第5話 トリスちゃん、ドキドキする
結局、食欲と言う名の抗いがたい敵は強かった。
食欲の前に負けたのだ、わたしは!
時間がズレていることもあって、ディナーと銘打っているだけの食事になっている。
食卓に付いているのはわたしとジェラルド兄様だけだ。
正確には椅子に座っている兄様の膝の上に座らされている。
わたしは子供か!?
あぁ、子供だった……。
八歳だものね。
「父上の思い付きか。困ったものだな」
兄様はそう言いながら、切り分けてくれた鹿肉のソテーを口に運んでくれる。
「トリスが優秀なのは分かる。だが、こんなに可愛いトリスを男の子として、育てるのは許されんよ」
怒っている。
兄様は静かに怒っている。
兄様が怒ることなんて、年に一回もないのに……。
「私からも父上に一言、釘を刺しておくよ。それでいいかな?」
「は、はい。ありがとうございます、兄様」
ま、眩しい。
兄様が微かに微笑んだ、その微笑みが眩しい。
背後にお日様が輝いている錯覚すら、覚えるくらいだ。
そもそもが、うちの家族は無駄に美形が過ぎるのではないか?
父様も少々、頭が寂しくなってきただけで普通にカッコいい。
亡くなった
ジェラルド兄様のこの眩しいまでの二枚目ぶりはそうに違いないと思わせるのに十分だ。
八歳なのに心臓があまりにも激しく、鼓動して苦しい。
どこか、おかしくなったんだろうか?
顔も火照ったように熱い。
「顔が赤いがまだ、調子がよくないかな? ふむ。熱はないようだね」
わたしの妙な様子に兄様は心配したのだろう。
熱があるかどうかを確かめようと兄様の顔が、近づいてきたところで不意に意識が途切れた。
気が付いたら、見慣れた自分の部屋だった。
ベッドに寝ているし、夜着に着替え終わっている。
何でもこなす兄様のことだ。
手慣れた様子でてきぱきとメイドに指示してくれたのだろう。
不思議なのはボタンが掛け違っていることだが、メイドも人の子。
いつも完璧すぎる仕事をしてくれる彼女達だ。
たまにしでかした失敗の一つや二つくらい、咎めるほどのことではない。
「明日の朝食で確かめれば、いいかな」
とにかく眠いのだ。
この八歳の体のせいなのかもしれない。
父様にキックをして、兄様に抱っこをされたせいかもしれない。
思い出すとまた、心臓の鼓動が早くなってしまいそう。
「きゃあっ」
自分でも妙な乙女のような声が出て、余計に恥ずかしい。
寝よう。
そうしよう。
この時のわたしは知らなかった。
刻一刻と運命の時が近づいていることを……。
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