#3 星の少年
小さな少女の大きな旅が始まった頃、少年は星の光が差し込んだ薄暗い夜の森にいた。
(見つけた……)
樹齢数百年程の大きな木の幹に空いた穴の中で忘れられ去られた人間の罪。
薄灰色のフード付きコートの中に着た、黒いタートルネックに包まれた首元をそっと手でなぞりながら少年はその表情に憂いを浮かべる。
「お前は存在してはいけないんだよ」
きっと誰にも、自身の耳にすら届かないであろう小さな声でボソッと呟くと、少年は星の光を吸い込んだかのような白髪を夜風に靡かせながら空を見上げる。
おぼろげな記憶の中で鮮明に残っているのは悲しいくらいに綺麗な星空。
その星空を瞳に映した日を一生忘れることはないだろう—————
少年は少しだけ何かを恐れたような表情を見せると深く深呼吸して周りを見渡す。
(オリヴァーさんの話じゃ軍もこの場所を突き止めてるみたいだから早く壊さなきゃな…)
広い森の中、先程から微かに銃声が聞こえて来る。邪魔が入るのも時間の問題だろう。
少年は顔をしかめる。まるで満天の星空を映したかのような瞳を細めると、白く長い睫毛が覆い被さって影を作った。
戦争というものは幾千もの思いの集合体。政治や思想の違い、その奥に見え隠れする小さな想いたち。瞬いては消えてゆく命……。
(まるで星空みたいだ)
少年は木の幹に手をつきながら溜息を吐くと、再び目の前に聳え立つ大きな戦車のような兵器を見つめる。
(とにかく今はこれを壊さなきゃ)
エトワールシリーズと呼ばれるこの兵器を壊す方法はただ一つ、核を壊さなければならない。
黒い革の手袋にぎゅっと皺が寄るほど手を強く握り、少年が幹の中に足を踏み入れようとした丁度その時—————
どてんっっ
と、素っ頓狂な音に少年が振り向くと、そこには見ず知らずの少女が転んでいた。
(何?あの子……)
顔面から転んだ少女が起き上がる前に幹の中に隠れた少年はコートのフードを被ると、目の前の怪しい少女の動向を探る。
「いててて……」
起き上がった少女は顔面を押さえながら幹の前へやって来る。
少年がエトワールシリーズの影に隠れると一瞬だけ赤い光が真っ暗な幹の中を照らした。
「今何か光ったような…」
少女は幹の中を覗き込んだが少年の存在に気づくことはなかった。しかし、そうこうしているうちに二つの声が近づいて来る。
(まずい……)
少年は当初の予定が大分狂ったというように首を横に振りながらその場に座り込んで事の行末を見守る事にする。
大きな鉄の塊のような機体にもたれると、ひんやりと鉄特有の冷たさが伝わってきた。
二つの声の主が去った頃、再び幹から少女の顔が覗く。
(一体何者なの?この子…)
軍の回し者……には見えないが、だとしたら何故こんな所にいるのだろう。しかもその手に握っている物は……。
(刀…だよね、あれ)
どう見てもごく普通の少女には似合わない持ち物。
不可解だらけの少女を見つめながら少年は疑念の表情を浮かべる。
(まあいっか…とにかく核を壊………)
少年が少女からエトワールシリーズに視線を移した矢先、目の前が赤い光に包まれ思わず目を瞑る。
地響きが鳴り動き始めたエトワールシリーズによって木の幹が裂けたのと同時に少年も傍らへ逸れると、木の陰に隠れる。
目の前に現れた大きな戦車に赤黒く不気味に刻まれた"13"という数字を少年は睨みつけた。
(No.13……!)
太腿の小さなポシェットに入った小刀の取っ手に指をかけると、少年はふと顔を上げる。
(あの子は…!?)
少年は気がかりになっていた少女を見ると、刀を抜いたのはいいものの、鋼鉄の塊をどうしたらいいか分からないという風にあたふたした姿が目に入る。
少し離れた所で様子を伺っていると、先程の声の主である兵士達がやって来た。するとNo.13は大きな筒のような銃口を二人の兵士に向け、大砲が発射された。
「っ………」
爆風と共に砂埃が舞い、少年は顔を腕で覆いながら受け身の体制をとる。
あたりが一瞬静かになったかと思うと、薄暗かった森に火柱が立つ。火はゴォォォッと音を立てながらたちまちに広がっていく。
少し離れた所で声がしたので見てみると、どうやら少女と二人の兵士は無事のようだった。
少年は安堵のた溜息を吐くが、喜んでいる場合ではない。事態はさらに悪化しているのだ。
森の向こうからまた一人別の兵士がやってくるのが見えた。どうやら何か伝言を伝えにきたようだ。
あちらの様子を伺うのに夢中になっていたが、ふと背後に気配を感じ少年はじっと身を隠す。
気配の主は一瞬だけこちらを見たような気がしたが、幸い気づくことはなかった。が、少年はその顔を見て驚愕する。
(ドーヴェ・ソフォス・アルカディオ…!?)
気配の主はドーヴェ・ソフォス・アルカディオ。この国の創造主の子孫であり現アルカディオ軍総司令官。
(まさか総司令官まで来てるなんて…これは一度退いた方がいいか…?)
ドーヴェが三人の兵士たちと森の向こうに消えていくのを見届けると、少年はその場を後にしようとしたが止まる。
(あの総司令官が戻ってくる前にここを立ち去りたい……でも……)
少年は顔だけ振り向いて少女を見る。少女も誰もいなくなったことで自由に動くことができ、逃げようとしていたのだが………。
ギギギ……ギギ……という錆びた音がしたかと思うと、No.13は今度は少女に照準を合わせていた。
(仕方……ない、よね………)
少年は拳を握ると踵を返し、ゴオゴオと唸る炎の中へ向かって歩き出した。
☆ ★ ☆
「星みたい……」
ミユは自身を助けてくれた少年を見てぽつりと呟いた。
目の前に立っている少年は、星の光を全て吸い込んだかのような白髪、瞳もまた満天の星空を連想させるようで、本当にあの空から流れ落ちた一粒の星なのではないかと思った。
「大丈夫?顔赤いけど…」
自身をぽ〜っと見つめるだけのミユの額に少年は手を当てる。少年は黒い革製の手袋をしており、こんな炎に囲まれた中だというのに額に触れられると少しひんやりとした。革の手袋なんかをしていて体温が分かるのだろうかと思ったが、触れられた感覚から手袋自体見た目ほど厚くないというのは分かった。ならば先程ひんやりとしたのはこの少年のから伝わる体温なのだろうか。だとするとかなりの冷え性だろう。
「あの、ありがとうございます…」
ミユは触れられた額を押さえながらぺこりと頭を下げる。
この少年は一体何者なのだろうか。見たところ軍人ではなさそうであるが、だとしたらこんな所で何をしていたのだろうか。かくいう自分も怪しさ満点であるのだろうが……。
しかしそんな事を聞いている暇などない事はミユにだって分かる。
「君は危ないから下がってて」
ふと少年からかけられた言葉に少女は驚いて顔を上げる。
(下がってて?)
炎が行手を阻んでいるため「逃げろ」ではない事は分かるのだが少年はどうするのだろうか?まさか……。
「あの!もしかしてあれの壊し方知ってるの!?」
ミユのその言葉に少年は目を丸くする。
「壊し方…?君なんでそんな事……」
目の前の小さな少女への疑念はますます大きくなり、少年の中の点と点は一向に結ばれない。
そんな二人に向けてNo.13は再び照準を向ける。
(事情は分からないけどNo.13相手に一人はちょっときついし時間もない……)
少年はミユの手を取るとNo.13の照準から外れ口早に説明を始める。
「一度しか言わないからよく聞いて。エトワールシリーズには必ず核になる部分がある。個体によってそれぞれ場所は違うけどあれは戦車を基にしたエトワールシリーズ。発射される弾は核から発せられる力で作られてるんだ。だからNo.13の核はあの大きな銃口のその奥」
少年は人一人入れそうな戦車の大きな口元を指差す。
「僕が戦車の中に入って弾の発射機能を止めるから君は銃口から中に入って奥にある核を壊して欲しい」
「弾の発射を止めることができるの?」
ミユはどう見たって人間の手に負えないような兵器を見ながら言う。
「元は普通の戦車だからね。仕組み自体は同じなんだよ。すごく危険だけど…お願いできるかな?」
少年は眉を潜めながらミユを見る。やはりエトワールシリーズを壊すという事はとても危険な事なのだ。
ミユは刀をぎゅっと握りしめる。
(そう、誓ったんだ。パパのためにエトワールシリーズを全部壊すって)
ミユは大きな目に覚悟を宿し少年を見る。
「私やる!」
少年はその眼差しに少し瞠目したが我に返るとミユに作戦を伝える。
「それじゃあ…始めよっか」
ミユと少年はNo.13に向かって歩き始めると二手に分かれた。
『いい?作戦はこう』
ミユは先程伝えられた作戦を頭に浮かべる。
No.13の目の前に立つとミユはちょこまかと動き回る。案の定錆びた音と共に銃口を向けられたミユはニヤリと笑って動き続ける。銃口はミユの姿を捉えようとまるで首を横に振るように動いた。
『あの戦車は照準を定めてから発射するのに数秒かかる。だから動き回っていれば弾は発射される事はない。まず君はNo.13の気を引いて。その隙に僕が中に入るから』
首を横に振り続けていたNo.13が動きを止めたかと思うと、ミユの前で銃口を下に向けて停止した。あの少年が中に入ることに成功したのだ。
ミユが刀を片手に斜めになった銃口の中を這い蹲るようにして登っていくとギギ…と錆びた音がして銃口が真っ直ぐになり歩きやすくなった。
今弾が発射されたら間違いなく自分は助からないだろう。ミユは一瞬そんなことを考えたが、あの少年が嘘をついてるようには思えなかったので信じてそのまま進むことにした。
十数メートル程進むと奥の方で何か光っているものが見えた。ミユがもう数歩進むと、両掌程の球体が浮かんでいて、深い闇の中に星の光を散りばめたようなそれは、まるで小さな水晶に閉じ込められた星空のようだった。
「これが核…」
禍々しい兵器の命の源がこんなに美しいものだったとは。
ミユはごくりと唾を飲むと刀を鞘から抜き核に向かって振り上げる。
見た目は水晶のようだが簡単に壊せるらしい。
振り下ろされた刃は一瞬だけガラスのような硬い物に当たったかと思うと、たちまちに割れて砕けた。……かと思えば足元はみるみると傾き始め、ミユは滑り台を滑るように銃口の中から投げ出された。
「上手くいったみたいだね」
尻餅をついたミユは少々決まり悪そうに苦笑しながら差し出された手を取る。やはり少年の手は手袋越しだがひんやりとしていた。
No.13を見ると完全に動きが停止しており、赤黒く不気味に光っていた13という数字も消えていた。
ミユは安堵からか、それともここまでの疲れか自分の意識が空の彼方へふわりと飛んでいくような感覚に襲われた。瞬間、目の前が真っ暗になりミユの小さな身体は糸の切れた人形のように少年の胸の中に落ちた。
「君!大丈夫!?」
少年がミユに触れると薄紅色に染まった頬から熱が伝わってくるのを感じた。
(熱っ…)
炎は先程よりも広がり、じりじりと迫って来ていた。
(この子を抱えて炎の中を抜けるのは流石に無理だ……)
少年が眉を潜めながら長い睫毛を伏せたその時—————
「水を放て!!」
炎がゴオゴオと唸る音にも負けない声と共に水が撒かれ始める。
見ると、アルカディオの兵士たちがバケツに汲まれた水を一斉にこちらに向かってかけているのが見えた。その脇で指揮を取っているのは、眉間に皺を寄せたツルなし眼鏡の総司令官ドーヴェ・ソフォス・アルカディオだった。
少年は近くの木の陰に身を隠し、消火のおかげで僅かにできた退路を見つけることに成功した。
(この子…どうしようか……)
少年は傍らで熱にうなされるミユを見る。
じきに鎮火されるのでこのままここへ寝かせておけばアルカディオ軍が見つけるだろう。しかし……。
(色々尋問されるんだろうな……)
それはきっとこの少女にとってはとても酷なことだろう。
少年は一瞬瞑目するとミユを抱き上げその場を後にした。
☆ ★ ☆
先程の火事が嘘のように静まり返った森でドーヴェは一人立っていた。
(エトワールシリーズ……)
ただの鉄の塊となったNo.13の下で何かを探すような仕草をしていたドーヴェはふと足を止め、自身の足元に散らばった何かの欠片のようなものを懐から取り出したハンカチで包み再び懐へとしまう。
(星片、か……)
ドーヴェはアルカディオ家に代々伝わる話を思い出す。
遥か昔、世界に星が降り注いだ。
世界は荒地と化し人々は嘆いた。
ある日、一人の科学者が空から降り注いだ星の欠片に秘められし力を発見した。その力により世界は復興し、国を築き人々の生活は前よりも豊かになった。
しかし次第に強大な力を持った星の欠片、"星片"を我がものにしようとする人間が増え、世界は戦争になった。
星片の力を発見した科学者は自らの大切な人を守るため、既存の兵器に星片を埋め込むことに成功した。
結果その新しい兵器は人知を超えた力で他国の星片を根絶やしにし、国に勝利と、絶望を与えた。
やっと平和を手にした人間に天は制裁を与えたのだ。
ツルのない眼鏡をくいっと上げるとドーヴェは空を見上げる。
(人間は業を繰り返すの生き物なのか……)
吸い込まれそうなほど美しい星空に眉間に皺を寄せるのはきっとこの男だけだろう。
(それにしても……)
ドーヴェは視線をNo.13へと移す。
(一体誰が破壊したのだ……?)
部下の報告によると勝手に起動し、勝手に壊れたようだが……。しかし核が破壊されているということは誰かが故意に壊したということだ。
(兄上………)
ドーヴェは一層皺を濃くすると踵を返しその場を後にした。
☆ ★ ☆
「どこへ行くの?パパ」
幼い自分が向けている視線の先にいるのは久しく会ってない父親。
「大丈夫、すぐ帰ってくるから」
そう言って自身を抱きしめる父の手はひんやりと冷たかった。
「ダメだよ行っちゃ……」
ミユは必死に父が着ている白衣を掴もうとするが何故か身体が透けて掴むことができない。
「嫌だパパ!行かないで!!」
父親の手が自分から離れる瞬間の顔、今でも脳裏に焼き付いている。
「パパ!!!」
ミユが叫びながら飛び起きると、隣で焚火を焚いていた少年が驚いたようにこちらを見ていた。
「あの……」
少年の困った様な視線の先を見ると、自分の手が少年の服を掴んでいるのが目に入った。
「ごめんなさい!!」
ミユは慌てて手を離すと自身に被せられていた少年の上着で顔を覆う。
(夢…か……)
なんだか今日はずっと夢の様な体験しかしていないのだが—————
ミユは不意に額にひんやりとした感覚を感じると我に返る。
「熱は…一晩眠って下がったみたいだね」
少年はミユの額から手を離すとよかった、というように少し目を細めて笑った。
「一晩?」
ミユが上を見上げると既に陽が昇っており、木々の隙間からは朝日が差し込んでいた。どうやら自分は気絶していたらしい。
「ここは?」
「ここは森を南西に抜けた外れ。ここなら街もすぐそこだから兵士たちも近づかないはず」
少年は焚火に枝を投げ入れながら言う。
パチパチと音を立てながら燃える火に照らされる少年の横顔は伏し目がちで睫毛が影を作っており、彼が容姿端麗だというのがよく分かった。
「それで?君はこんな森で何をしていたのかな?」
突然投げ掛けられた質問にミユは固まる。
「見たところただの家出…って訳じゃなさそうだし。エトワールシリーズについても知ってた。君は一体何者?」
少年はミユの荷物…とりわけ不審な刀に目を向けながら聞く。
ミユは言葉に詰まったが、そもそもこの少年だって何者か分からないのだ。
「女の子の名前を聞くならまずは自分が名乗るのが礼儀だと思うんだけど!」
人に名を聞く前に己が名乗るのが礼儀と言うが、助けてもらった相手に対してこの態度はどうなのだろうかと、自分の礼儀の無さも大概なものだと思った。
少年は一瞬沈黙した後あははっと笑うと、
「そうだね、君のいう通りだ。僕はトーヤ。色々あってエトワールシリーズを壊してるんだ。軍の回し者とかじゃないから安心して」
と、自己紹介をした。"色々あって"を強調したところ訳は教えてはくれないらしい。
「私はミユ。私も色々あって!エトワールシリーズを壊したいの」
ミユもエトワールシリーズの一部に父が関わっていることが知れると厄介になると思い訳を言わなかったが、トーヤはそれ以上聞いてくることはなかった。
「君みたいな子供がエトワールシリーズを?」
「失礼ね!私もう十四歳だよ!!」
ミユはムッとして叫ぶが、ぐぅ〜〜…というなんとも気の抜けた音が静かな森に響く。
(十四ってまだ子供なんじゃ……)
トーヤは苦笑しながら太腿のポシェットからゴソゴソと何かを取り出すとミユに差し出す。
「これしか持ってないんだけど…よかったら食べる?」
トーヤの掌に転がされていたのはキャンディーチーズと小さな瓶に詰められた金平糖だった。
「金平糖!」
ミユは自身の鞄の中から巾着に入れられた金平糖を取り出して見せる。
「トーヤも金平糖好きなの?」
「ん〜…昔誰かにもらってそれがすごく美味しく感じて……それ以来持ち歩いてるんだ。ミユは?」
トーヤは小瓶から金平糖を一粒取り出して口へ運ぶとミユを見る。
「私はねパパが好きだったの。正確には元々ママが金平糖を好きでそれを真似したパパの真似、かな」
ミユも自身の金平糖を一粒口へと放り投げる。
「だった?」
「うん。パパもママも私が小さい頃に死んじゃったから」
ミユは母の刀に視線を向けながら小さく呟く。
「そっ…か……ごめん」
「あ!そんな全然気にしてないよ!もうずっと昔だし。それにパパが言ってたの、人は死んだら星になるって。だからいつも一緒」
そう言って笑う十四歳の少女にトーヤは感銘を受けた。
(子供なのは僕の方…か……)
トーヤは小瓶に詰まったまるで星の粒のような金平糖を眺めながら瞑目する。
目を背けてるのは自分。
悲しいくらいに美しい綺麗な星たちは、あの日自分をどう見ていたのか—————
「トーヤ」
自身を呼ぶ声にハッと我に返ったトーヤは、長い睫毛をはためかせながら声の主を見ると、ミユが自身の額に手を当てていた。
(え………)
小さな少女に触れられる程隙だらけだった自分に少々驚いた。
「やっぱりトーヤって冷たいね」
ミユはトーヤの額から手を離し自身の額に手を当てる。
「ああ…ごめん、冷え性だから……」
そうトーヤが答えた時、大勢の男たちの声が聞こえてきた。見ると遠くの方に十数人の兵士たちが歩いているのが見えた。その一部は深緑の軍服を着ており、引きずられるようにして歩いていた。
ミユとトーヤは急いで焚火を消して荷物を持つと木の陰に隠れ様子を伺う。昨日今日で一体何度木の陰に隠れただろうか。
「どうやらアルカディオが勝ったみたいだね」
深緑の軍服を着た人間たちの扱われ方からして明らかにそうなのだろう。
「あの人たちどうなるの?」
ミユは不安そうな表情で尋ねる。
「拷問されるか、その国への見せしめとして…」
トーヤは眉を潜めながら答える。
トーヤの言葉に肩を落としたミユは、深緑の軍服を着た兵士たちの中に昨晩自身にパンを与えてくれたあの熊のような兵士を見つける。
「おじさん!!」
思わず木の陰から出ようとするミユの腕をトーヤは掴んで止める。
「助けなきゃ!」
「今出て行ったら君もアルカディオ軍に捕まる。それに君がエトワールシリーズについて知ってるって軍に知れたらただじゃ済まないよ」
ミユは必死にトーヤに掴まれた腕を外そうとするが、やはり同い歳の男子に勝つことができても歳上の男に力で勝つことはできなかった。
「どうして!おじさんは良い人だよ!」
ミユは大きな瞳に涙を浮かべ訴えるような目でトーヤを見る。
トーヤは瞠目し溜息を吐いた後、ミユと同じ目線の高さに屈んで言う。
「ミユはあの兵士たちが何のために戦争をしていると思う?」
ミユをじっと見つめる満天の星を散りばめたようなトーヤの瞳の奥で深い悲しみが垣間見えたような気がした。
「みんな同じなんだよ。戦ってる、理由は」
トーヤは瞳に影を作るかのように睫毛を伏せ、その視線は下を向いていた。
「おじさん、娘がいるって……」
ミユはひっく…としゃくり上げながら小さな声でぽつりと言った。
「そっか……」
トーヤはミユの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「……!?」
突然の事でミユの涙で濡れた顔は戸惑った表情を浮かべた。
「ミユは優しいんだね」
ミユは悲しげに笑いながら自身の頭を撫でるトーヤにあの熊のような兵士の影を重ねた。
戦争とは誰も彼もがただ国のために命を投げ打って戦っているわけではないのだ。皆、各々の守りたい大切なもののために—————
小さな少女は刀をぎゅっと握りしめると空へ向かって瞑目した。
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