二、大包丁、千紫万紅の楼閣鳥を使った料理を作ることを約束する

 大包丁は想像していたよりも巨大な男で、二メートルはゆうに越えており、顔中もそうであったし、なにより丸太のように太い左腕は切り傷の跡だらけだった。なにかの生き物の歯形のようなものも見て取れた。太い眉、古代の彫刻を思わせる彫りの深い顔つきをしており、しゅっとした細い鼻の下にはブラシのような剛毛だが白髪交じりの髭があった。

 話をしている間中、御機嫌は軽くベルトで巻かれているがほとんどがむき出しのまま壁に立てかけてある巨大な包丁を触ってみたくてたまらなかったのだが、そちらにちらりと目をやる度に大包丁がその大きな目でぎろりと睨んでくるので、怖くて、ちょっと触ってみてもいいかなとは言い出せなかった。

「そうなるとやはり、千紫万紅せんしばんこう楼閣鳥ろうかくちょうになりますな」とやがて大包丁は髭をねじりながら言った。

「千紫万紅の楼閣鳥?」と大食漢は鸚鵡返しをし、御機嫌はああ、あの鳥のことかあと、さもどこかで聞いたことがあるかのような振りをした。

「左様。虹色の尾羽を持つとされる巨大な鳥で、その身は淡白ながら言葉にできぬほどの深い味わいで、絶品とされていますな。されているというのはつまり、このワシもまだ口にしたことがないからなのですが。ともかくかの名著『万国食之極目録ばんこくしょくのきわみもくろく』によれば絶品とのことです。あの本に書かれているなら間違いはありますまい。この地方に生息する生き物では、ずば抜けて一番でしょうな」

「なるほどなるほど。では、その千紫万紅の楼閣鳥で僕に料理を作ってくれないか。金に糸目はつけないぞ」と大食漢は言い、僕の分もねと抜け目のない御機嫌は言った。大金を積まれた大包丁は千紫万紅の楼閣鳥で料理を作る仕事を請け負い、それでは鳥が用意できたらいつでも呼んでくださいと言った。

「ただし、死んだ鳥はいけませんよ。千紫万紅の楼閣鳥は血抜きをしてすぐに調理しないと、その深い味わいは味わえなくなってしまうと書かれていますから」

「なるほど、そういうものかな」

 大食漢と御機嫌は早速、市場で千紫万紅の楼閣鳥を探させたのだが、そんなに貴重な鳥がそうそう出回っているわけもなく、取り扱ったことがある店すらもなかった。つてをたどってようやく見つけられたのが、千紫万紅の楼閣鳥の姿を見たことがあるとされる、狩りの達人ぐらいであった。

 遠眼鏡とおめがねをいつも首にぶら下げていることから遠眼鏡と呼ばれている少年と言ってもいいほど若いその狩人は、眩惑の森の先にある不知火山しらぬいさんで千紫万紅の楼閣鳥の姿を見たことがあると言い、大食漢は遠眼鏡に千紫万紅の楼閣鳥を捕まえてきてくれるように頼んだ。

「ただし、死んだ鳥は駄目だよ。千紫万紅の楼閣鳥は血抜きをしてすぐに調理しないと、その深い味わいは味わえなくなってしまうと『万国食之極目録』に書かれているそうだから」

「『万国食之極目録』? なんですそれは?」

「なんでも有名な本だそうだ」

「なるほど、そういうものですかね」

 遠眼鏡は弓の弦をピンピンと指で弾いた後、矢筒の中に弓矢が何本あるか数えて、それじゃあすぐにでも行って取って来ますよ、と言って、千紫万紅の楼閣鳥を捕まえることに自信がありそうな様子だったので、大食漢と御機嫌はこれは期待できるぞと思った。

「ねえねえ、ちょっと思ったんだけどさ」とそこで御機嫌が言った。「僕と君も旅に同行してさ、大包丁にも一緒に来てもらってさ、その鳥を捕まえたその場でババッと調理してもらうのが、一番おいしいんじゃないのかい」

 御機嫌はいつだって、ちょっとした冒険をしてみたいと思っていて、遠眼鏡がいれば、そして何よりあの筋骨隆々とした大包丁が一緒にいてくれれば、安心安全に憧れの冒険が味わえると考えたのだった。

 少しの距離を歩いただけでも汗だくになり、ひいひいふうふうと荒い息を吐くような大食漢はあまり気が進まない様子だったが、運動をすることに対する抵抗感とまだ食べたことがない絶品料理とを天秤にかけた結果、結局御機嫌の案に賛成することにしたのだった。

 そういうわけで二人の貴族の青年の大食漢と御機嫌、それから大食漢を心配してついて行くと言い張った執事長の長帽子、狩人の遠眼鏡と凄腕の料理人である大包丁の五人は旅支度を整え、眩惑の森を抜けた先にある不知火山へと向かったのであった。

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