王位継承権第三位【ブロンズ】

「うっ、心臓が……!」


 ガクン、と膝から崩れる。同時に赤みがかった茶髪の青年が駆け寄ってきた。


「ホワイトさん! 大丈夫!?」


 珍しく声を大きくしているイケメンを見る。そして口角を上げた。


「ブラック様が……とうと、い」


 右手から双眼鏡が滑り落ちる。ガシャッと罪のない道具が犠牲になるのを横目に、青年は叫んだ。


「ホワイトさぁぁぁん!! そんな……そんなぁ……!!」


 ワアッと泣き出すふりをして彼は震える。笑っているように見えるのは気のせいではなさそうだ。


「ブロンズ君……私、幸せなの……復讐なんてしないでね?」

「ホワイトさん……どうして、そんなに優しいの……? 君の資産を根こそぎ奪っていく予定の相手なんでしょう!?」

「なあんだ……そんなこと……? 決まってるよ」


 念のために告げるが、この茶番が行われているのはカレッジの一年教室。机からひっくり返って爆笑している人もいた。


「推しているから。ブラック様を」


 首から力を無くす。一拍後、ブロンズの絶叫の声がクラス内に轟いた。


「マジ尊いわ三年生の創作魔術……自習時間に感謝しかねえ……転生して良かった……神エピやん……」

「あ、兄上が頑張ってる」

「それは知ってるから! ブラック様も見てよお!!」


 かと思えば三秒後に起き上がり、普段通りの会話をする。温度差でグッピーを殺害していくスタンスの二人だった。


「確かにあの黒炎は鮮やかだね。古代呪術にイフリート特有の言語を用いているみたい。技術的にも知識的にも難しいんだよ」

「だっしょーーー? 流石ブラック様だよねえ!! あ、でもゴールド殿下も中々じゃん。ほらあそこ」

「うん! あれは兄上の得意分野の超広範囲系で、今回は拘束型っぽい! 普段は防衛型と組み合わせているから新鮮……あ、上から見たら薔薇ローズのような魔法陣なんだ。キレイだなあ……。あれだけの規模の魔術は兄上の生まれ持った莫大な魔力量があって成せる技で、普通は宮廷魔術師が三人がかりでやらないといけないんだよ。それにあれを描く速度も正確性も素晴らしい!」

「語彙力あるオタクで羨ましいわ」



 彼は【ブロンズ】。王位継承権第三位で、シルバーやゴールドをも凌ぐ剣士キャラだ。


 ブロンズには宮廷魔術師の研究に口を出せるほどの魔術に関する知識量があり、日頃は縁の下の力持ちとして活動している。


「それにしてもホント男子率高いな。可愛い女の子が少なすぎて泣いちゃう」

「どうぞどうぞ」

「ぴえん」


 自分は三兄弟の中で彼が一番好みだった。しかし、発売前の人気キャラ投票では芳しくない成績を残している。

 理由はおそらくキャラデザの弱さ。そして前情報が公開された時点での性格がインパクトのない部類だったことだ。


「僕としては女性が少ない方が良いかなあ。兄上が大変なことになるし」

「そういや昨日ブラック様ウォッチングしてたんだけどさ。殿下が放課後に城下町で女性の波に呑まれてたの見たわ」

「……あれ? 兄様はいなかったの?」

「買い物してたっぽい。殿下がオロオロしてる横を銀色が通り過ぎてったから」

「助けたげて兄様ーーー!!」


 彼の言う『兄上』はゴールドを、『兄様』はシルバーを指している。

 ここあたりを聞けば仲の良い兄弟に思える。けれど自分は知っていた。



【シルバー編:嫉妬の略奪者】。ゴールドが死体として発見されて容疑がシルバーに向くルート。シルバーは確定死亡だが、分岐によって死因とホワイトの命運が変化する。

 物語の進行上では誰が真犯人なのか分からないが、ミステリーに強い同士オタクが謎を解明することに成功したそうだ。


 ゴールドの死因はシルバー愛用のレイピアが心臓に突き刺さったこと。

 死亡推定時刻、謎の睡魔に襲われ眠っていたと主張する持ち主。

 シルバーが眠る直前に会ったのはブロンズで、友人から貰ったという紅茶を片手に談笑したそう。

 ブロンズも疑われたが、ある男爵令嬢と共に過ごしていたというアリバイがあった。


 本当はもっと分かりにくい伏線だったが、理解してしまってからは簡略化してしまう。


 このアリバイ証明の男爵令嬢こそがブラックで、ブロンズの共犯者。……と思われた。


 要は彼が黒い一面も持っているかも知れない、ということを知っている。



「……良いなあ……やっぱり魔術師はあらゆる職種の中でも花形だもんね」


 反逆の動機も心当たりがある。


 ブロンズは王族の割には魔力量が少ない。一般人と相違ないと見下され、幼い頃から親戚内では恥晒し扱いだったそうだ。

 ルート名は七つの大罪を軸としたもの。そのエンドを迎える最大の要因が名前としてつけられるのだが。


 略奪者をブロンズと仮定すれば、それに至る感情は。


「やりたいことの才能無いっつわれてもさ、諦めらんないよね。そんくらい好きで憧れなんだもん」


 好きこそ物の上手なれ。だけど上手になる手段が無ければどうすれば良いのだ。


 憧憬に焦がれ、理想と現実のギャップに挟まれ。日に日に募る劣等感が重石となる。特に大人しくて目立たないタイプはそれが分かりにくい。


 ブロンズは自分の傷を放置する天才だから。積もり積もって爆発して、制御出来なくなって。残虐な道へ進んだのではないか。


 そう思っているだけで根拠はない。


「……ホワイトさん……」


 彼はこちらを指さして言った。


「その見慣れない望遠鏡は、いつどこから出したの?」

「ついさっき制服から」

「わあ」


 流石は公爵令嬢の財布。映りの良い観察道具が豊富で選びたい放題だった。


「どんな収納魔法?」

「力技という魔法でございましてよ」

「やっぱりパワーが最強だよね。オススメの入れ方ってある? ちょっと本を持ち歩きたいんだけど、かさばっちゃって」

「えーと……背中にこう、グイッと……あれ? 私どうやって入れてんだ……?」

「ホワイトさん? 目のハイライトが消えかかっているような」

「おそらきれい」

「しっかりして! すぐに助けが来るはずだから!!」


 クラスメイト全員がツッコミしたがっているようだが、どこからどのように介入すれば良いのか分からないらしい。お互いの顔を見合わせ断念していた。


「あ、今目が合ったぁぁぁ!! 麗しい美しい愛おしいぃぃぃ!! マジかっけえぇぇぇぁぁぁあーーーっっ、木陰に隠れてしまわれた!! でも歩き去るお姿も素敵!!」

「魔力っていうより変態ストーカーの感知能力が高いみたいだね」

「え? ブラック様にストーカー……? ソイツの面見たら夜道にカチコミ行くわ……」

「夜中に鏡を見て叩き割れば万事解決だよ」


 あくまでも気が弱そうな笑顔を崩さず告げるブロンズ。そんな的外れな皮肉を言うなんて、やはり腹黒なところはあるのだろう。



 憧憬、余って羨望へ。やがて劣等感が憎悪へ成る道があっても。

 今現在の彼は自分と楽しく話している。それだけで良いのではないか。

 万が一にでも潰れそうになれば手助け程度はしてやろうと思うくらいには、ブロンズという人間を気に入っているから。



「ねえそれ貸して? 僕も『兄上気づくかなチャレンジ』したい」

「どーぞー」

「あ、兄上とブラック先輩が会話しているみたいだよ」

「羨ま死い」

「あっ、なんか魔術対決が始まった」

「望遠鏡!! 寄越せ返せ撮らせろ!!」

「やだ! まだ見たい!」

「転生もしたことのないガキめ!!」

「いやしたことない方が当たり前だから」

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