第13話 トリスちゃんのブートキャンプ

 もし放置していたら、大変なことになっていた。


 二大公爵家を巻き込んだ政変で帝都は危うく、火の海と化していただろう。

 それを止めることが出来たのだから、わたしが多少の気苦労を背負うことになっても致し方ないのだ……。


 そう覚悟はしていたものの一ヶ月の外出禁止は厳しい罰だろう。

 下された罰の重さもある。

 だが、もっと面倒なことがわたしの身に降りかかっていた。


 あの一件以来、カラビア家の二人がフォルネウス邸を訪れるのだ。

 それが一週間に一度なら、まだいい。

 タイミングを見計らったかのように一日交代で訪れる。


 まるでわたしの歓心を買いたいとでも言わんばかりに甘い菓子や大きなぬいぐるみを持って、やってくる。

 一体、何がしたいのやら、皆目、見当がつかない。


 リチャードはナイジェル兄様と年が近いのでまだ、理由が無いとは言い切れない。

 貴族にとって、人脈作りほど重要なものはないからだ。


 ところがライオネルは年が合わない。

 兄様とも六歳開きがあるし、わたしとは十二歳も差がある。

 何より、話題に共通点がない。


 会話が持たないという訳ではないが、正直、持て余すのだ。

 内乱を未然に防ぎ、陛下を守るという大きな功を上げたライオネルは一代限りとはいえ、特別に男爵の位を授けられたのが関係しているんだろうか?


「兄様。あと三周ですよ?」

「ぜえぜえ。す、少し休もう。死んでしまうよ」

「口を聞く余裕があるのなら、まだまだいけます。残り五周にしましょう」

「ええええ」


 半刻ほど前にようやく帰ってくれライオネルを見送った足でそのまま、ナイジェル兄様を鍛えている。


 あのだらしない体型をどうにかするには軽い基礎運動から、始めるべきだ。

 正しい生活と適度な運動が健康な肉体を作る。

 健康な肉体は健全な精神を宿す。


 兄様を鍛える意味は大いにある。

 庭にある小さな池の周囲(トリス基準。一周を頑健な者が走って、およそ三分)をたかが十周するだけだから、余裕のはずだが……。


「ぜえぜえ。はあはあ」


 三周した程度で兄様は今にも死にそうな顔で倒れかけている。


 わたしがつい、あまりにもゆっくりだから、お尻を蹴飛ばしたのが悪かったのだろうか?

 倒れそうだったので反対側のお腹を蹴ったら、元に戻ったので問題はない……はず。

 お腹もお尻もぷよぷよしていて、実に蹴り心地がいいのは兄様に秘密である。


「わたしはドレスでもあと二十周くらいは余裕ですよ?」

「お、お前が変なんだよおおおお。おかしいだろおおお!」


 兄様にはまだ、かなりの元気が残っているみたいだ。

 こんなにも叫ぶ余裕があるのなら、手加減する必要はないかな?


「兄様はまだ、元気みたいだから、いけますよね?」

「そんな訳ないだろおお。無理だよおおお。僕、死んじゃうよおお。やめてよおおお!!」

「あら……?」


 兄様はわたしでも追いつけない凄い速さで屋敷へと逃げて行った。

 やれば、出来るじゃないと感心した。


 それにあの調子なら、もっと鍛えても大丈夫だろう。

 学院入学前に兄様を理想的な体重に近付けることも不可能ではなさそうだ。


 しかし、このわたしの思惑になぜか、ライオネルとリチャードまでが乗ってくるとは思っていなかった。

 兄様にとってはわたしのトレーニングだけでもひいひい言っているところに頭まで鍛えたカラビアの二人が絡んでくるのだから、溜まったものではないだろう。

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