二、鬼之面が懐刀から「地獄の大釜」のことを聞かされるの回

 誰もがみな懐刀には胸襟を開くから、兵士たちへの調査は滞りなく順調に行われた。しかし懐刀を驚かせたのは、ここ最近ではみなは新しく出来た「地獄の大釜おおがま」と呼ばれる一つの店に行っていることであった。それは「天国酒場通り」の奥、地の割れ目を思わせる亀裂の中に作られた階段を下った先にある、隠れ家のような店だという。

 大足の元を訪れた夜に評判を聞くと、なんでもすごい店と評判らしいと言った。好き嫌いは分かれるようだけれどもと。兵士たちがみな「天国酒場通り」のばらばらの店に通っているなら厄介だが、一つの店となれば話は簡単である。その店で自分たちの隊の兵士の出入りを禁じてもらえばいい。最悪その店で暴れて店そのものを壊してしまえばいいと物騒な方法さえ懐刀は考えていた。いつもと違ってなんだか上の空の様子だったから懐刀は怒った大足に二の腕をつねられた。

 懐刀から報告を受けた鬼之面は、なんらかの対処法を考えるにせよ、「地獄の大釜」がどんな店なのか、一目見ておこうという気になった。そこで鬼之面と懐刀は自分たちだとは分からぬように変装して「地獄の大釜」へと乗り込んでみることにしたのである。

 夫が「天国酒場通り」に行くことに対して鬼之面の妻は特に心配はしなかった。何故なら、隊の今後に関わる重大な調査に行くとだけ聞かされていて、夫が「天国酒場通り」に行くとは知らなかったからである。知ったらきっと、何も言わずとも悲しげな顔をしたことだろう。その小さな目には涙の一粒や二粒ぐらい浮かんだかもしれない。

 懐刀は嘘と方便は違うといい、あやしげな店だがこれは調査に行くのであって、実際に遊びに行くわけではないのだから無用な心配をさせることはないと鬼之面に言い、やましい気持ちのない鬼之面もそれはそうだなと思ったのであった。そうして二人は出かけていった。

 「天国酒場通り」は人で溢れかえっていた。道の両端では自分たちの店に客を呼び込みたい店員たちが声を張り上げている。時に女たちに袖をつかまれるので、通りの奥までたどり着くのに大分時間がかかった。ようやく「地獄の大釜」がその下にあると思しき地の割れ目の近くまで来たのだが、折しも空ではごろごろと雷が鳴り響き、鬼之面と懐刀はどことなく不気味な予感に囚われ、ぶるっと身を震わせたのである。

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