第9話
この少年が発した言葉を聞いたエイハブは数秒固まっていた。
「エイハブだっけ。急に黙ってどうした?」
石弓の引き金にかかった指に力が入る。この男、どこか信用ならない雰囲気があると少年は感じている。
「確かに。そういう名の男がコロニーを治めてはいるよ」
「……どうか、その人に合わせてはいただけませんか?」
「……件の恩人についての情報かい?」
エイハブは静かに力強く頷いた。活力に満ち、鋭い眼差しだった。7つほど歳の離れた若造に深々と頭を下げる奴は珍しい。引き金にかけた指を離してホルスターへと仕舞った。
「クシェルと呼ばれてる。初めまして。エイハブ」
無愛想に握手を求める。こうすると大体の男は不愉快な表情を浮かべるが、このエイハブという男は膝を折り、差し出した手を両手でしっかりと包むように返してきたのだ。暖かく力強い、使い込まれ硬くなった手。
「初めまして。クシェル殿……!」
瞼が大きく開き、頬が少し上がっている。微笑んでいるのではない。口はしっかりと閉じ、小鼻が引き締まっている。彼の表情から感じるのは、クシェルに対しての敬意、恩人への手がかりを得られることへの高揚感だった。
「……ったく。殿なんてつけなくて良いでしょう。案内しますよ。ついてきてください」
「わかりました」
「あと、これ。アンタ、魔術使えるでしょ? 変異が中途半端な僕たちみたいなのは霧を吸うと害があるんだ。バレたく無いなら、人前だけでも着けると良い」
革製のマスクを装着する。ほのかに炭の香りがして、落ち着く匂いだ。
「ん。似合ってる。フィルターも渡しておくよ。使う奴が居ないから、受け取ってくれ」
「ありがとうございます。ところで馬だとかは使わんのでしょうか?」
「いいや。変異後の馬は貴重でね。僕の様な下っ端には使わせてもらえないのさ。あとその微妙な敬語やめてよ。気色悪い」
「あいわかった」
「ここから歩いて8時間。一度野宿してから向かう予定。ここからは北西側にあるよ」
「おぉ。ってことは途中でズレてたのか。いやぁ~助かったよ〜」
「ま。無事に帰れればだけどね」
死の柱から @ao-nori203
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