二、美晴と冬馬の白熱の料理対決が始まる話
料理対決の会場に選ばれたのは美晴の家だった。候補地の一つにあがっていたのは無論冬馬の家だったが、一人暮らしをしている冬馬の小さい住まいではガスコンロに火口が一つしかなく、そこで二人が同時に料理をすることは困難に思われたからだ。
会場入りする前に、近くの大きなスーパーに寄って食材その他必要なものを買うことになっている。料理の材料は美晴と冬馬のそれぞれが受け持ち、その代わりに飲み物やデザートなどの分は他の人たちが選んで支払うことになっていた。
にんじんとじゃがいもと玉ねぎは家にあるよと美晴は言ったのだが、冬馬は、俺は俺の目で最高級の玉ねぎを選ぶんだと言って、目を細めて次々と玉ねぎの袋を手に取って、品定めをしていた。
「どっちにしろ、うちにあるのもここで買った玉ねぎだけどね」と美晴。
「どういう玉ねぎを選ぶのがいいの?」そう晃彦が尋ねると、冬馬は「ライバルに聞かせるわけにはいかないから、お前にだけこっそり教えてやろう」と言って、声をひそめると晃彦に耳打ちした。「あのな、俺にも分からん」
美晴の家はエントランスに噴水が出る小さな池がある、立派なマンションだった。茉莉は高校の頃から何度も遊びに来ているので、出迎えてくれた美晴の母親は「あらあ、茉莉ちゃんいらっしゃい」と言って、どちらが茉莉のボーイフレンドでどちらが美晴からよく話を聞く男の子なのか分からなかったのか、にこにこしながら冬馬と晃彦の顔をきょろきょろと交互に見た。
「あの、これみんなから、おみやげです」と言って冬馬が美晴の母親に紙袋を渡して、美晴はそんなのいいのにと言いながらも、冬馬のことを気が利くやつだなと思った。一体何が始まるのかという感じで、休日だった美晴の姉と父親ものこのこと部屋から出て来た。
リビングのテーブルの上に、スーパーで買って来た食材や飲み物をビニール袋から出して並べていた時に、冬馬がコト、コト、コトと小さなスパイスの粉の瓶を置いていったので、美晴はぎょっとした。美晴が袋からレトルトのルウの箱を取り出すのを見ると、冬馬はにやっとした。
「あ、あんた、スパイスから作るの?」と美晴が目を丸くして言う。
「そういうものだと思ったがね。やれやれ、どうやら勝敗はすでに決したようだね」
二人の料理対決はごくごく無難な、カレーで行うことになっていたのであった。なにしろ、美晴はカレーなら絶対に失敗しない自信があったから。ところがまさか冬馬がスパイスから作る気だったとは思わなかったから誤算で、これは分が悪いかもしれないと思ったものの、冬馬がスパイスを使ってどんなカレーを作るのか興味がわいた。
冬馬が自分は玉ねぎを炒めなければならないと言うので、キッチンを先に貸してやって、美晴はリビングにまな板を持っていって材料をトントンと切り始めた。そうこうしている内に薫が最寄り駅まで着いたというので茉莉と晃彦が迎えにいく。
何だか大き目なリュックサックをしょっていると思ったら、薫は中にゲーム機を入れて持って来ていて、マンションに着くなり「ゲームしようよ」と言ったのだった。四人対戦で色んなミニゲームができるようになっていたので、茉莉と晃彦、薫と美晴姉がきゃいきゃい言いながら遊んだ。
「ほほう、今はこんなゲームがあるんだなあ」とソファーに座ってその様子を眺めていた美晴父は言って、なんとなくゲームに参加したそうな雰囲気を醸し出していたのだが、これ四人用だからと美晴姉に黙殺されていた。
ガスコンロの火口は三つあるので、美晴は冬馬と並んで大きな鍋に油をしいて牛肉と玉ねぎを炒め始めたのだが、冬馬はあれからずっとフライパンで玉ねぎを炒め続けていて、色はもうすっかり茶色に変わっていたので、「まだ炒めるの?」と美晴が聞いたら、「まだまだ」と言う。
皮をむいて切ったじゃがいもとにんじんを加えてから、美晴は鍋に水を入れたのだが、明らかに適当にじゃぶじゃぶと入れている感じだったので冬馬は、「え、量った?」と聞いたが、美晴はふふんと鼻で笑いながら、「あのね、うちでいつも使ってる鍋だから、大体どのくらいの量かなんて、感覚で分かるのよ」と言った。
「じゃあ今、何ミリリットル入ったの?」
「……大丈夫大丈夫、感覚で分かるんだから」と言い残して、美晴は鼻歌を歌いながらリビングに向かい、自分もゲームに参加しにいった。鍋が沸いてごぽごぽ言い出したので、冬馬は慌てた。
「おい、これ、ちょっと、火、あと灰汁取らないの?」
「大丈夫、大丈夫。あっ、今ちょっと手が離せないから」
全然大丈夫じゃねえよと冬馬は思って、火力を少し弱めてしばらく灰汁をすくって取ってやった。ちょうど試合のキリの良い所までいったらしく、薫に冬馬もゲームをやるかと聞かれたが、冬馬は「今、玉ねぎを炒めてるから」と言って、それからもしばらく長いこと玉ねぎを炒め続けていた。
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