第16話 トリスちゃんと鬼
タイタス・カラビア。
その名は既に生きた伝説となっている。
古今無双の武人。
性質凶暴にして、勇猛果敢なる男。
鬼すら逃げ出す最強の戦士。
様々な異名が彼には付きまとっていた。
二年前の帝都での事変は未然に防ぐことが出来たが、わたしが五歳の時に起きた事変は帝都の民にも被災者が出たほどに酷かったと聞いている。
その事変で大きく名を上げた男こそ、タイタスだった。
カラビア公爵家の先代メイナードの嫡男は
モーガンも浮名を流すプレイボーイ振りで知られているが、その父親メイナードもまた、若い頃に相当の浮名を流した人らしい。
それは一種の病みたいなものなのか、年老いてからも女癖の悪さは手に負えなかったそうだ。
そんなメイナード晩年の子がタイタスなのだ。
事変において、首謀者の一人であるメイナードは処断されたが、タイタスはその武勇の腕を惜しまれ、辺境に流刑となった。
「えっと……ライ。それであちらの御方がもしかして?」
「そうだな。そのもしかして……だな」
クローディアはカップを口に運ぼうとする姿勢のまま、固まってしまったし、シリルは顎が外れたのかというくらい、口をあんぐりと開いたまま、固まっている。
それもそのはず。
わたしとライが視線を向けた先にはとんでもなく、大柄な男が我が家の庭に立っていたのだ。
濡れ羽色の髪の小さな男の子を右の肩に乗せている。
切れ長の目。
濡れ羽色の肩口で切り揃えた髪。
間違いない。
あの男の子はネイトだ!
あの目は忘れない。
しかし、年齢はクローディアと同じだったと思うのだが……。
ちょっと小さい気がする。
前世でも彼は小柄で華奢な体格の男のようにに見えたが、子供の頃からそうだったということなのか?
「叔父上。先触れを出しましたかね?」
「…………」
「あにうえ。むりですよ」
タイタスがまさか、意思の疎通さえ困難な人だとは知らなかった。
ネイトは普通に彼の声を聞いているように見えるのは気のせい?
「あにうえたちがごしゅうしんのべあとりすさんをぼくもみてみたかったんです」
「それで叔父上に頼んだのか?」
「そうです。なにか、わるかったのですか?」
小首を傾げるネイトは小動物のようで庇護欲をそそる姿に見えるが、わたしは騙されないからね?
あの闇のように深い、昏い色合いの緑の瞳には計り知れない虚無が顔を覗かせているとしか、思えないのだ。
「そうか。では帰るとするか」
「なぜですか? ぼくはまだ、きたばかりですよ。ぼくもあそびたいな」
「いや。今日は帰るぞ。トリス。すまなかったな。この埋め合わせは後日、必ず……」
「え、ええ。分かりましたわ。楽しみにお待ちしておりますわね」
「あ、ああ」
立ち上がって、カーテシーを決めた。
前世では淑女教育を受けていなかったから、慣れるまでには時間がかかったのは否定出来ない。
でも、二年。
二年もあったのだ。
今やわたしは上手に猫を被るくらい、どうということはない。
逆にライの方が少し、戸惑っているみたい。
わたしが急に令嬢らしい所作を見せたせいだろうか。
「また、あいましょう」
「…………」
ライに伴われるように帰っていくいけすかない子――もといネイトとタイタスは去っていった。
ライは結構、背が高い方だ。
偉丈夫と呼ばれるのに十分な背丈に引き締まった筋肉の持ち主だと思う。
そんな惚れ惚れするような立派な体躯の持ち主であるライよりもさらに一回りは大きいのが、横に並ぶと良く分かる。
無造作に束ねられただけの燃える炎を思わせる真っ赤な髪と異常に長い左の腕が目を引く。
それにまるで筋肉を見せびらかそうとするかのように諸肌を脱いでいる。
鋼のような筋肉と言う表現がまさにぴったりくる見事な筋肉だ。
タイタスは本当に人間なのだろうか?
そう思いたくなるくらいに不思議な出会いだった。
そして、ネイトだ。
彼とこの年齢で出会うとは思っていなかっただけに不意打ちを喰らってしまったが……次は負けない!
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