大包丁おおいに腕をふるう

真南大道

一、大食漢、友人の御機嫌から大包丁の噂を耳にする

 いつもにこにこしていて、皆から御機嫌ごきげんの若様と呼ばれている貴族の青年は、大食漢たいしょくかんと呼ばれる友人のことを常に羨ましく思っていた。それというのもその事実自体は傷ましいことではあるが大食漢の両親はすでに亡くなっており、大食漢は若くして既に主の座におさまっているからである。

 御機嫌は厳格な父母の管理下にあり、日々の遊びに使うお金を節約しなければならない身の上だったから、好きなものを好きなだけ好きなように食べることのできる大食漢の姿は、御機嫌の目には眩しく映ったのであった。

 多くの財産を持ち、順風満帆な人生を送っている大食漢にも鬱陶しく感じることの一つや二つはあるもので、とりわけ面倒な存在だったのが、普段は長い帽子を愛用していることから長帽子ながぼうしと呼ばれている執事長の存在であった。

 先代の時から執事長をつとめている長帽子は大食漢を赤子の頃から知っており、先代の主亡き後、大食漢を諫められるのは自分しかいないと自負していたのだ。そこで、長年に渡る愛情とその責任感の強さからあえて進んで嫌われ役を買って出ていたのである。

 質素な生活を旨とし、筋肉質だが痩せ型の執事長の目には元々大食漢は丸々としすぎに見えていたし、自由に財産を使える身の上となって好きなものを強欲に食べるようにからはその体の体積はずんずんと横に増えていくばかりであったから、体重の増加に気を付けるよう毎日のように大食漢に厳しく言うのであった。

 目の前をぶんぶん飛び回る蠅のように、大食漢は長帽子のことをうっとうしく感じていたが、いかに長帽子が厳しい表情と激しい言葉で取り繕おうとその根底には自身に対する愛情があるのが分かっているから、大食漢はうるさいなとは思いながらも、長帽子のことを憎めずにいるのだった。

 大食漢の所へ行けば食事に金はかからないし、大勢いる大食漢の妹たちからちやほやされるのも好きだったので、御機嫌はよく大食漢の屋敷に夕食を食べに行っていたのだが、豪勢な食事を毎日毎日何年もの間続けていると、大食漢は段々と食べたいものを食べつくして、もはやお決まりとなった食事の内容に飽きてきたと見えて、大きなため息をつきながら、「ああ、なにかうまいものはないかなあ」と言ったのだった。

 まさに子兎のうまい肉をむしゃむしゃと頬張りながらこのソースは絶品だぞと舌鼓を打っていた御機嫌はびっくりして、「うまいものは目の前にあるじゃないか」と言った。

「どれもこれも食べたことがあるものばかりじゃないか。もっとこう、今までに食べたことがない、ものすごくうまい料理っていうものを食べてみたいね、僕は」

「そういうもんかね。僕は前に食べたあれを食べたいなあとか、そんな風に思うものだけどね」

 それからしばらくして、御機嫌が大食漢の元に来て言うには、凄腕の料理人がたまたま町に来ているのを耳にしたと。平べったい巨大な包丁を背にして旅をしていることから、その料理人は大包丁だいほうちょうと呼ばれており、あんな料理を作ったこんな料理を作った、どこぞの王宮で働いていた、いやいや市中で大きな店を構えていたと言うぞなど、様々な事柄が噂されているがすべて真偽は定かではなく、その経歴は謎に包まれていた。

 かの有名な大包丁ならば、そもそも大包丁の伝説を聞いたのは大食漢にとって初めてだったし、大食漢に大包丁の噂について話をした御機嫌も単に噂を耳にしただけだから、つまり誰一人確かなことは分からなかったのだが、ともかくあの大包丁なら、誰もまだ見たことのないような、ものすごくうまい料理を作ってくれるのではないかということになった。

 そこで大食漢は大包丁が泊っているという宿屋に使いを出したのだが、ごく丁寧な言葉だが内容は「用があるなら自分で来い」という返答がかえってきて、その尊大とも取れる態度はかえって大食漢と御機嫌を喜ばせ、「おいおい、こいつは本物だぜ」と言い合って、二人は直接大包丁に会いに行くことに決めたのであった。

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