義弟【ミスト】

「シンデレラは幸せになったのかしら」


 言いつつ、刺繍を施していたハンカチを机上に置く。瞼を閉じて目を休ませた。


「シンデレラとは?」


 本を読む手を止めず、テーブルの向かい側に座る少年が尋ねてくる。心なしか面倒そうな声色だ。

 瞳を開いて返答した。


「お義姉ねえ様のように庶民から成り上がったプリンセスのことでございましてよ」

「灰を被って出直してらっしゃい」

「知っとるやんけ」


 ツーンと冷たい態度のまま彼は視線を落とす。薄めの白い髪が少年の右目を覆った。


「お母様から読み聞かせていただいたことがあるのです。他人の魔術頼りだった無礼者の末路でしょう?」

「可愛げを拾って出直してこいや」

「お断り申し上げます」



 彼はヒロイン、ホワイトの義弟。ミストホワイトをモチーフとしている【ミスト】だ。


 自分から見た義母の実子。粘り強い努力家で、礼節に細かなショタ。

 攻略対象ではないと公式から告げられた時、一部で「公式が勝手に言っているだけ」「運営を調教してくれ」などなどの迷言を発声させた要因。ぶっちゃけあれは炎上してもおかしくなかった気がする。


「男爵令嬢に迷惑をかけているという噂を耳にしたことがありますが、その辺りの詳細はどうなのですか? 令嬢の戯言なのか、真実なのか。ハッキリとして下さい」

「なんか皆が私のことをストーカー呼ばわりすんだけど」

「処罰を受けろ恥晒し」

「口悪くなるのやめろ泣くぞ」

「ただでさえ下品な顔を更に歪めるのは勧めませんよ」

「コイツ嫌い!!」

「名誉毀損で訴えましょうか」

「もうアンタが先にこっちのメンタルをズタズタにしてんだっつーの!」


 この毒舌っぷりは罵られたい系オタクに人気だった。しかし自分はブラック以外にここまで言われると腹が立つのみだ。


「知ってんだぞテメーの浮気性をよぉ!!」

「まさか。父ではあるまいし、貴女ごときに欲情する人間の正気が知れませんよ」

「いや私乙ゲーヒロインだから。主人公だから欲情されまくるはずなんすけど? あの学園の大半を敵に回したんだぞ君。あと私じゃなくて立場の話ね」

「自意識過剰もほどほどになさい。『オトゲーヒロイン』とは例の嘘ですか? よくそんな下らない造語が思いつきますね」

「オニイチャンは信じてくれるのになー」

「お兄様はお人好しですから致し方ありません。それと、立場というのは派閥を意味しているのですか?」


 ファンの間で人気のルート【ブロンズ編:強欲の裏切者】はミストが大筋に関わる。彼がホワイトを裏切り射殺するもの。

 しかし他ルートではホワイトを助けることがあり、まあ立場がコロコロ変わる。だから浮気性だとファンの間で言われていた。


「ボクがより有利になる方に味方するのは当然でしょう。不利になるのは御免被ります」

「うーわ腹黒だ腹黒。そんなんで誰かから信用してもらえるのか、オネーチャン心配ですよー?」


 刺繍を再開しながら言うと、一瞬だけ沈黙が流れる。直後に不機嫌そうな声と本を閉じる音がした。


「ご安心を。貴女を姉だと認めた覚えもないし、他人からの信用など不要ですから」



 潔白を主張する割に女好きな父親。彼を反面教師としていた影響で、他人をすぐに信じることができるという長所ごと見下す少年。

 固定観念に囚われて尊敬できる部分すら全否定する。その考え方は周囲に伝わり、常に緊張する人間関係しか築けない。


 ミストのコンプレックスは人脈形成能力の弱さ。信用など不要、という台詞はおそらく強がりだろう。


 原因が自分自身にあるらしいと分かっていても、何が悪いのかが分からない。

 なら、最初から他人を求めなければ。恥でもなんでもないではないか。


 要は典型的な傲慢系コミュ障だと、自分は解釈していた。



「自分が一人でいたいとか、そんなんじゃないなら。ダチの一人くらいはいた方が良いと思うわけですよ」


 元々異世界でJKをしていたのだ。女社会はやりにくい部分もあったが、悩みを共有したり楽しさを分けあったりする醍醐味は魅力的だった。今は女子の少なさが寂しい。


「庶民もいるような分別のつかないミドルスクールですよ? 馬鹿な連中と友人関係を持つ気はありません」

「バッカだねぇー、アホみたいな連中だからこそ楽しいんじゃん? まあ猿山になるっちゃなるけど」

「否定するならちゃんとしなさい。これだから半端者は」

「両極端な完璧主義者め」

「ハッ。物事一つ完璧にこなせない負け犬の遠吠えなど聞き入れる価値もありませんね」

「騒ぐぞ! 騒ぎ倒すぞテメェ!!」

「はしたない。やはり庶民はどう足掻いても庶民でしかありませんか」

公爵令嬢おねえちゃんなんすけど……この美貌キャラデザで庶民の枠に収まるような主人公ヒロインじゃないんすけどぉ……」

「それを主張するなら最低限の淑やかさと上品さと教養と知識を身に付けてください。今の貴女は男爵の赤子未満です」

「言い方!! 男爵令嬢に推しがおるんじゃ見くびるなや!!」

「下位の者を推薦する意味が分かりません」


 再び刺繍を休憩し、真っ向から口論に入る。ギャーギャーと騒いでいても召し使い達は気にせず仕事をしていた。もう慣れてしまったのだろう。


「オネーチャン拗ねました。ミスト君が冷たいから拗ねました」

「勝手になさい」

「うん。だから義母マッマにプレゼントするハンカチにラブリーチャーミーな刺繍して、今は君の名前入れてる」

「ふざけるな愚民!!」

「女を怒らすと怖いんだぞバーカ!!」


 ミストは立ち上がってハンカチを奪いに来た。対して自分は猫じゃらしの様にそれをプラプラと彼の目前で揺らす。

 本気で怒ったらしいミストが追いかけ回す未来が見えた。瞬時に立ち上がって兵器ハンカチを持ったまま玄関へ全力疾走する。


「待てクソアマ!!」

「口の悪さの方向性ぐらい統一しろガキ! 貴族チビのくせして元庶民に追いつけるとでも!?」

「くっ……おい、誰か引っ捕らえろ! 総出で無視するな! 日常茶飯事だからと言って無視するな!!」


 むしろ仲良くしている時が異常。そういう暗黙の了解があるらしく、新人が見たら引くレベルで使用人に無視されていた。



 最初にミストを知った時は、ゴールドとキャラ被りしているのではないかと思った。


 友人というものを誤認する傲慢さ。

 信頼関係の重要性に無自覚な鈍感さ。

 家柄に縛られる運命の悲惨さ。

 ……他人との繋がり方に怯えるところ。


 真面目すぎるのも毒。何も考えないバカ時間が必要だ。しかし、彼らはそれがとにかく苦手らしい。


 だったら。友人とまでは言えずとも、それなりに近しい立場の自分が無理にでも時間を作ってやれば良い。


 そこまで肩入れする理由は無いのだが、助けられる範囲の人間を助けないのは性に合わない。単なるエゴで動くだけだ。



「あ、ママー!」

「エッアッちょっと待っ……教育係じゃないですか!! ふざけないでください!」

「あれれ? 慌てちゃった? ママがボクの力作を見ちゃうーって動揺しちゃったのかなぁ??」

「死ね」

「ドSキャラとは思えぬシンプルすぎな罵倒! そんな怠惰なアナタには追加ランニングの刑です!」

「ふざけ……っ待て!! もう何ですかその速さ! あと動きが気持ち悪いです!」

「ブラック様ウォッチングで鍛えたわ」

「衛兵! 警備員! 護衛! 教育係!!」

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