祖母のぴよライス、僕のぴよライス

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ぴよライス

***


 近くに娯楽施設もなければ、近所の住民の姿も見ない。

 人の数より牛の数、そして鶏の数……。

 自給自足を絵に描いた野中の一軒家に僕の祖父母は仲良く暮らしていた。


 朝に響く元気いっぱいな鶏の鳴き声。

 おやつは畑で採れたて野菜のまるかじり。

 夏は家の横に流れる小川で冷やしたスイカの大人食い。

 秋は庭の落ち葉を拾い集めた後の焼き芋。

 何より僕たち孫を温かくもてなしてくれる祖父母の優しさがあった。


 祖父母のもてなしは、決して高価なもてなしではない。

 だけど、五感で四季を味わう以上の贅沢もまたないと思っている。


 祖父母はとても子沢山。

 隣近所の迷惑を気にすることなく、歳の近い孫たちは大はしゃぎ。

 部屋数も多い祖父母の家は長期休みになるといつも孫たちで賑わっている。


 三度の食事は、旬のもの。

 メニューはどれも具沢山。

 祖母のメニューの特徴と言って過言ではないだろう。


 中でも生みたて卵を使ったオムライス。通称『ぴよライス』は孫たちに大人気だったメニューだった。

 トマトライスはフレッシュトマトが採れる時期のみ。トマトの採れない時期は塩胡椒ライス。大きめなサイコロ状に切った旬の野菜とともに、季節で変化する味はまさに一期一会。旬の季節を過ぎると一年後まで食べられない。子供心を激しくくすぐる特別感に惹かれる孫は多かった。


 更にぴよライスが孫たちに絶大な人気を集めた理由は、見た目の可愛さに他ならない。

 ふわふわの黄色いボディーに見立てた卵を基本として、二つの目、くちばしを旬の野菜であしらっている。

 時には野菜の兼ね合いで人により目やくちばしの色が変わることもあれば、卵を増量して手足や尻尾をプラスしてくれることもある。テカテカのボディをしたぴよライスもあれば、羽毛毛羽立つようなぴよライスもある。

 ひとりひとり表情が異なる唯一無二のぴよライスの味は勿論、個体差という名の違いを愛でる楽しみも含め、孫たちに大人気メニューだった。


***


 時は流れ、僕は自然とコックを目指す。

 やはり、旬の野菜をおいしく食べる幸せを身近に体験した影響は大きい。

 我武者羅にひたむきに頑張り続け、気が付けば小さな洋食屋でオムライスを作る日々も早十年。

 だけど、祖母のぴよライスの再現だけは未だ出来ていない。


 卵をボディに見立てたひよこ風オムライスを作り上げることは容易い。

 だが、何かが……足りない。足りないのだ。


 祖母が使う食材も手順も把握している。

 だけど、同じ味をどうしても作れずにいる。

 それが祖母の凄さと言えば、それまでなのだが……。

 僕は一人のコックとして、そして祖母の孫として、祖母のぴよライスを再現することがいつしか悲願になっていた。


***


 ところで、僕の従兄弟はとても多い。

 祖父母が子沢山だったこともあり、自分が把握し切れていない親戚も多くいる。

 ひょんなことから取引先の部長が姻族と知った、向かいに引っ越して来たファミリーが遠縁の親戚だった……。気が付けば親戚との初対面エピソードは枚挙にいとまがない状態だ。

 事実、我が一族の裾野の広さは折に触れ伝えられてきたし、大家族あるあるとして理解していたつもりだった。……が、自分が当事者になると、やはり動揺してしまうものではないだろうか。


***


 さて、小さな洋食屋もピンキリだと思うが、僕たちの洋食屋の客層は若干高めの傾向がある。

 とても久しぶりな小さなお客様のご来店に心が浮き足立つのは、自然の感情ではないだろうか。その日、ウェイトレスをはじめ、僕たち店員一同は小さなお客様にメロメロになっていた。


「ひよこライス、あの子に作ってあげてくれませんか?」


 そんな中、ホールで対応していたウェイトレスから『ひよこライス』を直々にリクエストされる。ひよこライスが、僕がまかない食を兼ねながら常日頃研究している『ぴよライス』だとは瞬時に理解できた。だけど……。


「え……。だけど、あれは……」


 確かにぴよライスは店員たちに絶賛されている。

 店員たちの感想を疑う気持ちは更々ない。

 だけど、僕の中で納得がいかない味の状態で『客に提供する』行為に二の足を踏んでしまう。

 そんな僕の葛藤もお見通しのようで、ウェイトレスは切々と畳みかけてくる。


「シェフがまだ納得されていないことは重々分かっています。だけど、私はあの子にふわふわの可愛いひよこライスで笑顔にして欲しいんです」


 ひよこライスの名称のまま話が進んでいる点は、この際どうでも良い。


「……なんか、あったのか?」

「大切にしていたひよこのキーホルダーを失くして、今まで探していたらしいんです。勿論、ひよこライスがキーホルダーの代わりになるとは思いませんが、今日この店で食べた思い出まで、悲しい記憶にしたくないんです」


 ウェイトレスは店長の一人娘。

 店を大事に思う気持ちも、客を大切に思う気持ちも人一倍強い。

そんな彼女の真っ当な意見を聞いてまで、固辞する理由もまたないだろう。


「……分かった。作ろう」

「ありがとうございます!!」


 祖母のぴよライスを目指しているから、ゴールなんて見えなかった。

 だけど、小さなお客様を幸せにしたいと思えば見えてくるゴールが確かにある。


 祖母のぴよライスには劣るかもしれない。

 祖母のぴよライスとは別物かもしれない。


 だけど、ぴよライスを食べた瞬間、体いっぱいに広がる幸福感をぜひ味わって欲しい。


***


 作り上げたぴよライスが小さなお客様の手元に置かれる。

 ウェイトレスがメニューの名前を伝えるより早く叫ぶ声が、店いっぱいに響き渡る。


「ぴよライスだ!! これ、ぴよライスだ!!」

「え、え……? どうされました?」

「シェフをご紹介してくださいませんか!?」


 経験豊富な看板娘のウェイトレスさえたじろぐほどの大興奮がキッチンまで伝わってくる。

 ここは登場しなければ、恐らく収拾なんてつかないだろう。

 覚悟を決めて、ホールに出る。そこにいた男性の顔は……どことなく祖父に似ていた。

 そして、恐らく相手は相手で同じことをぼんやりと思っていただろう。


***


「なるほど。ぴよライスのおばあさまの孫になられるのですね」


 あれから、軽く自己紹介をして分かったこと。

 小さな客の父親である男性は、祖父の兄弟の孫にあたる……らしい。

 幼い頃、男性の祖父に連れられ、やってきた野中の一軒家。

 だだっ広い大自然に囲まれた居住地の正確な位置は覚えていないが、ご馳走してもらった『ぴよライス』の可愛さとおいしさを忘れたことはないと言う。


「子ども心に忘れられない思い出のメニューを、この子にも食べさせることが出来るなんて幸せだなあ」


 そう言いながら、目をキラキラさせながら一心不乱にぴよライスを頬張っている女の子を男性は優しく見つめている。


 祖母のぴよライスには劣るかもしれない。

 祖母のぴよライスとは別物かもしれない。


 だけど、祖母のぴよライスから受け継いだものも確かにある。

 そんなことを思いながら、目の前の小さなお客様に誠心誠意のもてなしをしていた祖母の偉大さを改めて感じていた。


【Fin.】

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