第4話 敗北感

大学を卒業して、1流の企業である会社に入社。真一に期待してくれている会社の先輩たち。


真一は中学生の頃から親の言いつけ通り、近所の空手道場に通っていた。空手の大会で優勝したこともあり、高校、大学と推薦で入る事が出来た。



順風満帆。



何の挫折もなく今まで人生を歩んできた真一。



先輩たちにカッコ良いとこ見せてやる!



真一は心の中で思った。そんな真一を源さんはゆったりとした動きで見ていた。



腰の辺りで拳を構え、スタンスを広くとり前後にステップ。



「おっ!次の兄ちゃん空手やってるんだな!」



ギャラリーから声がした。その声を聞いてギャラリーは更に盛り上がった。



「真一~~!カッコいいとこ見せろよ~~~!」



時間は1分しかない。



前後にステップしている勢いを利用して真一は前に踏み込み左の突きを出してみた。



源さんはまるでここまでしか届かないとわかっているかのようにバックステップぎりぎりかわす。



空手をやっていた時のようなスピードが出なかった。思いのほかグローブが重い。



左右と連続で突く。



さっきのように左はバックステップで避ける。右はかいくぐるように入り込んでいた。真一が気が付くと源さんはすぐ右側にいた。



至近距離で一瞬目が合う。先ほどの目ではなかった。



ファイターの目。白目が光って見える。



源さんは攻撃をしてこない。わかってはいたけれど、真一は怖さを感じた。



先輩たちにカッコ良いとこ見せなきゃ!



真一は焦った。



酔っているせいなのか緊張のせいなのか動悸が激しくなる。



グローブが重いので、腰に構えてからパンチを出しては不利だと思い、ボクサーのように見様見真似で顔の前で構えた。



「おっ!ボクサーの構えになったぞ!」



ギャラリーの誰かが言った。ギャラリーは相変わらず盛り上がっていた。



真一の得意な右の連続突き。1発目と2発目のスピードを変える。



この連続突きの速さでポイントを取って勝つというのが真一の勝ちパターンだった。



源さんは的を絞らせない為か、絶えずゆったりと動いていた。だが、ゆったりと動いているように見えて、こちらの動きに合わせたように無駄のない動き。



左の突き。



真一の左に合わせてミリ単位で左側に避ける。



右。



今度は右側にくぐるように避けた。



連続の右。



スピードを上げる。



源さんのヘッドギアにかすった。



湧くギャラリー。



目が合う。



心なしか源さんがニヤリと笑った気がした。



クソ!何で当たんないんだよ!



先輩たちにカッコいいとこ見せようなんて気持ちは失せていた。



「ラスト30秒!」



そこからも真一の攻撃が源さんを捉える事はなかった。



「はい、終了~~!」



タイマーの音を聞いて源さんは息を切らすこともなく冷静に言った。



真一は両膝に手をつかなければならないほど疲れ切っていた。


何なんだろう・・この敗北感。



結局、1番の見せ場は源さんにかすった右だけ。



「お兄さん、強かったですよーーー!また、やりましょーーー!」



源さんは営業トークなのか本気で言っているのか、そう真一に声をかけた。



「・・・ありがとうございました。」



真一は源さんにぺこりとお辞儀をして言った。



源さんは攻撃を一切してこないのに、何なんだろう・・この敗北感。



「真一!惜しかったな~~!ちょっと当たったのにな~!」



「1万円ゲット出来なかったな~!」



先輩たちの慰め、からかい。まったく耳に入ってこなかった。



何なんだろう・・この敗北感。



でも、その反面、真一の心の片隅に源さんに対する興味がとめどもなく湧いてきた。


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