三、大食感の一行が血眼になって千紫万紅の楼閣鳥を探す

 眩惑の森には時折魔物が出るという。しかし御機嫌は魔物のことなど心配していなかった。なにしろこちらには弓矢を持った遠眼鏡と巨大な刃を背負った大包丁がついているのである。しかし実際に魔物が出た時、それは小さな、すばしっこい獣のような魔物だったのだが、御機嫌が「それじゃあよろしく頼むよ」と言いながらそそくさと大包丁の後ろに隠れると、大包丁が堂々と、「言っておきますが、ワシは戦えませんぞ」と言ったので驚いた。

「えっ? 戦えないだって?」

「当たり前の話ですがね。ワシは戦士ではなくて料理人ですから」

「そ、その背中の大包丁は……?」

「大包丁がなにか? 荒々しい戦闘に使ったら刃がかけて困りますから、もちろん使いませんよ」

「も、もしもの話だよ、巨大な魔物に襲われたら?」

「死なずに済むことを祈るばかりですな」

 てっきりそのごつごつした見た目から大包丁は抜群に強いと思い込んでいただけに、御機嫌は驚いた。おいらにおまかせと言って、遠眼鏡がぴゅんぴゅんと矢を射ったが魔物をとらえ切れず、結局魔物はどこかへ逃げ去ってしまった。遠眼鏡は少し気まずそうに地面に刺さった矢を回収して、極端に曲がったものがないかを確認した後で矢筒にしまった。やれやれ、これは先行きが怪しくなってきたぞと大食漢は思った。

 眩惑の森には似たような木がたくさんあり、大食漢一行は何度か道に迷ってしまった。しかし、洞察力にすぐれた遠眼鏡が動物たちの残した地面の足跡を丹念に調べて、こっちだよと案内してくれて、なんとか抜け出すことができた。無事に抜けだせただけでも奇跡と言えよう。そうしてどうにかこうにか不知火山のふもとまではたどり着いたのだが、予定していたよりも大分時間はかかってしまっていた。

 それ故に大食漢はその時点でもう限界までおなかがぺこぺこだった。一行は、「あの辺りで千紫万紅の楼閣鳥を見たことがある」と遠眼鏡が言った所に陣取って、千紫万紅の楼閣鳥が現れるのを待ったのだが、全く千紫万紅の楼閣鳥が現れる気配はなく、刻刻と時間だけが過ぎていった。遠眼鏡は遠眼鏡をのぞき込んで待機し、大包丁はいつでも料理に取り掛かれるように、盾のようにして持ち運んでいた鍋の準備をしていたが、他にすることはなく、いつまでもただ待っている他仕方がなかった。

「だから僕は最初から嫌だったんだよ、こんなところに来るのは」

 おなかをすかせた大食漢はいらいらしており、そのいらいらはみなに伝染してしまい、御機嫌もめずらしく機嫌が悪くなり、大食漢と言い争いを始めた。その様子を見て遠眼鏡はややすまなそうな顔をしていたが、大包丁はそんなこと自分に言われてもというように憮然とした表情で立っていた。

 帰りにまた眩惑の森を抜けなければならないから、ぎりぎりまでねばって千紫万紅の楼閣鳥を探していたのだが、いよいよもうそろそろ帰り支度を始めねばということになった。しかし大食漢はおなかが好きすぎて、もう一歩も動けないとわがままを言う。千紫万紅の楼閣鳥の料理を楽しみにしていたから、朝ご飯をほとんど食べていないと言い張った。実際には人並み以上には食べてきたのであったが。

 大包丁は懐から小さな布袋を取り出して言った。「では、粥でも作りますかな」

 粥? と言ってみなは顔を見合わせる。楼閣鳥の胃袋に入れて煮込む用に少し米を持ってきたのだと大包丁は言った。普通に炊いたらみなの分には足りないのだが、粥なら多少は行きわたるだろうと。焚火用の木を探しに行く者、泉に水を汲みに行く者、それぞれが分担して料理の準備を手伝うことになった。

「あとはそうですな、この辺りには翡翠草ひすいそうが生息しておりますかな?」

「翡翠草?」

 大食漢と御機嫌はくるりと振り返って遠眼鏡の方を見た。遠眼鏡は翡翠草のことを知らなかったが、形や色を説明すると、もしかしたら見たことがあるかもしれないと言った。なんでも翡翠草を細かくちぎってパラパラと粥に入れると、爽やかな香りと風味が染み渡って絶品の粥になると大包丁は言う。

「なければないで仕方がありませんが」

 仕上げに入れればいいと言うので、大包丁が粥を準備している間、みなで翡翠草を探し回った。泉の近く、茂みの奥でついに見つけたのは長帽子だった。あまり自信がなさげに、これですかな……? と持ってきたのだったが、それが翡翠草で間違いなかった。

「でかしたぞ長帽子!」と大喜びした大食漢が長帽子の背中を叩くので、長帽子は嬉しそうに顔を赤らめて、にまにまとした。そうこうしている内に粥ができた。みなは焚火のまわりの車座になってそれぞれの器に粥が注がれるのを待った。青とも緑ともつかない彩りが散りばめられた粥は、つやつやと輝いていた。

「それではお召し上がりください。翡翠草の粥でございます」と大包丁は言って、ぺこりと頭を下げた。

 軽く調味料で味を調えただけの、簡単な粥ではあったのだが、翡翠草の風味が豊かで、しかも長く歩き続けた後でおなかがぺこぺこな時に食べたものだから、粥のうまみはみなの五臓六腑に染みわたった。

「ああ、うまい。さすがは大包丁だ。こんなにうまいものを食べたことがない」

 と大食漢は満足そうな声を漏らす。みなも口々にうまいうまいといい、温かな粥は疲れたみなの心と体を存分に癒したのである。

 自慢の大包丁を使うことがなかったので大包丁はその点は不服だったのだが、褒められて悪い気はしなかった。食べたことない絶品料理を食べてみたいというのが今回の冒険の目的であったから、図らずもその目的は果たされたと言えよう。翡翠草の粥は大食漢の今まで食べてうまかったリストの堂々第一位を記録することとなったからである。

 旅を終えた後に大食漢が至る所で、あれほどうまいものは食べたことがないと大包丁の腕前を褒め、あの美食家で知られる大食漢がそれほど言うならばと、大包丁の名声は否が応でも増すこととなった。

 御機嫌は眩惑の森で魔物と出会った話を大袈裟に新聞に書き、それはいつしか四メートルほどもあった巨大な魔物で、一行と激闘をくり広げたということになっていたのだが、娯楽に飢えていた町の人々の大きな評判を呼び、それをきっかけに新聞社から著作の依頼が舞い込むようになった。

 そのため御機嫌は、今度は群青色の海域に生息するという幻の巨大蛸を捕まえに行かないかと言い出し、未知の食を求める大金持ちの大食漢と御機嫌、長帽子は遠眼鏡と大包丁を引き連れて新たなる冒険にくり出すこととなるのだが、それはまた別の話である。

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大包丁おおいに腕をふるう 真南大道 @hiromich_manami

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