第1章 いないはずの隣人 ④

 問題の部屋──奈々子の部屋の隣は、確かに空き部屋のようだった。

 誰かが暮らしている様子もなく、がらんとしている。定期的に掃除をしているようで、汚れている感じはなかった。間取りは奈々子の部屋と同じで、こちらもやはり最近リノベーションしたものらしい。

「……桂木さんが契約される際、心理的ありとのお知らせはいたしませんでした。ええ、事実そうだからです。──あの部屋については」

 部屋の鍵を握りしめ、床に視線を落として、山口は低めた声でそう言った。

 奈々子が不安そうに部屋の中を見回し、

「ということは、あの、まさか……この部屋が……?」

 奈々子の言葉に、山口が小さくうなずいた。

 途端、奈々子が声にならない悲鳴を上げて、横にいた高槻の腕にしがみついた。尚哉もなんとなく部屋の中を見回してしまう。別に幽霊が見えるわけではないが、この部屋は事故物件ですよと言われて、気分よくその中で過ごせる気はしない。

 高槻の腕にしがみついたまま、奈々子が言った。

「どうして契約の前に教えてくれなかったんですか!? ひどいじゃないですか!」

「桂木さん、たとえ隣接する部屋が事故物件だったとしても、それについては告知する義務はないんですよ。それに、桂木さんの部屋は事故物件には当たらない、という以前の山口さんの言葉に噓はなかったということです」

 高槻が落ち着いた口調で言う。

 そして、奈々子を片腕にぶら下げたまま、山口に尋ねた。

「自殺ですか? それとも、他殺ですか?」

「自殺……です」

 突然、山口の声がぐにゃりとゆがんだ。

 尚哉ははっとして、山口を見た。

 山口は相変わらず、床に視線を落としたまま、ぼそぼそと言葉を続けた。

「まだ若い女性でした。髪が長くて……恋人にふられたらしいです。それで、そこの鴨居にひもるして、首をくくって……」

 山口が鴨居を指差す。だが、そこには何のこんせきもない。山口はそれについて、リノベーションしたときに鴨居も取り替えたから、と説明する。だが、そう説明する声もまた、ひどく歪み狂っていた。

「でも、もう四年以上前なんですよ。その後に、短期間ですがこの部屋を賃貸された方もいます。だからこの部屋も、もはや弊社では事故物件として扱っていません」

「ああ、一般に、心理的瑕疵ありとして告知の義務があるのは、自殺の場合は二年までということになってますよね。それに、自殺があった直後に借りた人には告知の義務が発生しますが、そのさらに後に借りた人にまでは告知しなくてもいいということになっている。つまり山口さんの対応は、不動産屋として間違ってはいないということです」

 高槻が言う。

 山口は本当に申し訳ないという顔で、奈々子に向かって頭を下げた。

「おはらいだって、ちゃんとしたんです。ただ、自殺があった直後にこの部屋を借りた人も、なんだか奇妙なことが起こると言って、短期間で出て行かれて……そのときにも、もう一度お祓いをしました。弊社としては、これ以上の対応はできかねます」

 片手で耳を押さえながら、どういうことだ、と尚哉は思う。

 山口が言っていることは、一から十まで噓だ。ということは、この部屋で若くて髪の長い女性が自殺したなんていう事実はないのだろう。

 だが、そうなると──なぜ、山口はそんな噓をついているのだろう。

 そして、この部屋が事故物件ではないのなら、奈々子の部屋で起きている怪現象は、何なのか。

 尚哉にわかるのは、相手がどの部分で噓を言っているかということだけだ。噓をついている理由や、相手が噓で隠した真実まで読み取れるわけではない。

 尚哉は少しいらった気分で山口をにらんだ。襟首をつかんで本当のことを話せと言ってやりたかったが、そんなことができるわけもない。自分は噓を聞き分けられるなんて言ったところで、信じる者などいないのだから。

 そのとき、ふと視線を感じた。

 はっとして振り返ると、なぜか高槻がこっちを見つめている。

 尚哉が何ですかという顔で見返すと、高槻は何でもないというように笑い、

「そうですか、やはりこの部屋で女性が亡くなったと! それでは、桂木さんの部屋で起こる怪異の原因は、この部屋にあると考えて間違いないかもしれませんね!」

 そう言って、元気よく部屋の奥へと踏み出していった。高槻の腕にしがみついていた奈々子は一緒にそちらに足を踏み出しかけ、しかし自殺者の出たという部屋の中を歩き回るのが嫌なのか、高槻の腕を放してその場に残る。

「桂木さんの部屋は、こっちの壁の方でしたね。ベッドの位置は、確かこの辺り。ノックの音がしたということでしたが、こんな感じですかね?」

 こんこん、と高槻が壁をノックした。

 高槻から離れたまま、奈々子がうなずいた。

「はい、そんな感じでした。それが、連続して何度も聞こえる感じで」

「成程。あとは、爪音でしたっけ? がりがりって」

 そう言って、高槻が猫のように壁紙に爪を立てようとする。

 山口が慌てて止めた。

「ちょっと、困りますよ! 壁に傷がついたら、直さなくてはならなくなります」

「ああ、すみません。さすがに、本当に引っいたりはしませんよ」

 高槻が振り返って言う。その程度の常識はあるらしい。

 けれど、それに続いて高槻が言った言葉は、不可解だった。

「でも、この壁──もう傷がついてますよ?」

「え?」

 山口が驚いたように口を開ける。

 高槻はこちらに向かって手招きして、

「ほら、ここです。見てください」

 言われて、山口がそちらに歩み寄る。尚哉も高槻の方へと歩き出した。一人取り残されるのを嫌ってか、奈々子も尚哉の後からおずおずとついてくる。

 高槻が指差した先の壁は、ぱっと見では傷がついているようには見えなかった。

「ほら、よーく見てください。ああ、少し斜めに見た方が、光の加減でわかりやすいかな? ここです、ここ」

 高槻の言葉に、全員で首を傾けて見る。

 あ、と奈々子が小さく声を上げた。

 言われてみれば確かに、うっすらと白く線がついていた。縦に三本、傷というよりはかすかなへこみのようなものだろう。長々と、壁紙にあとが残っている。

「ど、どうしてこんな……」

 山口がうめくように言う。奈々子はおびえきった様子で、今度はすぐ隣にいた山口の腕にしがみついた。

 尚哉はいぶかしい気分で壁の傷を見つめた。この部屋で自殺した女がいるという山口の話は噓なのだ。ならば、この爪痕をつけたのは一体何者なのだろう。

 奈々子が震える声で言った。

「で、でも、おかしいです! だって、私が聞いた引っ搔く音は、すごく大きかったんですよ……? こんなかすかな痕で済むとはとても思えないんですけど……それとも、やっぱり霊現象だから、あんなに大きく聞こえたんでしょうか?」

「さあ、それはどうでしょうね? でも、これで少なくとも、桂木さんの部屋で聞こえた爪音は、桂木さんの気のせいではなかったと証明されたわけです。──ますます面白くなってきましたね!」

 高槻が、この場にふさわしくないくらい明るい笑顔で、そう言った。

 面白いと思っているのはお前だけだと、たぶん高槻を除く全ての者が思ったはずだが、実際に口にする者はいなかった。


 次に高槻が行ったのは、周辺への聞き込みだった。山口が言った「自殺した若くて髪の長い女性」について、生前死後含めて何か知っている人を探すためだ。

 山口は会社に戻らなければならないというので、高槻と尚哉と奈々子の三人で、近所に住む人々に話を聞くこととなった。

 奈々子はあまり近所付き合いはしていないそうで、大家の林田以外とは、せいぜい道で顔を合わせたらあいさつする程度だという。そのため、近所の人達に話を聞いて回ることには若干しりみしていたが、高槻は全く気にする様子もなく、

「こんにちは! ちょっとお話を聞かせてもらってもよろしいですか?」

 道行く人々に笑顔で近寄っては、手当たり次第に話しかけ始めた。

 不思議なことに、無視して去っていく者は少なかった。高槻の出来のいい顔と紳士的な雰囲気が功を奏したらしい。特に主婦層にはかなりの人気で、一人に話を聞いているうちに、二人三人と周りに集まってくるほどだった。

「ええ? あそこのアパートで死んだ人ですかあ? さあねえ……あたしは最近この辺に越してきたもんだから。四年以上前の出来事となると、ちょっとわからないわ」

「そうね、うちも」

「あそこのアパートの人達って、独身で昼間は会社に行ってる人が多いでしょう? だからあんまり、私達とは付き合いがないのよねえ」

 アパートの周辺の住宅はどれも新しく、聞いてみると、三年ほど前にできた新興住宅地とのことだった。

 尚哉は、ついでとばかりに尋ねてみた。

「あのアパートに、住人以外の人が出入りしていたりはしないですか?」

 だが、回答は芳しいものではなかった。

「さあねえ……何しろあたし、アパートの人達の顔もなんとなくしかわからないから。宅配便とかセールスの人もいるしねえ」

 都会の近所付き合いというのは、そんなものらしい。まあ、尚哉だって、今暮らしているマンションの近所の人と話すことはほぼないし、顔だってうろ覚えだ。付近で事件が起こって警察が聞き込みに来ても、ろくな証言ができる自信はない。

 奈々子の言葉に噓はなかった。つまり、奈々子が聞いたノックの音や爪の音は、本当に起きたことだ。隣の部屋に爪痕があったことで、裏付けも取れている。

 ならば問題は、その爪痕は誰がどうやってつけたのかということだ。あの部屋は普段は施錠されていて、誰でも自由に出入りできるわけではない。

 山口が言った自殺者の話が噓である以上、生きた人間がやったことに間違いないのだが──と、そこまで考えたところで、尚哉はもう一つ別の可能性に思い当たった。

 若い女性の自殺、というのが噓だったとして、実は別の誰かが別の死に方をしている可能性だ。そしてその霊があの部屋にいているという可能性も、なくはない。

 だって──この世に幽霊なんて絶対存在しない、とは言い切れないことを、尚哉は知っている。

「あのアパートで死人が出たかどうか?……そんなの、あるに決まってるだろ」

 聞き込みで、唯一アパートでの死者に言及したのは、腰の曲がった老婆だった。

 彼女は、アパートからは少し離れた、古くからあると思われる住宅に住んでいるとのことだった。腰は曲がったがまだボケちゃいない、とは本人の弁だ。

 高槻は彼女の目線に合わせるようにその場にしゃがみ、丁寧な口調で尋ねた。

「それでは、あなたはあのアパートで亡くなった人を知ってるんですね?」

「直接知ってるわけじゃあないよ」

 ふん、と老婆は鼻を鳴らした。

「でも、あのアパートは二十年くらい前からある。何度か直してるが、建物自体を建て替えたわけじゃない。長く建ってるところに、死人が出てないわけはないさね」

「それはつまり、どういうことですか?」

「死人なんて、どこだって出てるってことさ」

 高槻の問いに、もう一度、老婆はふんと鼻を鳴らす。

 そして、持っていたつえで、少し先の住宅を指した。

「あそこの家。十年前に、住んでたばあさんが死んだ。心臓発作だったらしいけどね。向こうの家は、十二年前に、奥さんが死んでる。確か階段から落ちたんだったっけね。そこの道路じゃ、八年くらい前に子供が車にかれて死んだ。──いいかい、事故物件だか何だか、世の中騒いでるらしいけどね。あたしに言わせりゃ、この世の中で人の死んでない土地なんてあるわけがないんだよ。ずーっと昔までさかのぼれば、戦争で死んだ人や行き倒れた人、獣に殺された原始人だってごろごろいるはずさ。あたしら皆、言ってみりゃ死人が出た場所の上で暮らしてるのさ。いや、人間だけじゃない。他の生き物まで全部含めりゃ、どこもかしこも死体だらけさね」


 結局、あのアパートにまつわる死者の話は、例の老婆以外からは出てこなかった。

 だが、山口の話を頭から信じている奈々子には、近所への聞き込みなどそもそも不要だったらしい。自分の隣の部屋では自殺者が出ている。そのたたりが、なぜか自分の部屋に出ている。そう思い込んでしまったようだ。

 すっかり怯えきった奈々子に、高槻はこう提案した。

「では桂木さん、こうしませんか?──今夜一晩、僕にあの部屋を貸してください」

「え……?」

「今夜、僕があの部屋に泊まります。そして、怪異が起きたなら、それを確かめます。さすがに若い女性と一つの部屋で一晩、というわけにはいきませんので、桂木さんにはどこか別の場所に宿泊していただきたいのですが……当てはありますか? ご実家は遠いんでしたっけ。でしたら、お友達の家か、申し訳ないですがホテルでも」

「あ……ええと、友達に聞いてみます」

 奈々子がスマホを取り出して、電話を始める。

 その間に、高槻が尚哉に向かって言った。

「深町くんも、今日はもうこの辺でいいよ。この辺りの道は全部覚えたから、もう迷子になることもないし、幽霊相手に常識はいらないだろうからね」

「……いや、ここまで付き合ったんですから、あと一晩くらい付き合いますよ」

 尚哉がそう答えると、高槻は少し目をみはり、

「え、本当に? いいの?」

「いいですよ、明日あしたは特に用事もないですから。……逆にここでおしまいって言われた方が、気になって仕方なくなりそうです」

 尚哉だって知りたいのだ。奈々子の部屋で起きている現象が何なのか。

 それに、山口の噓がその現象に関わっているとしたら──高槻一人では、万一何かあったときに危険かもしれない。一人より二人の方が対処できることも多いだろう。

 すると高槻はうれしそうな、それこそ人懐こい犬のような笑顔を浮かべた。

「深町くんは本当に優しいねえ。僕に付き合って、お泊まりまでしてくれるなんて」

「だから、別に優しくはないです。単に、乗りかかった船ですから」

「そんなことはないよ。船から降りることだってできるのにしないんだから、やっぱり深町くんは優しいんだよ。──よし、それじゃ、後で今夜のお泊まり会のためのごはんとおやつを買いに行こうね! お金は僕が出すから、深町くんは好きなものを買っていいからね!」

「お泊まり会じゃないですからね!? ていうかおやつって、あんたどこまでお遊び気分なんですか!」

「えー、何事も楽しもうよ、そういうのって重要だよ?」

 相変わらずぶんぶんと尻尾しつぽを振っている犬のような顔で、高槻が言う。そういえば准教授様を何度もあんた呼ばわりしてしまっている気がするが、本人は気にしている様子がないので、まあいいのだろう。

 友人の家に泊まらせてもらう約束を取り付けた奈々子は、一度部屋に戻って、簡単に荷物をまとめた。高槻と尚哉の二人で、駅まで送っていく。

 そろそろ日も暮れてきた。駅前の道は、仕事や買い物の帰りとおぼしき人々で混雑し始めている。誰だって帰る家があるのだ。その家が、幽霊だか何だかわからないものに脅かされたりしてはたまらない。

 奈々子の部屋で起きている怪異が何にせよ、今夜高槻と尚哉が泊まることで解決できればいいのだが──そう上手うまくいくだろうか。そもそも奈々子がいなければ起きない怪異だという可能性もある。

 と、ふいに高槻が、ぶんぶんと大きく手を振って大声を出した。

「あ、山口さーん! 今帰りですかー?」

 見ると、人波の向こうに、確かに山口の顔があった。これだけ人がいるのに、よくわかったものだ。山口も驚いた顔でこっちを向き、歩み寄ってくる。

「ああ皆さん、先程はどうも……あの後、何かわかりましたか?」

「そうですねえ、近所の奥様方が、皆様話しやすくてとても良い方ばかりだということがわかりました」

「は?」

 高槻の言葉に、山口が首をかしげる。

 それから山口は、大きなかばんを持った奈々子に目を向けた。

「桂木さん、どこかへ行かれるんですか?」

「ああ、ええ……今夜は、友達の家に泊まります。私の部屋には、代わりに先生が」

「え? 高槻先生が、あの部屋に泊まられるんですか?」

 山口が驚いた顔でそう尋ねる。

 高槻は笑顔でうなずき、

「はい、深町くんも泊まります! 男二人で、わくわくお泊まり会です!」

「違います、お泊まり会じゃないですから!……桂木さん以外の人間があの部屋にいてもおかしなことが起こるのかどうか、先生と俺で確かめてみるんですよ」

 尚哉が説明すると、山口はああとうなずき、

「大変ですね、これも大学の研究の一環なんですか? 幽霊とか事故物件とか……」

 高槻を見る目が、若干変人を見るようなものになってきている。まあ、大学の先生というと、もっと真面目な研究をしているイメージなのだろう。尚哉だって、高槻に出会うまではそう思っていた。

 高槻は気にした様子もなくまた笑顔でうなずき、

もちろん、研究の一環です。──ところで山口さん、おうちはこのご近所ですか?」

「え? ああ、はい……よくわかりましたね」

「駅と反対方向に向かって歩いてらしたので。ちょうどよかった、この辺でオススメのスーパーとかありますか? 今夜の食料を買いに行こうと思うんですが」

「ああ、それでしたら、この道を行った先のスーパーが安くて品揃えがいいかと……」

「そうですか、ありがとうございます」

 相変わらずにこにこしながら、高槻は山口に礼を言う。

 奈々子が鞄を持ち直しながら言った。

「そういえば山口さんには、前に助けていただいたことがあるんですよ」

「助けてもらった? 何があったんですか」

 高槻が尋ねると、奈々子は少しはにかむような顔で、

「夜中に爪音が聞こえて、我慢できなくなって外に飛び出したことがあるんです。部屋に戻るのが怖くて、朝が来るまでコンビニにでもいようかなって思ってたら、たまたま山口さんが入ってきて……申し訳ないですけど、事情を話して緊急避難させてもらったことがあるんです」

「男の一人暮らしの汚い部屋に若い女性をお招きするのもどうかと思ったんですが、一晩中コンビニに立ちっ放しというのもつらいでしょうからね。でも、あのくらいのことだったら、いつだって頼っていただいてかまわないんですよ。本当に……今となっては、桂木さんにあの部屋をご紹介したことを申し訳なく思っています」

 恐縮した顔で山口が言ったその言葉の後ろの方が、ぐにゃりとゆがんだ。

 尚哉は顔をしかめた。

 つまり山口は、全然申し訳なく思ってなんかいないということだ。あの部屋で奇妙なことが起こるとわかっていてわざと紹介したのか──あるいは。

 そのとき、山口が尚哉に目を向けた。ねぎらうように笑いながら、

「君も大変だねえ。先生のお手伝いとはいえ、君は幽霊とか怖くないの?」

「……別に。それに俺は、今夜は何も起こらないんじゃないかと思ってますし。それならそれで、あの部屋で何が起きているかを考えるヒントになる気がしますから」

「え?」

 尚哉がそう返すと、山口が少し目を瞠った。

「そう……なの? それは、どうしてそう思うのかな」

「──さあ。なんとなく、です」

 そう言い捨てた尚哉を、山口はあいまいな表情で見やる。

 と、高槻が、尚哉の肩に後ろから手を置いて、

「深町くんは、今夜は何も起きないと思ってるのかい? そんな残念なことを言わないでほしいなあ、あの部屋で本当に怖いことが起こるのであれば、僕としてはぜひ体験したいと思ってるのに! 僕、本物の心霊現象にはまだ遭ったことがないんだよね。だから今夜は楽しみなんだ、もし本当に怪現象が起きたなら、僕はそれで論文を書いて、学術的に世間に発表しようと思っているくらいだよ!」

「はあ……さすが大学の先生ですね……すごいですねえ」

 山口が高槻を見る目つきが、ますます変人を見るものになっている。全くすごいと思っていないこともわかったが、それについては尚哉としてもあまり反論できない。


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