三、美晴と冬馬の料理対決、ついに雌雄を決する話

 ようやく玉ねぎが満足いく段階まで炒め終わり、そこにターメリック、クミン、コリアンダー、そしてガラムマサラとカイエンペッパーを少しずつ加えてスパイスカレーの元を完成させた冬馬は、今度は小麦粉やベーキングパウダーを計り始めた。随分きっちり計るやつだなと思いながら、「何してるの?」と美晴が聞いた。

「カレーと言えば、ナンだよね」

「ナン? えっ、ナンを作るの?」

「もちろんそうだよ」

「マジで本格的じゃん。楽しみ」

 皮肉を言っているのかなと思って計量器から顔をあげると、にこにこ笑って本当に楽しみにしている様子だったので、冬馬はちょっと意外に思ったが、少し照れたような感じで、「ま、まあね、まかせとけ」と言ったのだった。

 焼く前にナンの生地を休ませている間など、少しだけ冬馬もゲームに参加して、レースゲームなんかをみんなとわいわいやったりした。冬馬はゲームが下手だったが、他のみんなも上手なわけではないのでさほど目立たない。

 そうこうする内にすべての食事の支度が整ったので、リビングのテーブルの上は片付けられ、そこだけでは席が足りなかったので、それとは別に小さなテーブルが出され、来訪者は座布団を出してそちらに座ることになった。

「審査をするなんて、なんだか緊張しちゃうな」

 と言って美晴父が背筋をしゃんと伸ばしたが、美晴は「いや、パパたちうちの家族は単なるギャラリーだから」と言ったので、少しがっかりした様子をした。

 そうして出てきたのが、「美晴の牛肉ごろごろカレーライス」と「冬馬のバターチキンカレー&ナン」である。茉莉と晃彦、薫、冬馬、美晴一家はみな、わあと歓声をあげ、声をそろえていただきますと言って、一斉に食べ始めた。スプーンがお皿に触れる、微かなかちゃかちゃという音を部屋中に満ちる。

 どちらのカレーも大成功で、評判も抜群によかった。みんなの褒め称える声を聞いた美晴はうれしそうに、「ウスターソースとバターをちょっと入れるのが秘訣だよ」と言った。それから冬馬が自分の作ったカレーライスを食べるのをちょっとどきどきしながら見つめていたが、その視線に気付いた冬馬が「いや、うまいよ」と言ってくれたのでうれしかった。

 冬馬が作ったバターチキンカレーとナンをおいしいおいしいと言いながら美晴がむしゃむしゃと食べていたので、「そりゃそうだろ、俺が作ったんだからな」と言いながら、冬馬も満足げな様子だった。

 美晴と冬馬の料理対決は結局、美晴に軍配が上がった。「あ、薫のはこっち」と言って、薫に渡しているカレーライスの皿だけ別だったのが冬馬も気になってはいたのだが、それが結局勝敗の行方を左右したのである。

 冬馬が予想していた通り、家庭的な料理を好む茉莉は美晴に一票入れ、がつんとした料理が好きな晃彦が冬馬に一票入れて、「どちらもうまい、まいったね。これはパパは引き分けだと思うなあ。むむむ」という美晴パパの意見は無視され、運命の一票はやはり薫に託された。そして美晴に一票を投じた薫曰く。

「冬馬くんのもおいしいはおいしかったけど、あたしは辛いのが苦手だから、ちょっとしか食べられなかったんだよ」

 後から聞いたら、美晴は薫が辛いものを苦手なことを元から知っていて、薫の分だけ別の鍋に移して甘口のカレーを作ったとのことだった。図らずも美晴の作戦勝ちと言ったところだ。遅れて迷惑かけちゃったし、食べさせてもらうばかりだったから洗い物はやるわよと言って、薫は鼻歌を歌いながら洗い物をして、コップを一個割った。

 料理対決が無事に終わったので、どやどやと一行が帰っていった後、忘れていったのかわざと置いていったのか、冬馬がカレーに使ったいくつかのスパイスの瓶が美晴の家に残されていた。忘れて帰ってしまうようなうっかりの一面が冬馬にないわけではなかろうと美晴は思う。

 ただ、何事にも慎重な冬馬の性格を考えると、わざと置いていった可能性が高いようにも思われた。普段、スパイスでカレーを使っているなら他にもスパイスを持っているだろうから、今回使い捨ての用な気持ちで買っていたのかもしれない。それともこれを使って私にもスパイスカレーに挑戦せよというような隠れたメッセージなのかしら。色とりどりのスパイスの瓶はとてもかわいく、自分の部屋に持っていって時折それを指先で持ち上げてくるくると回したりして眺めながら、美晴はそんなことを考えていた。

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