閑話 黒の公子と白の公子

(ライオネル・カラビア視点)


 負けた。

 今までどんな相手にも屈せず、常に勝ち続けてきたこの俺が……。


 それも十二歳も年下のヤツだ。

 しかも女の子……。

 なぜだろうか?

 絶対に負けてはいけない相手に負けたのに不思議と悔しくはない。

 むしろ、清々しさを感じているくらいだ。


 俺は今まで、戦い続けてきた。

 目的などない。

 ただ、強くなりたい。

 侮られんが為に……ただ、ひたすらに強くなる。

 それだけを願っていた。


 俺はモーガン・カラビアの長子だ。

 長子であって、嫡男ではない。

 これが事実だ。


 母親の実家がトレコスタ子爵家であることが大きい。

 南の辺境地で武勇の名でもって知られるトレコスタ家だが、爵位は低い。

 その名が通るのも地方だけという有様だ。


 母はカラビア家の一介のメイドに過ぎなかった。

 俺が生まれたのは単なるお手付きだったという訳さ。

 プレイボーイの御曹司が一時の気紛れで抱いたちょっと見た目のいいメイド。

 偶々、生まれてしまったのが俺。


 扱いがぞんざいなのには理由があったのさ。

 しかし、庶子である俺を本家が引き取ってくれただけでも異例のことだったらしい。


 だから、俺はただ、ひたすら強さを願った。

 誰よりも強くあれば、俺は認められると思っていた。


 そんな俺の願いなど、邪道。

 取るに足らないものだった。

 俺を一撃でのしたあの娘が俺に教えてくれた。

 もっと、大きく上を見ろと……。


 彼女のことをもっと知りたい。

 フォルネウス家の娘だからか?

 違う。

 純粋で曇りの無い目で何を願っているのか、知りたいだけだ。


 だから、今日も俺はベアトリス嬢が気に入ってくれるだろう旬のフルーツが散りばめられたロールケーキを手土産にフォルネウス家に向かう。

 彼女の笑顔が見たい。

 ただ、それだけなのだ。




(リチャード・カラビア視点)


 僕はカラビア家の次期当主だ。

 余程のことがない限り、僕が後継者になるのは避けて通れない道。


 立派な兄上ライオネルがいるにも関わらず、この事実は変わらない。

 こと武芸において、僕は兄上の足元にも及ばない。

 七歳という年の差の問題だけではない。

 全てにおいて、兄上の力量に及ばない。


 兄上は僕が学問を良く収めていると褒めてくれるが……。

 僕は知っている。


 兄上は学ぼうとしていないだけだ。

 僕に気を遣って、無学で粗野な振りをしているだけなんだ。

 自らの存在が憂いになると知っているからこそ、兄上はわざとああいう態度を取っている。

 このまま、何事もなければ、兄上は飼い殺し同然の扱いをされることは目に見えて明らかだった。


 だからこそ、カラビア家がこの政変に大きく加担することで兄上の運命も……そして、僕の運命も変えられると思ったのだ。

 そう。

 あの変な女の子が屋敷にやってくるまではそう信じて、疑っていなかった。


 妙な子だった。

 僕よりも小さく、頼りなく見えるのにどこか、自信に溢れている。

 彼女の言うことはあまりにも馬鹿げた絵空事に思えた。


 そんなこと、出来るはずないのだ。

 ましてや八歳の女の子に出来るはずがない。

 そう思っていた。

 ところが女の子――ベアトリス嬢は信じられないことにあの兄上をたった一撃で仕留めた。


 彼女はありえない動きをしていた。

 常人に真似が出来ないことをいとも簡単に……それも美しく、やってのけたのだ。

 見惚れていたことに暫し、気が付かなかったほどに見事だった。


 そんな彼女に僕が敵うはずなかったのだ。

 完敗だ。


 まさか、小さな女の子相手にここまで完膚無きまでに叩き潰されるとは思いすら、しなかった。

 それなのに僕の心はどこまでも晴れ渡った空のように清々しい。

 兄上も同じ気持ちではないだろうか?


 彼女を見つめる兄上の視線に敵愾心の欠片も感じられない。

 僕も同じだ。


 どうすれば、彼女のような領域に達することが出来るのだろうか?

 知りたい。

 そう考えるといてもたってもいられなくなり、今日もフォルネウス家に自然と足が向いてしまうのだ。

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