ホテル・サブトロピカル休憩閑話

川谷パルテノン

駄弁

 シーツの上で飛び跳ねた瞬間、それは皺くちゃになって整えを無に帰す。「いいバネ」そう囁く少女の評価は上々らしく、聞き耳を立てていた掃除婦の彼女もほくそ笑む。熱は右から左に絶えず移動を繰り返してたまたま重なった地点を燃やした。「暑いわね」「そうかな?」このような齟齬はホテル内でも度々見かける。朝食の席ではマナーを重んじる鰐がかえって場を乱しており、迷惑がる猿と口論に転じた。マネージャーは白髪まじりの口髭を引き攣らせてはいたもののどちらも等しく客である以上強くは出られなかった。割って入ったのはオオカミで、実力行使も甚だしい、それは二人の脳天をめがけて撃ち込まれた鉛の弾で床に華が咲いた。すぐさま清掃に取り掛かる彼女たちの手際の良さには他の宿泊客も感心しながら手を叩いた。しかし彼女達が一番気がかりにする、そういった贔屓があってはいけないのだが、少女、つまりシーツの上を跳ねた彼女は笑わぬどころか見てもさえいない。静かに皮付きオレンジを咥えて「家鴨」(発音はアフュユ)と言って自慢げに母親に見せていた。母親は「馬鹿ね」と少女を小突く。はしたないと伝える教え、躾、僅かながらも暴力の流れがある。少女はつまらなそうに両脚を振った。二人のメイドのうちの片方はずっとその振り子に見惚れて仕事にならない。白髪まじりの口髭による咳払いで我にかえる迄は。


「あの子、水晶よね」

「たぶんね はじめてみた」

「水晶が自立するなんて」

「そりゃ鰐と猿が喧嘩するんですもの。このホテルじゃなんでもありよ」

「タバコある?」

「やめたんじゃなかった?」

「ケチケチしないでよ」

「別にいいんだけど はい」

「わたしも水晶だったらなー……パァア……美味んま」

「ヨゴレに慣れすぎてるもんね私たち」

「ジジイの顔見た? ピクピクッつって なんも言えないでやんの だからってコッチにあたるなよな」

「なんか遠く行きたいなあ」

「ホテル出たいってこと?」

「休みなしじゃん 生まれてから」

「マジ奴隷かって でも支配人変わるらしいよ」

「え 知らない」

「ジジイが慌ててたもん 今までは甘い汁吸ってたわけだし」

「じゃあギョームカイゼン? ワンチャン?」

「さてね あ あの子だ」

「え コッチくるよ」

「灰皿灰皿!」


「いかがなさいましたか?」とメイドの営業顔はマネージャーの口髭よりも引き攣っていた。少女はふやけたオレンジの皮を口に咥えて母親に見せたのと同じようにメイドたちに披露した。リアクションに困って愛想笑いする二人。ペッと皮を吐き出すと少女は言った。

「助けてほしいの」

 遠くから少女の名を呼ぶらしい母親の声が響いた。

「お母様が探されてますよ?」

「ちがう」

「は?」

「わたしは」

 オオカミが少女の口を塞いだ。少女は抵抗したが力及ばずメイド達の前から立ち去った。


「どうする」

「どうするって?」

「遠く行きたいつったなあ」

「え ヤダ 正義感拗れてない?」

「あれはヤベーだろ」

「なら関わらないべきでは」

「タバコある?」

「んも〜 昔っからそういうとこある〜」

「やんのかって」

「やだよーヤダヤダ揉めたくないですッ」

「やんの?」

「え」

「やんのって?」

「これはその」

「やんな?」

「……」

「OK了〜解! シャオラッ」

「武器取ってくる」


 熱は絶えず移動を続けていた。偶然の重なりが焚きつけたともいえる。出目は不確定。右にも左にも転ぶのだと知らせるように鸚鵡が鳴いた。

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ホテル・サブトロピカル休憩閑話 川谷パルテノン @pefnk

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