三、変装した鬼之面と懐刀がついに「地獄の大釜」へと入っていくの回

 たいまつが焚かれているもののまだ薄暗い階段を降りていくと、ちょっとちょっと並んでますよと声をかけられた。よく見たら階下に向かって随分と長い行列ができているのである。

 苛立ったような声をかけられて誰に口をきいてるつもりなんだとむっとした鬼之面だったが、懐刀から自分たちが変装をしていることを思い出さされ、へへへすみませんと謝る懐刀に案内されるような形で列の後ろへと並ぶこととなった。

 それからすぐに鬼之面と懐刀の後ろにも長い長い行列ができた。随分待つのだなと鬼之面はぽつりと言った。鬼之面と懐刀の間に会話はあまりなかった。鬼之面はどちらかと言えば無口な性質だったし、何時間黙っていても別に困らない。鬼之面のそういうところを知っているから懐刀も無理に話しかけて鬼之面の御機嫌を取ろうとはせず、思い出したようにたまに二人でぽつぽつと喋った。

 どのくらい待っただろう、ようやく鬼之面と懐刀の順番が来たようだ。洞穴ほらあなのような入口から、白い前掛けをしている、三本の尾をうねうねさせたぬめぬめした肌の怪物が出てきたので驚いた。白く高い帽子をかぶっているので角に関しては分からない。この世に怪物はいるというが、間近に見たのは初めてだった。怪物は「根っこ」と「止まり木」のどちらがいいかと聞く。

 どう違うのかと尋ねると、「根っこ」は複数人用にできていて、こちらは今はいっぱいだけれど、もし「止まり木」でよければすぐに案内できるのだと怪物は言った。その代わり、顔を見合わせて座れる「根っこ」とは違って「止まり木」では、他の客と一緒に横並びにならないといけないと言う。よく分からなかったが、もう随分と長い間待って疲れていたから、鬼之面と懐刀は「止まり木」の方で案内してもらうことにした。

「二名様、ご来店でえす」と怪物は奥に向かって叫んだ。するとやまびこのように、「いらっしゃいませ、地獄の大釜へようこそ!」といういくつもの声が同時に響いてきた。鬼之面と懐刀は歩みを進めた。店内はがやがやと大きな賑わいを見せ、熱気にあふれている。

 また、店の中では、でっかいやつから小さいやつまで、見たことのない怪物たちがたくさんいて、それぞれが忙しそうにせこせこと動き回っている。厨房ではごうごうと炎や煙が立ち上っており、壁はすすだらけになっていた。

 いつ何時襲い掛かられてもいいように警戒しながら鬼之面と懐刀が案内された所の椅子に座ると、「根っこ」の中の一つで、わいわいと大騒ぎしている連中がいることに気が付いた。どうも聞き覚えのある声だなと思って見るとなんと鬼之面の隊の兵士たちである。

 自分たちの変装は完璧だと信じて疑わなかった鬼之面と懐刀だったが、いい具合に酔っ払った兵士たちに「やや、隊長と懐刀さんじゃないですか!」とすぐに気付かれたので、単に鬼之面と懐刀の私服の好みがおかしいと思われただけだった。鬼之面と懐刀は苦笑して、息苦しく顔中を巻いていた布などを外した。

「こちらが献立表になりまあす」と緋色の小さな怪物がとことこやって来て言ったが、「止まり木」まで背が届かず、一生懸命に背伸びをしてぷるぷると震える手で冊子のようなものと水の入ったグラスを「止まり木」の上に置こうとするので、鬼之面は受け取ってやった。

 鬼之面が献立表を開いて中を見ると、真ん中に一番大きく描かれている人気の献立が、店の名前にもなっている〈地獄の大釜〉という、黒い鍋に入った名物料理のようであった。

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