第6話 トリスちゃん、焦る

「ぬぁんですってえ! 母様、それは本当ですの?」

「え、ええ」


 父様、母様、ジェラルド兄様、ナイジェル兄様と家族が勢ぞろいした朝食の席は和やかなものだ。

 そのせいで油断していた。


 父様も昨日の一件を無かったかのように明らかにスルーして、体調を気遣ってくれたし、二人の兄様の過保護ぶりがエスカレートして、それどころではなかったというのもある。


 ところがである。

 父様とジェラルド兄様が出立して、暫くしてからのことだった。


 先触れと同時にノーマン叔父様が慌てて、やって来た。

 慌てようが尋常ではない。

 先触れを出していながら、一緒に来るほどの性急さだ。

 何かがあったとみて、間違いない。


 叔父様は母様の弟だ。

 二十一歳という若さで陛下の覚えめでたいザカライア枢機卿の側近に抜擢された神官。

 立場上、国政にも関与するし、国家機密に触れることもあるだろう。

 そんな叔父様が、わたしの記憶では大事件の起きるこの時期に慌てて、やって来る。

 何かがある。

 怪しい……。


 まず、帝国の情勢から、考えるとしよう。

 国防を担うのは我がフォルネウス家と因縁深いカラビア家。


 両家ともに皇室と祖が同じで縁戚関係にもあった。

 攻めのカラビア、守りのフォルネウス。

 帝国の両翼。

 一族の髪色から、金の剣と銀の盾などという大層な呼び名まである。


 わたしも例に漏れず、銀髪シルバーブロンドにマリンブルーの瞳をしているのだ。

 つまりはカラビア家の髪色は金髪ブロンドなのだ。

 唯一、違う色を持つ男がいたが……。


 そして、政務を司るのが内務卿ウィステリア侯爵とザカライア枢機卿になる。

 我がフォルネウス家は枢機卿とも内務卿とも親しい関係にあったが、二人の仲は政策を巡って、最悪の関係にあるのだ。


 さらに良くない要素が内務卿とカラビア家が裏で手を結んでいるということだろう。

 単純に利害関係が絡んだ同盟関係とはいえ、今の帝国はまるで切れそうな綱渡りをしている状態だった。


「父様は本当の本当にウルス・シャンに行かれるの?」

「そ、そうよ。恒例の行事であなたも良く、知っているでしょうに……」


 母様はわたしの勢いに押され気味で少々、困っているように眉を下げていた。

 それでも、わたしは引き下がる訳にいかない。


 確かに恒例行事なのは事実だ。

 ウルス・シャンは聖地として知られている。

 この時期に軍務を司る者が一軍を率いて、訪れることになっていた。


 しかし、政情不安な時期にこれがどれだけ、まずいことかということをわたしは知っている。

 嫌というほどに老兵達から、この時の戦働きを聞かされていたからだ。

 叔父様の突然の来訪は枢機卿陣営の不安を敏感に感じ取って、知らせに来てくれたのに違いない。


「母様。聖地の巡礼をやめたりは……」

「あの人が一度、決めたことを簡単に覆さないことはトリスが一番、良く分かっているでしょう?」

「そ、それは……そうなのですけど」


 昨日、あの頑固な父様が一度、決めたことを覆している。

 昨日の今日はさすがにないだろう。


 まずい。

 このままでは小規模とはいえ、内乱という悲劇が起きるのを避けられない。

 こうなったら、わたしが直接、乗り込むしかない!


「ねぇ、母様。お馬さんを使っては駄目?」

「どこへ行く気?」


 羽扇子で口許を隠して、わたしを射竦めるような視線を送ってくる母様。

 これは疑われているね!?


 馬車では行く先を聞かれるし、御者からバレてしまうので駄目だ。

 単騎で駆けるしか、ないだろう。


「さ、さんぽ……かな。じ、じょうばはからだとびようにいいもの」

「あなたの年齢ではまだ、早いわね。駄目よ」

「そこを何とか、駄目?」

「ダ・メ・よ。トリス、おとなしく、していなさい」


 取り付く島もない。

 父様と母様は良く似ていると思う。

 どうしよう。


 急がないと取り返しのつかないことになってしまうだろう。

 考えよう。

 かつて、知将とうたわれた頭を働かせるんだ!


「……何も浮かばない」


 やはり、八歳の体に影響を受けているとしか、思えない。

 こういう時は逆に考えてはいけないのだろうか?

 考えるな……。

 感じるんだ!

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