ヒロインの推しは悪役令嬢
緋衣 蒼
王位継承権第一位【ゴールド】
「この世は理不尽で満ちていますね、殿下」
純白の髪をそっと撫で、ため息を溢した。呼び掛けられた青年はゆったりとした動作で振り返る。
「……突然どうしたんだい?」
彼はこちらを案じるような表情を浮かべ、紅茶を淹れる手を止めていた。美しい黄金色のストレートヘアーが動きに合わせて揺れる。
「決まっているではありませんか」
ニコリと微笑み、告げた。
「どうして私は推しの召使いに転生しなかったんだよおおお!!」
「怖いよ」
ガンッと音を立てて机に突っ伏す。何の罪もない茶菓子が勢いで空に投げ出されたが、床に落ちる前に青年が回収した。
「普通さ? この時期での転生先なんて悪役令嬢かチートざまぁでしょ? 何でったって正ヒロインなんてポジション!?」
「この世界の言葉で喋って?」
困っているらしい彼を見て、顔の良さを確認する。同時に脳内をある人物の顔立ちがよぎった。
「……あの方の部屋の壁のシミになりたい……麗しいお顔を一生に一度で良いから拝見させていただきたい……」
「壁のシミから眺めるのは盗撮と同類じゃないかな」
普段は天然ボケをぶっかます青年がツッコミをしているのは珍しい。しかし二人きりの室内、収拾役は不在。やらざるを得ないのだ。
彼はオロオロとしながらそっとティーカップを差し出してきた。
自分はこの世界をよく知っている。
地球の島国で発売されていた乙女ゲーム『色彩プリンセス』の世界線だ。
主人公【ホワイト】は元々庶民だったが、ある日に彼女は侯爵家の血を引いていると発覚した。そのため急遽、貴族学園【カラーリングカレッジ】へと編入することになる。
立ちはだかる数々の苦難を乗り越え、愛する人を己の運命に引き込めるか。そして自身が相手の運命へ踏み込めるか。
そしてモノローグで説明を終えた自分こそが名誉ある乙女ゲームヒロイン。
見た目は美少女、頭脳はジャパニーズオタク。その名も転生者だ。
目の前にいるイケメンは、看板キャラであると同時に最難関ルートの攻略対象。
王位継承権第一位の【ゴールド】皇太子。
「ええと……学園の方、調子はどうだい?」
困り果てて話題を出してきた彼が流石に不憫で、通常の笑顔を向ける。
「ブラック様を目視することが出来て幸せでございます」
「……良かったね……?」
なおも首を傾けるしかなさそうなゴールドを横目に、悪の概念を思い返す。
攻略対象の、誰のどのルートにおいても、主人公たちへ数々な苦難を与えてくる人物。それが【ブラック】である。
「あと、ぶっちゃけ真っ白なんて良いこと無いですよ。カレー食べれないし、勝手に清廉潔白ガチお嬢様扱いされるし」
「とりあえず清廉潔白であってくれないと私が困るのだけれど」
「私が好きで侯爵家の人間になった訳ではないのに? 貴族なのだから、貴族らしく、貴族とは思えぬ、貴族貴族貴族……つい先日まで庶民だったガキに厳しすぎねっすか」
「庶民でも
その皇太子自身も普段より砕けた口調なのだが、とは言わないでおく。
異世界転生のことは雑にカミングアウトしている。もちろん同郷の人間がいるか期待しているのもあるが、隠し通す演技力に自信がなかった。
「もう転生については良いんですよ。猫が犬になりたくてもなれないのと同じだと思い込むことにしますから」
「思い込む……というより、むしろそれが当然なんだよね」
「でも私絶対嫌がられるじゃないですかー。あの人の魔力感知が桁外れだから、見ることが出来たの本当に一瞬だったんですよ? もちろん顔がよろしかったのは前提なんですけれども!」
「さらっと無視していくの変わらないな。君の魔力制御が上手くいっていないのも要因なんじゃない?」
「私のラブコールが通じた……? 推しに認知された……? よし一生無能でいよ」
「止めておきなさい困るから」
本来なら、このイベントはおしとやかで優雅なはずだった。しかし話が通じないオタクがいるとコント空間にしかならない。
「お茶会に誘っただけなのに……よく分からない労力が重なっているような」
「それがツッコミですよ。第二王子のシルバー殿も労ってあげないと」
「え? どうして今シルバーの名が?」
「上に天然、下に便乗。真ん中っ子って苦労が多いですね」
「どういうこと……?」
このゲームはストーリー性が高く、一人の攻略対象に複数のルートが用意されている。
それらのテキスト閲覧のために他キャラとの交流も必要になるケースがあり、ゴールドの場合は弟二人がその有力候補だった。
「……まあそれはいいか。そもそも君がブラックに避けられているのは初耳なのだけど」
「初対面であまりの尊さに奇声を上げて卒倒したのがダメっぽかったっす」
「それは私も怖いし逃げるね」
推しが目の前で自分と対話しようとしてくれているのだ。どのオタクが冷静でいられるものか。
「そういえば、次の学園パーティーは予定があるかな?」
「男装で女子を釣りたい所存ですが」
「違うよ。ありとあらゆる方向性で聞きたいことが違ったよ。エスコートの予定を聞きたいんだよ」
「えぇ……ブラック様を百メートル先からウォッチングするつもりだったんですけどぉ」
「やめなさい、だから嫌われるんだよ」
「私は嫌われていない」
「急にどうしたの」
迷言を理解されないのは少し寂しいな、と虚しさを抱えて思う。
学園パーティーというのは好感度を上げるための最大手。月に一度の開催で、リズムゲームとなっている。つまり音感がない自分は詰んでいた。
「相手がいないのであれば、どうだろう? 私に同行させて」
「……殿下……この私に相手がいないと……モテないと、そう仰りたくて?」
「え、いや」
「ひどいっ! あんまりですわ! 現実を突き付けてくるなんて幻滅いたしました!」
「現実なの? というかそんなつもりじゃ」
「うわあああん殿下にまで非モテの烙印押されたあああ!! もうこれで十二回目!!」
「落ち着いて! それだけエスコートを申し込まれているってことなんだよ!?」
二次創作で
一応何らかのルートを探しておいた方が良いかと考えて、おおよその攻略対象に声をかけていた。悪役令嬢がどのパターンでも敵対するのであれば確実に会えるからだ。
しかしまあ結果として、浮気している気分になった。漠然とした違和感から誰のエスコートも受けないことにしている。
「というか皇太子は彼女いないんですか?」
茶菓子を頬張りながら尋ねると、一瞬だけゴールドの動作が固まった。
「
そう言って、彼は苦々しげに笑う。
ゴールド。文武両道かつ容姿端麗、穏和でありながらも強力な魔法の使い手。まさしく理想的な謳い文句の看板キャラクター。
けれど、いやだからこそ、女性関係はエグい設定だったと思う。
生憎だが彼は最推しではなく、設定資料集も完全記憶するほど読み込んでいない。故に、推測でしかゴールドの心情を理解した気になれない。それでもこれは分かる。
気を遣われるか狙われるかで、彼は常に緊張状態になっているはず。
たとえゲームのキャラクターだと分かっていても。目の前で生きて話しているのだから、人間だと認識せざるを得なくて。
だからこそまあ、ヒロインというよりは一人のオタクとして。オタクというよりは一人の人間として。
王子にもバカみたいに脳死して駄弁る時間があっても良いではないか、と思うのだ。
「あ、紅茶ウマいっす。ブラック様に献上したいのでございますわ」
「お願いだから敬語くらい覚えてね。彼女にも勧めておこうか?」
「密会……」
「違うよ。というか君が言ったから提案したのであって」
「え? 殿下なのに他者に責を委ねるのですか? 殿下なのに?」
「いや……ちょ……もー!」
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