四、美晴と冬馬のいつかの待ち合わせの話
冬馬の家までは、最寄り駅から川沿いのサイクリングロードを歩いて二十分ほどかかるのだが、夕暮れから夜に変わっていこうとする空の下をてくてく歩きながら冬馬はぼんやりと美晴のことを考え続けていた。いつだって敵意むき出しで刃向ってくるので、こちらもそれ相応の対応を迫られてきた。猛獣に牙を剥かれたら猟銃を構えないものはいないだろう。
だから今日のように素直な反応をされたり、心から喜ぶ姿を見せられるとかえってどぎまぎして対応に困ってしまうのだ。以前は、いついかなる時でも突っかかってくるので、どうやら美晴からは嫌われているらしい、それならそれで構わないと思ってこちらも憮然とした態度を取っていたのだが、長く一緒に過ごす内に、どうやら完全に嫌われているわけでもないらしいとは薄々気付いていた。
美晴のことを冬馬はもう随分前から憎からず思っていたが、五人一組のような不思議な関係性がもう長いこと続いてきたので、美晴との距離を縮めようとしてその関係性がばらばらになってしまうことを冬馬は何より恐れていた。途中のスーパーで自分の夕飯用の買い物などをすませて家に着くと、そこでようやく携帯電話に美晴からの連絡が来ていることに気付いた。
《カレーのスパイス、忘れていってるけど、どうする?》キャラクターが困り顔をして首を傾げているスタンプ。
スパイスのことは正直、別にどうでもよかったが、どうしようかと考えた。履歴をたどると、どうしても必要な時の必須事項の連絡以外ではほとんど初めてと言っていい美晴からの連絡である。壁を背にして床に座り込むと、今までのこととこれからのことを冬馬はじっと考えた。
一方の美晴はベッドで寝転びながら冬馬からの返事を待っていたが、全然返事が返ってこない。どうして返事が返ってこないんだろうとやきもきして、むしゃくしゃしたのでもし返事が来たとしてもこちらも待たせてやろうと長いこと時間をかけて風呂に入って、丹念に髪を乾かして部屋に戻ってきたけれど、それでもまだ返事は返ってきていない。
ようやく携帯電話が鳴ったのでちょっとどきどきしながら携帯電話を取り上げると、薫がパズルゲームでハイスコアを更新したというこの世で最もどうでもいい通知だったので、あやうく携帯電話を壁に投げつけて壊してしまうところだった。
連絡なんかしなければよかったと心の底から後悔し始めた頃、ついに冬馬から待ちに待った返事が返ってきて、学校帰りにお互いに時間をあわせて、喫茶店かなにかで待ち合わせて受け渡しをしようじゃないかということになった。別にまたみんなで会う時とかに渡せばいいのだが、自然とそういう話にはならなくて、初めて二人きりで会うことになりそうだった。
クローゼットを開けたり閉めたりして、当日に着ていく服だとか、話す内容だとかを頭の中でシミュレーションし始めたのだが、なかなかいい服の組み合わせが決まらない。美晴は親指の爪を噛んで、しばらくベッドの上で乱雑に広がった服やアクセサリーを見ながらじっと考えこんでいたが、「お姉ちゃーん」と言いながら、姉の知恵と、あわよくばきれいな服を借りるべく部屋を飛び出していった。
美晴と冬馬のいつかの待ち合わせ 真南大道 @hiromich_manami
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