王位継承権第二位【シルバー】
「……お美しいですね、王子様」
澄んだ白色の瞳を愛おしい人へ向ける。自分の隣には銀色の長髪を一つに括った青年が立っていた。
「いきなりどうした」
彼は窓の外を眺めながらこちらを見ることなく言う。そのぶっきらぼうな反応に苦笑して、こちらも続けた。
「ブラック様の
「ポリスメン!!」
即座に叫んだツッコミ役を他所に推しウォッチングを再開する。しかし、気を取られた一瞬で女神は姿を消していた。
「あーーーっ、またバレた!! でも認知されたし良いや!」
「良くないに決まっているだろうが。何もかもアウトだ、自重しろ公爵令嬢」
汚物を見下すような視線を隣からいただく。アンタに構っていたからだと文句を言いたかったが、冷徹な瞳を向けられて
「にしてもマジで尊い……才色兼備の策謀系知能派ってだけで神がかってるもんなぁ。
ねえ王子、お兄さんからブラック様のイケメンエピとか萌えエピとか聞いてませんか? 良い値で買いますよ?」
普段の怒鳴り声乱舞が聞こえず、違和感を覚えて左を見る。すると彼はしゃがみこんでプルプルと震えていた。この数秒の間に何があったのだろうか。
「貴様……この、俺に……暴行を加えて許されるとでも……?」
「うん!」
「ふざけるな馬鹿娘!!」
開口一番に打ち首を命じられていない時点で多少は気を許されているのだが。
彼は先日イベントを経験したゴールドの弟、王位継承権第二位の【シルバー】だ。
この状況は本来、他の攻略対象との会話を追求する背面壁ドンのイベントのはずだった。それなのに今は単なる警察沙汰にルートが進んでいる。全くもって心当たりが無いと言えば嘘になるが。
「そもそもなんだ、その『イケメンエピ』とか『モエエピ』って」
「ブラック様が日頃にも増して印象的な、素晴らしい活躍をしなかったかどうかを確認したいのです」
「……話を買う、というのは情報売買しか思いつかんが? 一体何に使う気だ?」
「尊みの摂取」
「この世界の言語に翻訳して出直してこい」
ツッコミの内容がゴールドと似通っているところがあるのは流石だ。
普通のヒロインでは気づけなかっただろうが、自分は元々重度のオタク。暴走によって新設定を引きずり出すことに成功した。
「ゴールド殿下がホント
「この学園に編入できたこと自体を喜べ」
「そりゃまあ、そうなんすけど。でも反動というか代償デカすぎなんですって! ここまで育った思春期真っ最中の子を、今更、英才教育し直すとか! キツさが桁違いなんだってよ!!」
「その言葉遣いの時点でお里が知れているな。教育係は何をしているのか……顔が見てみたいものだ」
「ツーショットありますよ」
「そういう意味ではない!! というより、一般人と密接に関与するな!」
「だってママなんだもん! あの母性はママなんだもん!」
「もういっそ教育係変えろ!! コイツとことん他人に甘えるぞ!!」
「パパー!」
「父性を求めるな!!」
ぶっ続けの対話に付いてくる体力は見事だ。シルバーを息切れさせるのは後にも先にも自分だけかも知れない。
「まあまあ、そうカリカリせずに。ママからもらった飴ちゃんをカリカリしましょうよ」
「キャンディは噛むものではないし教育係をママと呼ぶのは止めろ」
「あ、これは義母から」
「紛らわしい!! いや、そもそも義母からなら毒物を警戒しろ!」
「はい、だから王子に毒味をと思いまして」
「ポリスメェン!!」
公爵家の血筋は父親側によるもので、ホワイトは浮気相手に産み捨てられたそう。
ここで言う義母というのは正妻のことだ。無論、嫌われている可能性が高い。というよりルートによっては本当に殺される。
初見ならば一度は通る【ゴールド編:嫉妬の愛】。作中で最もエグい結末、義母による扼殺エンドだ。
「理不尽の塊すぎへん? 悪意あって生まれてきた訳でもなけりゃ転生してきた訳でもないんだけどぉ??」
転生カミングアウトは信用されていないはずだが、なぜか彼の返答に間があった。チラリと端麗な顔を盗み見る。
彼にしては珍しく憂いを帯びた瞳で、ポツリと言葉を放った。
「……悪意の有無など、どうでも良い」
発売前の予想キャラ投票で『裏切りキャラ』最多票を得ていたが、シルバー編に意図して国家を捨てるものは一つもない。むしろ他キャラルートで暗殺の嫌疑先にされて処刑されることがあった。
「嫌だから。怖いから。理解できないから。それらしいことがあったら押しつけたい、というのが周囲の本音だろう」
その立場から、忠誠心と騎士道を疑われる。信念を否定される。己を構成する全てから裏切られる。
自分は彼を一番の不遇キャラだと思っていた。
「……あんま良くないとは思うんですけど。
やっぱ立場とか血筋とか気にしなきゃいけないから。さっきのあなたみたいに疑わざるを得ない。いや、それ以外を疑いたくない。
王子以外の大切な人を信じたいから。要は安心したいんですよ、周りの人が」
さっき彼が義母を疑ったのも同じこと。
無意識のうちに『そういうこと』をする人間を決めつけている。逆に、それ以外の人間は信じていても良いような気になれる。
一人に不安を押しつけて。その他大多数に頼りたい、甘えたい、逃げたい。
心理学は知らないが多分こういうことだ。
自分の言葉を聞いて、シルバーは少し瞳を大きく開いた。すぐに普段通りの冷淡な光を宿したが。
微かに視線が揺れて、静かにこちらを見据える。
「お前は?」
どういう意図なのかを察せられずに首を横に捻った。咳払いを一つすると彼は顔を逸らして続ける。
「お前は疑う人間も、信じる人間も、決まっているのか? 誰のことを……」
言いかけ、閉口した。その言葉の先は乙女ゲームの観点からおおよその予想はつく。
一呼吸置いて告げた。
「ブラック様に褒められたいし甘やかされたいし可愛がられたいしギャップを発見したいのも山々ですが! あの人ならば裏切られても捨てられても罵られても踏まれても美味しいです!!」
「メンタルケアァ!!」
王子をここまで叫ばせる女はそうそういない。
ロマンな空気に流されて、テンプレのセリフで満足させる? そんなの不誠実だろう。
目前にいるのは人だ。完成度の高いコンテンツなどではなく個々の感情を持つ人間だ。取説頼りのコミュニケーションは破綻するに決まっている。
画面の向こう、ゲームとしてなら攻略などの考えで構わないだろう。娯楽なんだから。
けれど転生してきた以上、これが現実だ。これからの人生だ。
選択肢なんぞに逃げたりしない。
コンティニューなど出来ない現実を生きるために。推しを崇めるために。推しの供給を受けるために。推しに貢ぐために。
我欲に愚直たれと、道なき道へ暴走するのだ。
「ついでに王子は何を探して窓を見てたんです?」
「ついでとはなんだ、ついでとは……犯罪予備軍の女を見かけたからやってきただけだ」
「テメェ今ブラック様のこと侮辱したなぁぁぁ!? 腹を切れ!! 切って謝れ!!」
「いやお前に決まっているだろう!! というよりも男爵令嬢を疑わしい人物扱いしてるぞ、お前自身が!!」
「うるせぇ!!」
「うるさくさせているのはお前だろう!!」
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