夫への言葉

紗久間 馨

まだしばらくは

「お父さん、この真珠のネックレス素敵でしょう」

 着飾った老婦人が夫に話しかけている。

「毎年、結婚記念日に真珠を一粒ずつ贈ってくれましたね。金婚式になったら金の金具を使ってネックレスを作ろう、なんて言って」

 自然と笑みがこぼれる。

「一粒ずつ集めるのはいいのですけどね、粒の大きさも色も揃っていないんですよ。そういうところはお父さんらしい気がします。嬉しそうに渡すものだから、わたしは何も言えませんでした」

 声がわずかに震えた。

「わたしより楽しみにしていたのに、どうして早くに逝ってしまったの・・・・・・」

 老婦人がいるのは夫が眠る墓の前である。十七年前に他界した。


「子どもたちが米寿のお祝いにネックレスを作ってくれたんですよ。わたしは子どもたちに真珠を分けて贈るつもりでいたのですけど、お父さんの願いを叶えたいと言ってくれました」

 ネックレスに片手を添える。

「お父さんの真珠だけでは首を一周するのに少し足りませんでした。約束どおりに結婚五十周年まで続いていたら、十分に足りていましたよ。そして、完成を一緒に見ることもできたでしょうに・・・・・・」

 老婦人の目には涙が浮かんでいる。

「わたしだけ歳をとってしまって、お父さんは記憶の中で若いまま。そちらで会えてもわたしに気づかないのじゃないかしら」


「ひいおばあちゃん、まだー?」

「ああ、待たせてごめんねえ」

 幼い男の子が走ってきた。墓地に連れてきてくれた孫夫婦を少し離れた所で待たせている。走ってきたのはその息子だ。

 墓石をそっと撫でる。

「歳はとりましたけど、お父さんが見られなかったひ孫の顔を見られたので、長生きできてよかったと思います。成長が楽しみで、まだそちらには行けませんよ」

 老婦人は杖をつきながら力強く歩いていった。

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夫への言葉 紗久間 馨 @sakuma_kaoru

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