り書きの一つどころか、縁談の噂すらないのはどうなっているのか?
父様に聞いても微妙に話をはぐらかされる。
母様にもどこか、呆れたような顔をされる。
全く、身に覚えがないので知らないうちに何か、しでかしていたのだろうかと不安になる。
生徒会に入って欲しいという打診も一年の頃から、あったのだが断り続けている。
わたしがキック一つで大事件を解決した話はどうやら、周知の事実となっていた。
知らぬは本人だけという間抜けな話だったのだ。
おまけに尾鰭が付いたらしい。
虹色の蹴りを放つお姫様とは誰のことなんだろう……。
わたしは少なくともお姫様ではないのだ。
そして、友人が出来るかどうかをなぜか、家族だけではなく、ライやリックにまで心配されている。
だが、特に問題はない。
友人を作れたのだから、皆が心配しすぎなのだ。
前世では男装をしていたから、友人関係がかなり、限定されてしまっただけのことに過ぎない。
もう、そんな制限はない!
友人を作るなんて、余裕なのだ!
このまま、平和な学生生活を送れるものと思っていた。
わたしがいかに甘かったのかと思い知らされる日がすぐそこに近付いてくることも知らずに……。
「思っていた以上にすごいわ」
「そうでしょ」
わたしと顔を見合わせたのは親友のエリカだ。
彼女の目は死んだ魚のようになっている。
恐らく、わたしの目もそうなっていることだろう。
原因は中庭でリサイタルを開いている迷惑な男子生徒である。
「おおおおぅぅぅるぇぇぇは♪ かああるうヴぃいいいいんん♪」
鼓膜が破れたと疑いたくなる大音量が響き渡っている。
歌うというよりはがなり立てているといった方がふさわしい。
校舎の窓ガラスも振動しているので下手したら、割れそうだ。
その前にわたし達の頭がおかしくなりそうだが……。
脳が限界を迎える前にまるで木の桶を粉砕したような軽い音が響き渡り、恐怖の歌謡ショーは唐突に幕を閉じた。
「皆さん、大変失礼した! ほんではわりいっ!」
森を思わせる深緑の色に染められた長い髪をポニーテールにまとめた背の高い令嬢が件の音源を止めたらしい。
彼女の足元に音の発生源であったと思われる紅茶色の髪の令息が目を回して、転がっているから、間違いないだろう。
令嬢はぺこりと一礼すると『どっこいしょ』と気合を入れ、令息の足首を掴むとそのまま、軽々と引き摺って中庭を去っていった。
令息はアスリートのように均整の取れた体格でかなり、大柄だったのにも関わらず、とてもかわいらしい見た目の小柄な令嬢は右腕一本で引き摺っていた。
見た目で判断してはいけないということだろうか?
「令息はファンダメント辺境伯家の嫡男カルヴィン様。令嬢はウェルダラネス子爵家の長女トゥーナ様だよ」
「さ、さすが、詳しいのね」
「エリカの調査網は完璧だからねっ」
エリカとの出会いは運命的なものだった。
入学式の日に迷子になっていた彼女を教室まで案内したことから、親しく会話をするようになり、いつしか親友と呼べる間柄になったのだ。
しかし、彼女はあのラビクル男爵家の一人娘。
ラビクル家は爵位こそ、男爵と低い地位に留まっているがわざとそうしているという専らの噂だった。
そう。
ラビクル家は諜報活動を生業とした闇に生きる影の一族なのだ。
だから、出会いも思惑通りに仕組まれたのではないかと疑ったことがある。
エリカと付き合っているうちにそんな疑いは霧散したけど。
よりにもよって、ファンダメント家とは……。
フォルネウス家が帝都にいられなくなった原因とも言える家ではないか。
ネイトといい、タイタスといい、わたしが過去に戻ったせいで色々とおかしくなったとしか、思えない。
どうしたものか、よく考える必要がありそうだ。
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