第4話 トリスちゃんと三人の兄
危なかった。
もう少しで前世と同じ、過ちを繰り返すところだった。
前世ではつい
ナイジェル兄様を助ける為にはと男装してしまったのだ。
軽い気持ちだった……。
なんだかんだと言っても父様のことが、大好きなのは今も昔も変わらない。
だけど、それとこれとは話が違う。
わたしが男装して、ナイジェル兄様を助けたところで問題の抜本的な解決は出来ない。
それでは駄目なのだ。
何かが足りない。
それにわたしは自由に生きたい。
どうせなら、女の子らしくおしゃれをしたい。
何よりも恋の一つでもして、素敵な結婚をしたいのだ。
それくらい夢を見るのが、悪いのだろうか?
折角、前世の記憶が戻って、何がしたいのかを思い出したのだ。
ならば、この記憶を有効に使うべきだろう。
とはいったものの現在は八歳。
この小さな体にかなり、左右されている気がしてならない。
前世の記憶があるのにそれを有効活用する手段を思いつかないのだ。
とりあえずの手段として、父様のお願いを頑として聞かない方針を実行すべく、部屋に籠ることにしたが……。
正直、下の下の下の策としか、思えない。
人間、空腹と生理的な欲求には抗えないのである。
何で、そんな簡単なことに気付かなかったのか。
そう。
八歳の頭脳に引っ張られているからだ。
そして、記憶が確かならば、間もなく、この帝国を揺るがす大事件が起きるだろう。
我がフォルネウス家の運命が大きく、変わるだけでは済まない。
問題はわたしが八歳の単なる令嬢に過ぎないということ。
これが父様の言うことを聞いて、男装したトリスタンになっていれば、多少は違うかもしれない。
だが、これは希望的観測だ。
八歳である以上、期待しない方がいいだろう。
ではどうすれば、いいのか?
十分に回らない頭脳をフルに回転させて、考えてみた。
兄達を利用すれば、いいのではないか?
わたし、ベアトリスには三人の兄がいる。
一番上のジェラルド兄様は十五歳年上だ。
兄様は亡くなった
小公爵と呼ばれていて、伯爵の爵位を得ているだけではなく、皇帝陛下の信任も厚い。
人柄も穏やかで常に冷静沈着なスーパーお兄様なのだ。
しかし、兄様は苦労人で独断専横のきらいがある父様と陛下の間に挟まれて、かなり悩まれている。
そんな兄様の負担を増やしたら、まずい気がしないでもない。
二番目の兄はダリル兄様で八歳年上。
兄様と呼んでいるが実は兄ではない。
彼は父様の異母弟なのでわたしにとっては叔父にあたる。
叔父と姪なのに八歳しか、年齢が違わない。
それで兄と呼んでいるし、妹のように可愛がってもらっている。
前世では共に戦場を駆けたから、その武勇のほども知っているし、人格が優れた人であることも疑ってはいない。
でも、ダメかな……。
ダリル兄様は本当は芸術の道に進みたかった人なのだ。
当主の庶子として、生まれて肩身が狭い扱いを受けていたから、意に添わぬ道を歩んだだけ。
巻き込むべきではないだろう。
そして、三番目の兄がナイジェル兄様。
兄様の母様はキャサリン母様。
わたしの母様もキャサリン母様。
しかし、血は全部、繋がっているのに驚くほど、わたしやジェラルド兄様と違う。
穏やかで温厚。
だけど、根の部分に武人としての猛き心を持つジェラルド兄様。
令嬢なのに研ぎ澄まされた刃の如き心を持つわたし。
ナイジェル兄様は違う。
誰よりも優しくて、繊細で傷つきやすい乙女のような人。
それが兄様だ。
そして、とても栄養が行き届いた体をしている。
要は丸々とした顔にふくよかな体のぽっちゃりさんなのだ。
運動が足りない。
もっと鍛えなよ! と言いたいところだが、人には向き不向きがある。
兄様は体を動かすのと荒事が向いていないだけなのだ。
この兄様がしっかりしていないので、わたしが貧乏くじを引かされた。
困ったものである。
ならば、ナイジェル兄様をわたしが徹底的に鍛え直して、どうにかすればいいのではないか?
彼がしっかりと立っていたら、フォルネウス家の悲劇も避けられる可能性が出てくるだろう。
あれ?
でも、事件は間も無く、起きる。
間に合うのだろうか?
無理な気がしてきた……。
(ぐるるるる)
腹時計がわたしの活動限界が近いことを
このままでは何のいい方策を思いつかないまま、負けてしまう。
その時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「トリス。具合が良くないのかな? ディナーは君の好きな鹿肉のソテーを用意したんだが……」
ジェラルド兄様の声だった。
鹿肉のソテー……いけない。
油断をしたら、
兄様と食べ物で釣ろうとは敵はわたしを良く知っている!
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