二〇一六年二月二十一日 2016/02/21(日)夕方
「スミにしちゃ、上出来よ。というか、驚いた」
友人の紗枝が、澄子のチーズケーキを突きながら言った。
「ただ、自分でチョコを食べちゃうところがスミらしいというか。気持ちはわかるけど」
「いいの。受け取ってもらえなかったら最初から食べるつもりだったし」
どんな味だったかも思い出せないけど。
紗枝が顔を寄せてきた。
「柿坂さんのこと、本気なのね」
「え?」
「え、じゃないよ。どう考えたって恋愛モードじゃないの」
その恋愛という響きに、頬が熱くなった。それと同時に、先週の電話のやり取りを思い出し、背中が冷たくなる。
立ち直れそうになかった澄子は、こうして友人に意見を求めることにした。紗枝に食べ尽くされていくケーキを見つめ、ただただ暗い気持ちに飲み込まれた。
――。
今日の雨模様では、さすがに柿坂も公園にはいないだろう。それより体調は良くなったのだろうか。おそらく一人暮らしで、家事も苦労したに違いない。
――また、柿坂さんのこと考えてる。
どうしたら良いかわからない。
もしかしたら、この関係の引き際なのかもしれない。
紗枝は紙ナプキンで口元を拭うと、頬杖をついた。
「でもさ、あの人は難しいんじゃない?まともなコミュニケーション取れていないでしょう?」
「そんな……気がする」
まだ知り合って一ヶ月だから仕方ないとはいえ、柿坂からメールをくれたのは、先週のインフルエンザの件だけだ。澄子が何気なく送ったメールに返信をくれたとしても、すべてに返してくれるわけではない。そのうち、澄子からも送るのをやめてしまった。
そう話すと、紗枝が唸った。
「いっそ、二人でどこか出かけてみるとか」
「どこに」
「どこでも良いのよ。会話が盛り上がるようなことしなきゃ。映画でも買い物でも良いじゃない」
映画――。
澄子は、すぐに暗いホールを思い浮かべた。
「無理だよ。どれだけ近づくと思ってるの?暗いし、逃げ場がないよ」
すると、紗枝が半分呆れたように笑った。
「あのねえ、スミの辛い気持ちもわかるけど、そろそろ本気で克服しないとダメだと思うな。結婚はともかく、まず身体の関係を目指さなきゃ」
澄子は少し驚いた。紗枝があからさまにトラウマに触れてくるのは珍しかった。
「……」
「だいたい、相手だって気分悪くするよ。その気がないのに、少し近寄っただけで怖がられたんじゃ、並んで歩くことすらできないでしょう?車の助手席にも乗れない、洋服を見立てることもできないじゃない」
友人の口から次々と飛び出す『出来ないこと』に、澄子は押し黙るしかなかった。
自分でも、克服する必要があるのはわかっている。
早くしないと、柿坂が離れていってしまうという焦りもある。
「勇気を出してみなよ。自分を変えるチャンスだよ」
紗枝が強い眼差しを向けてきた。
「うん……」
「とりあえずさ、先週のことをちゃんと謝って、お詫びに映画でも買い物でも誘ってみたら良いよ。そのついでに、澄子のことをどう思っているのか聞いちゃえ」
「え、そんなにたくさんのこと……一気にこなさなきゃいけないの?」
眩暈がしそうだ。
「もうこの年齢になったら、ウジウジ言っている方がみっともないってば。いい?勢いが大事なのよ。待ってるだけじゃダメなの」
紗枝の言葉は自信に満ち溢れていた。
きっと、そうやって今の夫の心を射止めたのだろう。
澄子は友人の力を少し分けてもらえたような気がした。
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