第6話

 土砂降りの雨に打たれながらエイハブは武器を握っていた。ゴーレムの攻撃を躱しながら懐へと入り、攻撃を1度当てては離脱を繰り返している


 「魔術を出す際には短い時間で出すように。少し遅い」


 「……ふ〜。わかった」


 ここ数日の鍛錬で能力の扱い方も慣れて来ていた。はじめは右腕からしか出すことが出来なかったが、左腕から管を伸ばすこともできるようになった。


 地面に手をつき、浅い地中へと管を這わせる。キーパーと呼ばれるゴーレムの四肢をしばりあげ膝をつかせるとともに岩石の体躯にひび割れが走る


 「どうだよ……キーパー」


 「どうして膝をついたかを考えてみてください。……威力は申し分ない。私がここから立ち上がろうとする場合、張った糸は遊びが無い分互いを引き合うように動く筈。……より大きなダメージを負うのはどちらか」 


 キーパーが少し腰を上げると、薬指と人差し指の付け根部分の肉が裂けて泥水を真っ赤に染めた。咄嗟に能力を解除し左手を抱え込む


 「……くそ」


 「片腕を大きく動かせば、手のひらをバラす事も容易い。魔力の質が良い分、強固な管を形成出来てはいますが、身体の強度を上回っていれば当然千切れるのは貴方の肉ですよ」


 「そっちは岩石を操る能力だよな。相性悪いよな」


 「思うに、貴方の能力は管を伸ばすというよりも、魔力で物体を形成する、干渉するだとかに近い気がしますが」


 「あまり殴り合いには向いてないってことか」


 ゴーレムの周囲の泥が宙へと浮び上がる。握り拳程の球状の泥から、透明な水が滴り落ち、焼き固められたかのような鏃を形成しエイハブを睨んだ


 「おっと。隙きあり」


 「おいおい。まじかよ」


 周囲の音すらかき消す雨音の中、鏃の風切り音が幾重にも重なり伝わってくる。数発を剣の腹で防ぎ飛ばしたが、5発程度が身体を貫いた様だった。


 痛みを感じる前に体から力が抜け、水溜まりに膝を立てるように項垂れる。血液が滲み出て暖かさを感じた直後にようやく痛みを感じた。


 「大丈夫ですか?」


 「……うん。無理」


 「数発を凌いだのは驚きましたよ。あれが当たってれば死ぬ可能性があったのですが、想像以上に目が良いですね」


 「そいつはどうも……マジで殺しにかかってるよな。ここ数日は」


 「そうですかね。……今日はここまでにしましょう」


 しばらく後。傷を縫い終わらせると布を当てた。洗って煮沸している布だが、流石にこう何度も使いまわすと少しばかり心配になる。ばい菌ってやつが。


 今日の食事は豪華な献立ばかりだ。鹿の肉に根菜類のスープ、蛆の炭火焼き。そこらへんの葉っぱを乾燥させ湯で戻したお茶。


 火の灯った暖炉に照らされながら食事を済ませ、椅子に腰掛けた。布できつく縛った左手が脈打つ度に酷く痛む。


 「今日も帰ってこないか……」


 普段なら、雨だろうが雪だろうが関係なく昇降機前で数十分間は見張りをするところだが、腰が重く立ち上がる気が起きなかった。


 毎日毎日霧の中で待つ度にカニバルの群れが目に入る。都度その中に2人が混じっているのではないかと思ってしまう。人相まで判る様な距離ではない。エイハブに自覚は無いが心労が溜まっている事でイマイチ疲れが抜けきらないのだ


 彼が腰を下ろした絨毯には分厚い本がいくつも積まれている。気を紛らわせるために、この家の蔵書をいくつも読んでいた。訓練が終わればやることなどほぼ皆無であったからだ。


 訓練中はこの不安から開放された気になる。彼らを探しに行くための訓練をすることで自分自身が進んでいると感じるためだ。


 逆に何もできない時間が長いと余計な事を考えてしまう。良い方向では無く悪い方向に。


 「彼らの事などどうでもいいと思えれば、もっと楽になれるのかもな。……恩を仇で返す様な奴と同じか。良くしてもらったのにあんまりだよな」


 外の窓を見つめていると、2つの影が見えた。カラスが飛び立った影だろうと気にせずに本を読む。


 霧の中で採れる野菜や薬を記した手帳を読みながら薪を焚べる。火に長い間晒されて目元の乾燥を感じるとともに眠気に襲われたその時だった。


 湿気混じりの冷たい風が吹き込んで来た。そこには馴染みのある顔があるではないか。イーライ。アルフレッド。2人が大きな荷物を抱えて玄関で息を整えていた。


 「エイハブ……生きてたか。いやぁ~。参った。ちと、トラブってな。」


 「……お。おかえり。てっきり死んじまったかと思ったよ。」


 「バカ言え。死にかけてたのはお前の方だろ」


 「はは。あぁ、そうだね! 待っててくれよ、2人が帰ってきても大丈夫な様に飯だけはちゃんと確保しておいたからさ……鹿を罠で仕留めてさ」


 「良いね。腹が減って狂いそうだ。」


 「あぁ、良かった。どこも怪我してなさそうで。いやぁ~。話し相手がいなくて寂しかったよ。土産話の1つでもしてくれよ。寝かしておいた肉を切り分けるから待ってて……」


 布で巻かれた鹿肉を取り出し包丁を握った時だ。何か違和感のようなものを感じた。


 布を外していた指をじっと見つめため息を漏らす。裂傷を負った筈の左手に傷が無い。昏睡から覚めた直後の痩せ細った指をしていた。


 「……2人とも」


 リビングルームへと戻るとそこには誰もいなかった。


 目を覚まして湯を沸かす。グラグラと沸いた熱湯で茶を淹れて外へ出た。


 「今日は早いですね」


 「うん。魔力の補充を早いうちにしておこうかとね」


 魔術の管をキーパーのコアへと接続し魔力を流し込んだ。表情1つ変えずに茶をすすりながら朝日を拝む。


 「いい空気だな。なんというか、落ち着く匂いもする」


 「私には判りかねますよ」


 「かもね。……このくらいで足りる?」


 「えぇ。充分。そっちは?」


 「7割残ってるってところかな。明確な指標はないけど、そんくらい」


 扉がひとりでに開き、しっかりと熱を通した肉に温め直したスープがテーブルに置かれた


 「なかなか慣れてきた。魔術ってのは便利だね……うん。ちゃんと焼けてる。この塩味がまた……うん」


 「下手な食レポ聞いてると食欲失せますよ。エイハブ」


 「ははは……。良いね。キーパーも食べる?」


 「消化器官が無くてね」


 「言えてる」


 「傷の具合は?」


 「左手以外は問題ない。肉がグチャッと裂けると治り悪いねぇ」


 「記憶は?」


 「相変わらず。……今日はいい訓練日になるね」


 それから後。昼下りの頃だった。普段通りに鈍い音と甲高い音がなっている。


 「……」


 「よっこらせ」


 管を巻き付けた拳が岩石の指を弾き飛ばすと、直ぐに間合いを広げて呼吸を整え、腹の底から魔力を練り直す。


 「ふ〜。」


 「悩みは消えた?」


 「吹っ切れたよ。悩むだけ時間の無駄。君に勝って、東に向かう。彼らを探して、ここに戻ってくる」


 土塊の飛翔体を全て弾き飛ばして距離を詰めると左腕に右手を載せた。一度にまとまった魔力を流し込むと腕が崩れ落る。キーパーはそれを見て嬉しそうに唸った


 「コツは掴めたみたいですね」


 「ふ〜。まぁなんとか。先生が良かった」


 「……そうですね。あと、なにか勘違いしてませんか?」


 キーパーの大きな体躯に亀裂が入り、内側から陶磁器の様な光沢を持った人形が出てきた。


 「では、遠慮なく。刃物は使いませんが、鈍器を用いて戦うので、文字通り骨が折れる稽古になると思いますが」


 深みのある茶色に白い接合部。厚手のフードで隠された凹凸の無い頭部に黄色い円が動いている。


 鋭利で湾曲した足先を地面に立ててエイハブを見つめた。


 「半端に魔術を使える賊など吐いて捨てるほど居ます。私に勝利し東へ向かう。はてさて、いつになるやら」


 「……お手合わせを」


 「……では、いざ」


 柄を握り直した一瞬だった。キーパーの姿が消えたと思うと、エイハブの身体が浮き上がっていた。


 己の意志に反して左肺に蓄えた空気が一気に吐き出される。吐き出された血飛沫と唾液の飛沫がゆっくりと昇っていく様がみえる


 (視えなかった。何も……)


 「……派手に火を吹いたり、雷で人間を焼き殺したり。そんな芸当は貴方に出来ない。だが、今行った動きをすることはできる。他の魔術師が雑把に使ってしまう魔力を適切な量と速度……圧とでも言いましょうか」


 「圧と量……」


 「そう。人を殺すのに山火事ほどの火が必要ですか? 大地を呑み込むほどの水が必要ですか?」


 「……状況による」


 「そうですね。縛り付けているなら、焚き火程度の火で良い。桶に張った水が窒息させられるなら少ない量で良い」


 「普通の人間を殺すのに無駄な魔力を使わないように闘う鍛錬です」


 「まっでぐれ……息が……」


 「急所を一撃で突く。狙いは絞られるから防げるだとか言ってる奴はただの雑魚ですよ。人間なんて全身が弱点なのですから。腕の外側でも打撃を与えればへし折る事などは容易い。切断は難しいですが」


 「そして、息が出来なくなれば……今日はここまでにしましょう。では、また明日。……聞こえていないか。大丈夫ですよ。貴方は頑強な身体を持っている。死にはしませんそれだからこそ早く強くなれる。痛みを伴った知識は決して抜け落ちない」


 エイハブが左脚に手をかけていることに気がついた。腕の周囲に魔力のオーラが視える。


 「まだ、終わってない……まだ……まだだ……」


 「充分に魔力を練ってから不意打ちすべきでしたね。いささか気が早りすぎでは」


 


 

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