選択

第1話

人を捨てて、永遠に生きるか

人のままで、輪廻の輪に戻るか


選べ


「どう、いうことだ?」

俺は呆然となって、半ば口から零れるようにその言葉を吐いた。

俺の気持ちとは裏腹に、村の中は夜なのに昼かと思うほど明るかった。

村のあちこちに焚かれた松明が、家々に点された明かりが、夜空を照らしている。

その中を、一人の男性が豪華な輿に乗って練り歩いている。

村人たちは彼に言葉を、花を贈り、祝福している。

今日は、彼の八十八歳の誕生日だ。


「不老不死の法は、ある」

それは、伝説の不老不死の法を求めて旅をしていた俺を、ここへ導いた彼の言葉だ。

その旅の中で、ふとしたことから出会った老人が彼だった。


彼は具体的な方法については何も語らなかった。

知りたければついてこい、といった。

俺はそれに従い、彼にくっついて彼の村へ来た。

俺が不老不死の法について詳細を聞いたのは、すでに彼の輿が村の出口へ向かった後だった。


彼の村には、八十八歳になると一つの選択を迫られる。

それは、儀式を経て、不老不死になるか、人としてその寿命を全うするかの選択だ。

そこで、不老不死になるほうを選べば、永遠の時を生きられるという。


ただし、それは人としてではない。


「このあと、滝行を経て、彼は龍神になるんだよ」

そう教えてくれたのは、この村の長老だった。

彼は同じ八十八の歳に人として全うすることを選び、その地位についている。

「龍神に、なった後はどうなるのです?」

人としての意識がなくなるのなら、それは果たして不老不死と言えるのか。

「伝説では、世界を守るその一端を担うと言われている」

「言われている?分からない、ってことですか?」

長老は深く頷いた。

「龍となれば、その姿を捕らえることも難しい。当然、交流も難しくなる。果たしてそのあとに何があるかは、分からぬのだよ」

「それじゃあ、」

人身御供と同じではないかという言葉を、俺は飲み込んだ。

「本人は、幸せ、なんですか?」

「さあて、」

長老はそう言って、まぶしそうに松明を見上げた。

その視線の先で、空へと駆けのぼる一筋の光が見えた。

「あ、」

それが、彼の老人であると、なぜか俺にも分かった。

人としての意識を失くし、永遠に生きること。

それは、俺の求めていた不老不死とは明らかに違う。

けれど、人としての業から解き放たれるというのなら、あるいは。

「今の彼と、年齢が近くなったら、考えてみるといい。今とはまた、違う思いで感じられよう」

そういって、長老が俺の肩をぽんと叩いた。


次の瞬間、俺は鬱蒼とした森の中に一人で立っていた。

見たこともないような場所に思えたが、なぜか帰り道だけはわかった。

その感覚に任せて歩いてみる。

振り返ってはいけないような気がして、足早にその道をたどった。

「同じ年になったら」

そのとき、俺は何を思うだろう。

そもそも、それまで生きられるのだろうか。

そして、再び彼の地を訪れることは可能なのだろうか。

何も分からない。

分からないままだ。


けれど。


何故か、涙が止まらなかった。

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