第17話 トリスちゃん、十四歳になる
早いものであれから、四年の月日が流れた。
わたしも今年で十四歳。
ナイジェル兄様が二年前に卒業し、リックが一年前に卒業した学院に通う年齢になったのだ。
父様は固辞したものの断り切れず、宰相の座についている。
ザカライア枢機卿とウィステリア内務卿だけではなく、あのモーガンが軍務卿の地位に就いたことも大きい。
貴族派の代表であるカラビア。
皇帝派の代表であるフォルネウス。
両者が腕を組んだこの政治体制はちょっとやそっとのことでは揺らがないだろう。
そもそもの前提から、変わって来たように感じられる。
貴族派や皇帝派なんて、もはや存在しない。
しかし、国を思う気持ちで一致団結したこの体制がいつまで続くのか?
それは誰にも分からないだろう。
ジェラルド兄様はマクシミリアン陛下の覚えめでたく、長く陛下の秘書官という立場にあった。
それが軍務卿の補佐官という重要な地位を任せられることになった。
騎士団の頂点に立つのは軍務卿だが、補佐官は実質的に現場での指揮を執る立場にある。
宰相を務める父様の補佐官という選択肢もあったのにそれを蹴ったのは兄様の決断だ。
これは前世と同じようでいて、ちょっと違う気がしてならない。
前世では対立関係に陥りつつあった皇室と父様の間でジェラルド兄様がどれほど、苦労していたか。
苦労が祟って、兄様の体は蝕まれたんだろう。
その点で今回の人事は何の
兄様は多忙ではあるが、体調は悪くないようだ。
領地の経営にも目を配らないといけないところだが、そこは伯爵夫人として、ツェツィーリア義姉様が良く支えているらしい。
ナイジェル兄様は学院に在籍中、勉学に励んでいたようだ。
学業成績は優秀で生徒会にも入り、頑張ることが出来たのはキャメロン義姉様という最愛とライバルにして、親友であるリックことリチャードの存在が大きかったんだろう。
卒業後に挙げられた盛大な結婚式は、今でも話題に上がるほどに素晴らしかった。
あれほどに深く、愛し愛される関係を築けるのは兄様の人柄があってこそだ。
そんな兄様は何と、内務卿であるウィステリア卿の補佐官を務めている。
学生時代にライバルでもあったリックは父様の補佐官を務めているが、十九歳という若さで既に未来の宰相の呼び声も高い。
妹のクローディアは既にとある教育を始めている。
これも前世と変わらない光景だ。
彼女が皇太子妃になるのは避けて通れない運命なのかもしれない。
前世では反対の声も大きく、様々な思惑が絡んだ中でのノエル皇太子の立太子とクローディアの入宮だった。
今回はさして目立つような反対意見が出ることもなく、むしろ大多数の貴族が推しているくらいだ。
その中にはカラビア家も含まれているのが、意外なところだが……。
弟のシリルは姉だからという
見た目は深窓の令嬢然としている割に勝気で負けん気が強いディアとは時に意見が対立するのだが、この点に関しては鼻息荒く、一致することは確かだ。
最後にタイタスについても語っておこう。
最初に見た時はわたしですら、人ではないのかもと恐れを抱いた。
ディアとシリルもかなり、怯えていたのは事実だ。
ところが人は見かけで判断してはいけないものと改めて、考えさせられた。
彼は恐ろしい容貌と熊のような体格をしながら、まるで幼子のように純真でいて、優しい性質をしていたのだ。
幼い子の方がそういう本質を見抜く力が優れているのか、真っ先に懐いたのはシリルだった。
始めはそんな弟を冷めた目で見ていたディアまでいつの間にか、タイタスに懐いていたのだから、意外と
「遠い目をして、何を考えていた?」
「いえ、別に……何も。ライは……よろしいのですか?」
「ああ。問題ないさ」
問題はないと言い切った金髪の偉丈夫はライことライオネル・カラビアだ。
彼はもう二十六歳になるのに未だに妻を迎えていない。
モーガンも呆れているのか、諦めているのか。
最近では縁談の話を持ってこなくなったと聞いている。
そんな彼と学院へと向かう馬車の中でこうして、向かい合わせで移動しているわたしもどうかしているとは思う。
慣れとは怖いものだ。
さすがに隣り合って、座るような関係ではないが、隣にいたら、何かが変わるのだろうかと思いを馳せることもある。
「近衛騎士団はお暇ですのね?」
「暇? 違うな。大事な姫君の警護と言ったら、団長も快く、送り出してくれたさ」
茶化したようにくつくつと喉を鳴らすライの姿はまるで二枚目の役者の絵姿のようにきれいだ。
そんなことをうっかりと口にすると『お前の方こそ、きれいさ』と言われかねないので黙っておくが……。
わたしとライの関係はこの六年間、兄と妹のような関係のままである。
頼りがいはあってもどこか、突き放したような不良じみた『悪い』兄と十二歳も年が離れているのにそんな兄をどこか、冷めた視線で見る『悪い』妹。
案外、気に入った関係だったのだが、学院に通う以上、会う機会も減るとなると一抹の寂しさを感じる。
「そんな顔をするな」
ライの手が伸びてきて、わたしの頭を幼子にでもするように優しく、撫でてくれた。
なぜか、安心してしまう自分がいるのが不思議ではある。
折角、気合を入れて、編み上げた髪をアップにして、仕上げたのに台無しではないか?
でも、怒る気にはなれないのだ。
決して、悪い気はしないから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます