第15話 トリスちゃんの日常
ナイジェル兄様が学院に通い出してから、二年。
わたしは十歳になった。
そして、フォルネウス家にとって、非常に重要なキーパーソンとなる人物が誕生する年でもある。
皇帝マクシミリアンと皇后ジュリアナの間に皇子ノエルが誕生したのだ。
皇后陛下は母様の妹。
わたし達からは叔母様にあたる人だ。
フォルネウスの血筋から、皇族に連なる者が出たことは大きい。
だが、わたしはそれだけではないことを知っている……。
ノエル皇子。
彼が成長した時、その隣に立つ皇后の地位にいたのは妹クローディアだった。
しかし、彼女はまだ、七歳だし、皇子に至ってはまだ、生まれたばかり。
この先のことを今から、考えるのはやめておこう。
わたしが
色々とわたしが知っている歴史の流れとは異なってきているとしか、思えないのだ。
「トリス。この剣、どう思う?」
「ねぇ、ライ。十歳の女の子に聞くことではないと思うの」
さすがに二年も通い続けてくる男に根負けしたと言うべきなのか。
それとも絆されたとでも言うべきなのか。
いつしか、ライオネルのことを愛称のライで呼んでいる。
お返しという訳ではないが、愛称のトリスで呼ぶことを許したのは少なからず、友情というものを感じているからに他ならない。
この男、わたしより、十二歳も年上なのに危なっかしくて、見てられないのだ。
「古代文字が刻まれているようなのだが、悪くないだろう?」
そう言って、ライは両手持ちの大振りの剣を鞘から抜き放つと思わず見惚れてしまうような素振りを始めた。
相変わらず、剣技の冴えは衰えていない。
それどころか、ますます腕が上がったのではないだろうか?
ライは最近、見つかった遺跡の調査に行っていた。
それで暫く、顔を見なかったのだが、帰ってきたと思ったら、これだ。
甘いお菓子で餌付けするのが終わったら、ずっとこんな調子なので慣れてしまったけど。
「濃紺の刀身の両手剣なんて、珍しいわ。きれいだわ」
「そ、そうか」
なぜ、照れるのだろうか?
ライは偶におかしいと思う。
男らしくて、凛々しいかと思ったら、急にこれだ。
調子が狂ってしまう。
「しゅごいね! ねえたま、かっちょいいお!」
調子の狂う原因がもう一つある。
妹のクローディアと弟のシリルがお茶に同席するようになったのだ。
クローディアは七歳だし、シリルは五歳。
わたしだけではなく、クローディアも淑女教育を始めているだけにお茶の席はいい練習の場ではあるのだが……。
相手がカラビア家の者でなければ、という注意書きが必要なのだ。
シリルはライのことをヒーローか、何かと勘違いしているのだろう。
純粋にただ、喜んでいるだけだが、隣のクローディアの眉間に微かな皺が寄っているのを見逃すわたしではない。
「こりぇだから、おとこはだめでしゅわ」
一端の淑女たらんと優雅な所作でお茶を嗜むクローディアだけど、丁度、前歯が抜けたばかりでシリルと同じような舌足らずの話し方になっている。
あれで本人としてはちゃんと話しているつもりなのだ。
「ところであの話は聞いたか?」
「あの話? 何のこと?」
クローディアがお菓子をボロボロとこぼすシリルの世話をしている様子を微笑ましいと横目で見つつ、急に深刻な表情になったライに視線を戻した。
ここ最近、彼がこんな真剣な顔をしていたことはなかった。
二年前まではシリルはともかくとして、クローディアすら、近づこうとはしなかったのだ。
険のある表情と体から、無意識に発する殺気のようなものが溢れていたんだろう。
今はそんなことがなかったというくらいに打ち解けている気がする。
そんなライがこういうことを言い出したのだから、余程、よろしくない話なのだろうか?
「聞いていなかったか……。叔父上が……帰ってくるのさ」
叔父上……?
ライの叔父上で帰ってくる人と言われて、思い当たるのは一人だけだ。
ま、まさか、あのタイタス・カラビアのことなの!?
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