第12話 トリスちゃん、解決する?
「じ、じ、じゅってんでぇぇす」
海老反りのポーズで弓を引いたわたしが狙ったのは、十点に刺さっているリチャードの
十点は最高得点なのだから、それに勝って、なおかつカラビア家に分からせるにはそれしかないと考えたのだ。
わたしの放った矢は寸分違わずにリチャードの矢を裂いて、十点に突き刺さった。
「ば、ば、ばかなぁ……」
氷の貴公子が台無しである。
ライオネルといい、リチャードといい、語彙力が少ないのではないか?
それとも、これまでにこういう経験がなくて、あまりのショックで脳に酸素が行かなくなったのか?
それで語彙力が乏しくなったのか! 納得。
「よいしょっと。わたしの勝ちですよね?」
「あ、ああ……君の勝ちだ」
リチャードは心無し、顔の血色も悪くなっている。
氷の貴公子というよりは氷で凍死寸前の憐れな美少年にしか、見えない。
練武場でカラビア自慢の武と智を倒してから、半刻ほど経過し、再びモーガンとの面会が叶った。
わたしはなぜか、カラビア家のメイドさん達の手により、随分と気合が入ったドレスアップをされている。
丁重にお断りしたのだが、ライオネルのような大男を軽々と担ぎ上げる怪力が多く、有無を言わさず、連行されてしまったのだ。
そこからはまるで
「ふむ。見違えたね。さすがはフォルネウス家の御令嬢だ」
フッと薄っすらと鼻で笑うような仕草さえ、絵になるところはさすが、現在でも社交界で浮名を流しているモーガン・カラビアと言ったところか。
無駄にカッコいいおじさまにしか、見えない。
左右には正式な軍装に着替えたライオネルとリチャードが控えている。
ライオネルは黒、リチャードは白。
自分に合った色合いを選んでいるのは良く分かっていると言いたいところだが……。
二人とも急に老け込んだように見えるのは気のせいだろうか。
「ベアトリス嬢。君の願いこそ、神の望むもの。国を思う君の願い、しかと受け取った。我ら、カラビアは動く。これでいいかな?」
「はい。ありがとうございます。カラビア公爵閣下」
令嬢としての淑女教育はまだ、本格的には行われていなかったし、前世では淑女として、扱われなかったわたしだ。
それでも最低限のマナーくらいは心得ている。
カーテシーを決め、顔を上げるとものすごく、三人に見つめられている気がする。
何か、おかしかったのだろうか?
「
「え、ええ」
きれいな顔には慣れているはずなのに、何だかソワソワする。
いくら見慣れているとはいえ、血の繋がりがある家族と他人との差だろうか。
そんなに見つめられても困るのだが……。
もしや、彼らとの勝負で完膚なきまでに叩き潰したのがまずかったのか!?
「では当家の馬車で送らせていただく。これもよろしいかな?」
「は、はい」
それは断れない言い方ですよ?
何かを忘れている気がしたが、つい頷いてしまった。
他所の家の馬車が何だか、落ち着かない。
何より、向かいの席に無駄に顔のいいおじさまがいるせいではないだろうか?
しかも気を遣ってくれたのか、『これはいらないだろうか』とアップルパイやクッキーまで用意してくれたのだ。
体を動かしたせいもあって、お腹は空いているもののモーガンの妙に生温かい視線を感じながら、食べるのは一種の苦行に近い。
しかし、そんな馬車の中での一幕など、微笑ましいものだ。
わたしはそれを知る由もなく、我が家へと戻ってしまったことになる。
わたしを待っていたのは
「トーーーリーーーースウウウ!」
冥界の底から、響き渡るような母様の声に思わず、『ひっ』と小さな悲鳴を上げそうになったが、
モーガンが口許を押さえ、静かに笑っていたからだ。
「か、かあさま。あの紋章は……」
「あ、あら……」
さすがは貴婦人の鑑として、社交界で名を馳せる母様である。
さっきまで二本の角が頭の上に出ていたようなのに引っ込んでいるし、まるで花が綻ぶような笑顔を振りまいている。
豹変ぶりが怖いくらいだ……。
「オホホホ。すぐに夫も戻って参りますのでこちらへどうぞ」
モーガンを貴賓室へと案内し、テキパキと指示を出す母様を見ていると絶対に敵に回してはいけないと改めて、思う。
ナイジェル兄様に手を引かれ、とりあえず、その場を避難したわたしはこれで助かったと思ったのだが……。
父様とモーガンの会談が終わった後、きっちりと半日近く油を搾られることになったのは言うまでもない。
しかし、何かを忘れている気がする。
なんだろう?
(お嬢~! いつまで待ってれば、いいんですかー!?)
路地裏で待ち続ける忠犬のことをベアトリスが思い出したのは翌日のことだった。
頑張れ、シャドー。
負けるな、シャドー。
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