生き のび太

芦田朴

88歳

ネコ型ロボットが壊れて、押し入れに放置したまま10年が過ぎた。


ぼくも88歳になる。


 両親もとうに亡くなり、あの家の2階に今も独りで住んでいる。美味そうにドラ焼きを頬張ってたアイツの笑顔や、ネズミが出て、うちの母と一緒にテーブルの上で踊っていた、あの日々が懐かしい。

 

 寝転がって漫画を読んでも、誰にも何も言われない生活はそれはそれで快適だったけど、ときどき無性に寂しくなった。


妻のしずかちゃんは、20年ほど前にぼくに愛想をつかして出ていったっきりだ。


さて、ぼくは今日珍しく出かけなければならない用事があった。タケシくんのお見舞いだ。タケシくんは老人ホームに入っていたが、職員や他の入居者に対する暴言暴力がひどく、施設を追い出されてしまったらしい。その後、庭で転んで腰の骨を折って入院したらしい。


バスで二駅のところに病院はあった。

病室に入ったぼくの顔を見るなりなり、タケシくんは「何、持って来た?」と言った。久しぶりに会うのに「元気だったか」の一言もなかった。彼らしいと言えば彼らしい。映画版で演じていた『いい人』はあくまでビジネスキャラだ。


ぼくは彼が好きな漫画を3冊渡した。


「腰、大丈夫?」


「安静にしてればな」


「……」


「なんだよ、これっぽっちかよ。これじゃあ、一日で読み終わるじゃねーかよ。また明日にでも持って来てくれよな。あと、ビールも忘れずにな」


タケシくんは変わってない。

その言葉を聞いて、少し揺らいでいたぼくの決意が固まった。都合のいい事に4人部屋の病室には、彼しかいない。


「明日持って来なかったら、わかってるな!」


ぼくを睨みつけるタケシくんのベッドの上に、ぼくは勢いよく飛び乗った。変な音がして、タケシくんは叫び声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生き のび太 芦田朴 @homesicks

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ