昔から君が好きな僕と、未来を見つめる君と。

幽八花あかね

すれ違い気味な幼馴染カップルの話

 先月、幼馴染と同棲を始めた。僕が就職で地元に帰ってきたときに再会して、なんとなく男女交際を始めて、そのままの流れで一緒に暮らすことになった。


 キスまでしかしたことないのに同棲かぁ、とちょっと思ったりもしたけれど、まあなんとかやれている。


「づがれだよ、みのる〜」

「はいはい、おつかれさま。里香りかちゃん」


 里香ちゃんはアパレル系の仕事をしていて、僕にはもったいないくらいに綺麗でオシャレなひとだ。


 お疲れの様子の彼女は、僕の胸元に頭をぐりぐりと寄せて甘えてくる。


 いちゃいちゃするのにも体力を使うので、彼女がこうして甘えてくるとき以外には、僕はあまり彼女に触れることができない。遠慮する、というか。大事にしたい、というか。


「里香ちゃん、ごはん何がいーい?」


 いつも僕のほうが帰宅が早いので、夕飯を用意するのは僕の役目だ。里香ちゃんは気分屋なので、僕は彼女のリクエストを聞いてから準備する。


 電話やラインなんかであらかじめ教えてくれるときもあるのだが、今日はそういった連絡もなかった。よっぽど忙しかったのだろう。


「かっぷらーめん。みそあじ」

「ん、わかった」


 疲れてぐでぐでの彼女をソファの上まで連れていってから、僕はカップラーメンを作りはじめた。お湯を沸かして注ぐだけ、だけど。


「はい、どうぞ」

「ありがとー……」


 いつも綺麗な恰好で出勤していく里香ちゃんは、僕の前では無防備な姿を見せてくれる。魂が抜けたみたいな様子のときは心配になるけれど、信頼されているのは嬉しく思う。


「みのる」

「なぁに、里香ちゃん」

「明日は、稔の食べたいごはんを作って」

「なんでもいいの?」

「ん、なんでもいい」


 いつもと違うことして、さっぱりしたいの。と里香ちゃんは小声で言った。



 * * *



 次の日も、里香ちゃんは疲れた顔をして帰ってきた。


「おかえり里香ちゃん」

「ただいま、みのる」

「ごはん、できてるよ」

「……ああ、そっか。今日はもう作っといてくれてるのか。ありがとね」


 ふわりと彼女は儚く笑う。仕事のこと、ちょっと考え直してみたほうがいいんじゃないだろうか。あまり口出しはしたくないけど、このままじゃ辛そうだ。


「ふ、ふふっ、なにこれ」

「『童心に帰れるお子様ランチ』です。……たまに食べたくならない? お子様ランチ」

「さあ? なったことないけど。でも、いいね。美味しそう」

「じゃ、食べよっか」

「うん、いただきます」

「いただきます」


 僕が今日つくったのは、お子様ランチだ。と言っても僕らはお子様ではないので、お子様ランチ風プレートとかのほうが正確なのかもしれないけれど。ついでに言うとランチじゃなくてディナーなんだけど。まあ細かいことは気にしないでおく。


 主食はオムライスで、ケチャップで描いたハートマークの真ん中には、百円均一で買った旗が刺してある。おかずはハンバーグとエビフライとポテト。野菜系はにんじんと枝豆とコーンを炒めたやつと、プチトマト。デザートはみかんゼリー。ゼリーまで含めて、全部僕が作った。


 けっこう大変だったけど、達成感も味わえた。盛り付けも、お子様ランチっぽさを出そうと頑張った。


「どう? おいしい?」

「うん、美味しい……」

「里香ちゃん、エビフライ好きでしょ? あんまり多すぎるとカロリー気にするかなーとは思ったんだけど、結局3つも揚げちゃった」

「あら、稔が自分で揚げたんだ……。衣サクサクだし、エビぷりぷりだし……すごいね、美味しい」


 エビフライをお上品に食べる里香ちゃんを見て、小さい頃の彼女のことを思い出した。大人になってから思い返せば、僕は昔から、里香ちゃんのことが大好きだった。


「里香ちゃん、覚えてる? 小さい頃、里香ちゃんの家族と僕の家族と、揃ってレストラン行ったことあったよね」

「ああ、あったね。懐かしい。稔が私にエビフライくれたの」

「ドリンクバーでさ、何杯もおかわりしたよね。僕は、里香ちゃんと同じの飲むーって、真似っ子してばかりだった」

「ちっちゃい稔は、私の後をちょこまかついてきて、可愛かったね」

「そうかな? たしかに里香ちゃん里香ちゃんってつきまとってたけど。可愛かったかは……。ちっちゃい里香ちゃんは、おてんばで泣き虫だったね。今じゃ、こんなに凛とした美人さんだけど」

「それ、褒めてるの?」

「うーん……」


 僕はハンバーグを食べながら、ちょっと考え事をした。里香ちゃんのこと、これからのこと、昔のこと。


 缶ビールをひとくち飲んだあと、里香ちゃんのほうのプレートに、僕のエビフライを一匹あげた。


「え、なんで?」

「うーん、なんとなく」

「なんとなくって、何よ」

「昔と同じようなことしたら、里香ちゃんが泣いてくれるかなーって」

「……どういうこと?」


 里香ちゃんはエビフライを食べながら、ぱちぱちと瞬きをした。


「最近の里香ちゃん、無理してる。お互いの仕事のことは、あんまり干渉しないようにしようねって約束だけど、こんな感じじゃ心配になる」

「心配、してくれてるの? 稔が?」

「そりゃあ、心配するよ。どんだけ里香ちゃんのこと好きだと思ってるんだよ」

「なんとなく付き合おう、って思えるくらい? 友達以上恋人未満みたいな?」

「……はぁ?」


 美味しそうにごはんを食べてくれていた彼女が、なぜか悲しそうに睫毛を伏せてしまった。僕、何かマズイこと言っただろうか。それに友達以上恋人未満って? 恋人なのに?


「ねえ、稔」

「なに、里香ちゃん」

「私のこと、まだ恋愛対象として見れない?」

「……?? とっくに恋愛対象だけど?」

「??」


 ふたりの間に、はてなマークが量産された。これはどういうことだろう。


「どうしたの、里香ちゃん。僕、里香ちゃんのこと大好きだけど」

「うそつき」

「嘘じゃないって。なんで嘘だと思うわけ……?」

「稔、全然チュウしてくれない」

「へ?」

「一緒に暮らそうって私が誘ったのに、えっちもしてくれない」

「え」


 里香ちゃんは膝を抱えて、顔を突っ伏してしまった。彼女の様子に全然ついていけない。これは大変だ。


「里香ちゃん、どうした? うん?」


 僕は彼女のそばに寄って、そのからだを抱きしめた。僕より華奢で、昔よりは大きくなった、彼女のからだ。


「みのる、あーんして食べさして」

「は、はい。あーん」

「ん。おいしい……おいしい……」

「な、なんでこれで泣くの……?」

「おいしいから……」

「おいしいから……」


 僕は里香ちゃんにごはんを食べさせ続けて、やがてプレートはすっかり空になった。


「みのる、私のこと好き?」

「うん、好きだよ」

「いつから好き?」

「小さい頃から好きだよ」

「……」

「里香ちゃん?」

「なぁんだ、そっかぁ」

「うん?」


 彼女はゆったりとした動きで僕にぎゅうっと抱きついて、じわじわと体重をかけて僕を押し倒した。


「り、里香ちゃん……?」

「私は大人になってから稔に恋したけど、稔は私たちがお子様ランチを食べてた頃から好きだったんだねぇ」

「そう、そうだよ?」

「なら、童心に帰るのでもいいや。稔が私のこと好きなら、それでいい」

「もしかして、僕が里香ちゃんのこと好きかどうかで、不安だったの?」

「そう」


 里香ちゃんは甘えたように僕に抱きついたままで、僕はそんな彼女を優しく抱き返していた。これからは、もっとたくさん愛情表現をするべきなのかもしれない。


「僕は、里香ちゃんをお嫁さんにしたいくらい大好きです。里香ちゃんのためならエビフライを何本あげちゃっても惜しくないくらい、あなたのことが好きです」


 僕の言葉を聞いて里香ちゃんは、ふふふと笑った。

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昔から君が好きな僕と、未来を見つめる君と。 幽八花あかね @yuyake-akane

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