嗚呼、懐かしや阿母の味
@paparina
第2話炒米粉(焼ビーフン)後編
台湾の旅から帰ってしばらくすると、あの焼ビーフンをまた食べたいという思いが私の心の中で日増しに募っていった。しかし、そうこうするうちに、今度はコロナ禍に見舞われてしまった。本場へ行って確かめることすらしばらくはお預けとなった。それならば、あの市販のビーフンを買って再現してみよう!ところが、私なりに試行錯誤して作ってみても、なかなか味が再現できなかった。なんと言うか、最初のひと口が違うし、食べた後の満足感もいま一つなのだ。いったい何が違うのだろうか。
ただ海外旅行はおろか国内での外出もできなくなり、「おうち時間」として自宅で過ごす時間も増えたので、暇な時に焼ビーフンの成り立ちをインターネットで検索してみると、思いがけず興味深い記事が出てきた。(注1)
その記事によると、日本でお馴染みのケンミン食品は、台湾では随一のグルメの街・台南市郊外出身の故・高村健民氏が創業したもので、戦後の混乱期から日本が復興していく頃の1950年に神戸で会社を立ち上げ、製麺所を開いたのが始まりだという。中国からの引揚者から「また本物のビーフンをもう一度食べたい」という声に応えたものだそうだ。ただ本場の中国ではビーフンはラーメンのように汁に入れて食べるのが主流だというが、健民氏は日本人の味覚には焼いたほうが合うと考えて、その普及に力を注いだ。あり合わせの野菜と豚肉、そして油があれば、フライパンに水を注いで蓋をして3分間強火で加熱するだけで、簡単に出来上がるという代物だ。この商品の発売によりビーフンは中国からの引揚者が多い九州や関西など西日本を中心に次第に、懐かしさと手軽さから一般家庭の食卓にのぼるようになった。
なるほど私も関東に住んでいた時はビーフンを殆ど口にはすることはなかったが、関西ではソウルフードとしてお好み焼きに並ぶ定番メニューだ。しかも、この
ケンミン食品は神戸・南京町にビーフンと点心の専門店をアンテナショップとして
展開し、最近では大阪の大丸心斎橋店本館の地下フードホールにも2号店を出店しているというではないか。
よし!何はともあれ、これは行ってみる価値があるかも知れない。善は急げと、
コロナの感染もすこし落ち着いたところで、早速大阪の2号店へ出掛けてみた。
この店で提供する麺は、お湯で戻す、あの市販のビーフンを使用しているとのことで、高まる期待に胸を膨らませて食べてみると、これは家でつくるビーフンと全然違う味だった。以前、台北で食べたものと同じという訳ではないが、それに負けず劣らず十分に匹敵する美味しさだった。どのようにすればこの味を再現できるのか、おそるおそる店員に尋ねたところ、フロア・マネージャーなる人が出て来て説明してくれた。開口一番、その主たる原因は火力の違いだという。そのシンプル過ぎる答えに私は内心がっかりした。火力のせいで素人が上手く料理を仕上げられないというのは、炒飯と同様に安易な考えだ。そうした気持ちが私の顔に出ていたのだろう。察したフロアマネージャーが、「この店を出して以来、時々作り方についてお客さんから質問されるんですよ」そう言って、「実は秘伝の調理マニュアルがあるんです」と見せてくれたのが、秘伝を謳いながら印刷物として公開したものだった。(注2)
【秘伝その壱:ビーフンは下ごしらえが肝心!】
まず、ビーフンがべたつかず、調理しやすくするために4分間ボイルする。次に、流水でしっかり流す。そこで、水気を絞って、火をつけずにフライパンにサラダ油と絡めた後で、中火で静かにビーフンの表面を1、2分間焼く。パチパチしたら、少し混ぜ、また音がしたら少し混ぜを繰り返して、ビーフンはいったん器に取り出す。
【秘伝その弐:炒めて香ばしく仕上げるべし!】
熱したフライパンに油を入れ、豚肉を炒める。次に野菜を入れて、香ばしくなるまでしっかり炒める。そこで、はじめて下ごしらえしたビーフンを炒め合わせる。中華調味料、塩、胡椒で味を整え、最後に鍋肌に醤油を流し入れ香りづけして完成!
そうか、ビーフンはしっかり熱を通した後、表面の水分を飛ばすこと。
そして、油→豚肉→ビーフン→野菜という順番を守るのが一番の肝だろう。
私はこの虎の巻を得てすっかり得意満面で家に帰り、翌日にはマニュアルに従って調理した焼ビーフンを妻に出した。完璧と言えないまでも仕上がりは上々である。しかし、妻の反応は、
「ほぼほぼ、あの時の味が再現されているわね。でも、70%というところかしら。たぶん、あの美味しさを醸し出す残り30%の要素は、あの女主人の愛情だと思う」
お嬢様育ちの妻もこう見えて、人間観察には私などよりはずっと長けているようだ。
「えっ?70%の出来だって!」
私が不満の声を上げると、
「どんな料理でも要は気持ちが大切なのよ。みんなに美味しいものを食べさせたい。そのエネルギーが人のココロを温め、そしてカラダを元気にするのよ」
「そうか、台湾で言う阿母=おふくろの味には到底かなわないってことなのかなぁ」
何気ない妻の言葉に、私は脱帽せざるを得なかった。そして、あれから幾年経つが、あの時の乳飲み子は今は大きくなって親の手伝いをしているのだろうか。ふと
そんな思いが浮かんだ。またいつの日かあの店を訪ね、焼ビーフンの味をゆっくり堪能したいものだ。
(後編・了)
注1:ITメディアビジネスオンライン 長浜淳之介のトレンドアンテナ
「ビーフン」に成長の余地があるのか 最大手「ケンミン食品」が狙う空白市場
注2:ケンミン食品 発行「秘伝レシピ」
嗚呼、懐かしや阿母の味 @paparina
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