星グルメは、曇り空の下で
櫛田こころ
星寄り亭
「うぇえん!! 迷子になったぁ〜!!」
アルビオ=マーウェイ、ぴっちぴちの二十歳。
冒険者として活躍するようになって、それなりに立つ。
この日は、お酒を飲んでいた。ただのお酒ではなく、自生していると言う不思議なお酒。魔物とも言われているが、熟すると死にいたり……甘露の酒とも言えるとってもとっても美味しいお酒になる不思議なものなの。
それを……運良く見つけたからって、たらふくに飲んでしまって……拠点にしている街に行こうにも方向がわからずに迷子になってしまった。
酔いもだいぶ冷めたが、星あかりなどを頼りにしようにも空は曇り空。星のひと欠片も見えないのだ。
場所も森の中と言う最悪のところなので……仕方がないが、久しぶりに野宿するかと荷物を下ろして焚き火をつけることにした。
火種の魔鉱石もストックがなかったので、薪でも集めようかとしていたところ。
「……良い匂い」
今までに、嗅いだことのない良い香りがしてきた。
飲んでしまった、エイフィアのお酒じゃない……もっともっと、胃に優しいような食事の香り。
誰か、同業者がいるのだろうか?
お酒は飲んだけど、空きっ腹な今にはパンチを食らったくらいに強烈な刺激を与えてくる!
お金は持っているし、払うから分けてもらおうと荷物を担いで、匂いを頼りにその場所に向かう。
近づけば近づくほど……良い匂いで堪らない。肉を焼いたと言うよりは、何かお粥を作っているような。
「なんだって、良い! お腹空いた!!」
匂いだけで道を進んでいくと、開けた場所に到着した。
そこは、焚き火だけではなく……街中にあるような屋台があったのだ。
「いらっしゃい、お嬢さん」
屋台から顔を覗かせたのは……亜人とも言われる、獣人だった。青い毛並みの綺麗な猫の顔。
ちょっとだけ、右目に傷跡はあったけど……逆にかっこいい!
獣人とお付き合いしたことはないけど……モテるんだなあと思っただけだった。
「こ……こんばんは! 良い匂いしてきたので、つい」
「いやいや、大丈夫だ。うちはあちこちを回って営業している旅商売だからね? これも縁だ、うちの料理食べていくかい?」
「は、はい!」
不思議だ……。
初対面なのに、安心する気持ちが強くなっていく。この店長さんの、優しい笑顔のせいだろうか?
とりあえず、席だと言う低いテーブルと椅子に腰掛けることになった。
「メニューは……そうだね。お嬢さんの顔を見るに、酔った後かな?」
「ど、どうして!?」
「走ったわけでもないのに、顔色が赤い。口調も少ししたったらずだ。……お若いが、やけ酒はしてないかい?」
「いえ!…………エイフィアのお酒、たくさん飲んじゃって」
「なるほど。では、出来るだけ腹に優しい料理から行こう。ちょうど作ってたのがあるんだ」
と言って、店長が鍋から器に一杯。
私のところに持ってくると、普通の男の人よりも背が高くて、体型もすらっとしている。
ちょっとドキドキしたけど、今はご飯だとテーブルに置いてくれた料理を見てみた。キラキラ輝いている……卵を使ったお粥に見えたわ。
「これは……?」
「異国の料理を参考に作った、米粥みたいなもの。僕風に言うのなら『星トカゲの雑炊』と名づけるかな?」
「星トカゲ?」
「と言いつつ、材料は岩トカゲの肝だけど」
「えぇ!!?」
強烈に良い匂いがするのに、食用にはほとんどならない武器素材のあの硬い岩を背負うトカゲが??
あれを倒した時のような、嫌な匂いが全然しないのに……これは、この店長さんを信じるしかない。何よりお腹が限界を迎えていたため、一緒に置かれたスプーンを手に……ゆっくりすくってみた。
(……綺麗)
肝って言ってたのが、グレー色だけど、他の材料と合わさってまるで星のように輝いている。その輝きを口に入れたい気持ちになって……私はもうそれを口に運んでいた。
さらっと、口から喉の奥に流れていくのは、優しい温もり。
なのに、味付けはお塩以外の……濃厚なスープと出会い、噛んだ瞬間。胃袋が喜びの悲鳴をあげたように、私に次を急かした。
「美味しい!!」
肝以外にも、ふわふわの卵。
麦に見える白い粒は、麦のように嫌な粒々感がなくただただ柔らかい。それがスープと絡み合うと、普通のお粥を食べる以上の満足感が胃だけでなく、頭にも伝わっていった。
やがて、木の器にたっぷりあった『ゾウスイ』と言う料理は……一杯でも、お酒で疲れた私の胃袋を落ち着かせてくれた。
食べ盛りであるのに、街の大衆食堂で結構食べる私の胃袋を、たった一杯で落ち着かせるだなんて。
「お気に召したかな?」
店長さんは、今度はなにも持たずに私の近くに来てくれた。
優しい微笑みだけはそのままに。
「……すっごく、美味しかったです」
スープもだけど、卵も……岩トカゲの肝の部分も。肝は時々舌の上でわずかに苦味を伝えてきたが、それがかえって良かった。スープで慣れた舌を落ち着かせてくれるような。
「ふふ。うちは星の見えない……曇り空の日にしか営業していないので、またどこかで」
「え?」
「お代はいらないんだ。お嬢さんからは、笑顔をもらえたからね?」
と、店長さんが言い終わった時に……私はいつのまにか、街中で立っていた。
街中だったが、人通りの少ない外れ。
森の中にいたのに……いつのまに? と思っても。
口の中では、まだあのゾウスイの味を覚えていた。
だから、ギルドに行って情報を得ようと走ったのだ。
「……それは『星寄り亭』の空間に行ったんやね?」
ギルドマスターに、証拠のひとつであるエイフィアのお酒のボトルを渡してから、あの屋台の情報を入手することが出来た。
「星寄り亭?」
「星って名前がつくのに、晴れの日じゃなくて曇り空の日にしか営業しない……獣人でも伝説と言われてる『青猫』の店長が営む屋台やよ。君は運が良かったねぇ?」
「……曇り空、ならあそこに行けるんですか?」
「まあ、そう言われているけど。必ず出会えるかは分からん。店長が気にいる条件もあったりなかったりするから……君はどうやったん?」
「またどこかで……と」
「ほな、希望はあるねぇ? 行けるように、今度は酔っ払わんと行ったり?」
「……そうします」
星と名がつく店なのに、星を避けて営業する屋台。
次に行ける日は、それからそうかからなかった。
星グルメは、曇り空の下で 櫛田こころ @kushida
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