第5話
あれから数日が過ぎた。十分な食事と休眠を暖かな部屋で過ごしたお陰で、ここに来たときよりも体調が良くなった。
東のコロニーへ向かったという2人は未だに帰ってこない。夕暮れ時に昇降機前で待っているが、カニバルの姿だけしか見えない。やはり何かのトラブルに巻き込まれたのか、それとも。
「集中出来ていませんね」
人体をすり潰す事など容易いであろう巨腕が薙ぎ払われ、それを咄嗟に剣で受け止めると体が宙に浮き大きく飛ばされた
「うわ……!」
何度か体を翻し、地面に武器を付きたてながら着地した。膝と前足で地面に轍を刻みながら勢いを殺すと土を払いながら立ち上がった
「あぁ……痺れるな。大体、石の塊に剣が通るわけないだろ……。はぁ……はぁ……新しい剣を頼む。ヒビ割れちまったよ」
捨てた剣は折れると共に土へと還った。キーパーが腕の礫を金属製の鋭利な剣へと変化させエイハブへと手渡す。
「……どうぞ。通っては困るでしょう。訓練する側が、される側に倒されては訓練ではなく、それはただのゴッコアソビと言うやつです。言うなれば、貴方に絶対に倒されないからこそ鍛えられるということです。貴方は目が良い。目の情報と体を動かす筋肉を動かすまでの遅延を極力少なくするイメージで。そして反撃を考え、放つ」
何度も火花が舞う。振るわれるたびに輪郭が伸びる腕の攻撃を切っ先で流すように受け、振り抜ける礫の肘に向かって縦斬りを当て続けた。
「まだ遅いですよ。考える事の速度が遅い。行動までの所作がぎこちないですね。切っ先が当たったとしてもそれでは、かすり傷程度しか与えられませんよ」
「誰に……?!」
「貴方を殺しにくる獣。あるいは人間。同族ですよ。足の運び方が遅いです。常に体幹を無理なく自由に動かせる中心に戻しながら戦えるように……」
脚を払われてしまい、右手を胴体で挟むように倒れ込む。
「はい死んだ」
「面白がってないか?」
「えぇ。とても。イーライ様が見込んで連れ込んだ方がこの強さでは、この先霧に潜ったとてネズミにすら殺されますね」
「言ってくれるね。キーパー。そういうのは嫌いじゃないね。さぁ、もう1度!」
「冷静な人は伸びしろが大きいですよ……ですが気合だけで生き延びられるほど甘くは無いでしょう」
薙ぎ払いが一瞬止まり、土を巻き上げながら放たれた蹴りで地面を転がった。
「……う。っく……は」
「目が慣れた頃のフェイント程有効な攻撃はない。……腕を怪我すれば武器が握れず、脚が折れれば逃げられず、戦えない。胸と頭が損傷すればいずれは土に還る。腹が殴られれば呼吸が止まり、思考が鈍る。全力で動かしていた筋肉に空気が行かずに、瞬く間に全身のエネルギーが無くなる。急所、筋肉、空気。どれも欠損しては死に直結します。戦闘とはどちらが先に相手に傷を負わせるかで勝敗が決します」
「無機物のクセして、随分と人体に詳しいじゃないか……だけど、今ので少しは経験を積めた……咄嗟にジャンプしたお陰で、息は出来てるよ。へへ……ぶぉっ!!」
「話している余裕があるのなら息を整えて。肺をヒリツクほどに膨らませ、慣らすのです。それに、顔に一撃食らったのです。間違いなく即死ですね。2秒でも気を失ったのなら、大抵は刺し殺されるか、片耳は獣の腹の中でしょう」
「容赦無いな……うわ……!」
「容赦のある方ばかりなら、話し合いでどうにかなります。同じ人間であるからと言って理屈をきちんと解釈できる人間が多いと思わないように」
躱した後に、飛び上がりながらキーパーの球体を蹴りとばす。
「ほれ!」
「……今のが頭や首などに当たればいいですが、博打はやめましょう。体格の大きな相手なら」
右脚を捕まれ地面に叩きつけた。彼の体で押し固められた土が盛り上がり、地面に彼の叩きつけられた際の姿がくっきりと刻まれている
「こうです。手心を加えても」
「あぁ……生きてるのが不思議だよ」
「変異していないなら、もう死んでる威力ですが……」
「……手心とは?」
「貴方のような頑強な方にとっては、ちょうど死なない範疇の威力ですよ。普通なら腕が取れてたりしますよ。……やったことないですよ?」
「その間が怖いんですが」
「疑うとは、関心ですね。嘘を並べ立てる事などに罪悪感を感じる人間ばかりではないこと。教える前に気づきを得るとは。素晴らしい」
「どうも……って、うおお!」
「蹴りも反応できていますね。このまま続けて、身体と記憶に刷り込み、いつでも同様の反応ができるように、記憶、経験、感覚全てにこびりつかせるのです」
「……うぉ! 次!」
「ここからは、様々なパターンで攻撃します。二足歩行で、自由な腕が二本なら、動きは大体決まっています。蹴り」
「っ!」
「殴りからの裏拳。掴み技」
「く!」
「肘鉄」
「あぶな……!」
「サマーソルトキック」
「がっ……!」
巨大な体躯で想像のつかない程の軽い身のこなし。反応できるわけもなく、首が内側から軋んだような異音が響く。急角度の放物線を描き畑の畝に倒れた
「いや、死ぬって」
「死人は喋らない。さぁ、あと5時間。魔力切れ寸前までみっちりいきましょう!」
「……おっしゃ。来い!……っぶぁ……!」
今の状態で霧に潜ったとして死ぬことは目に見えている。危機的な状況を避ける足も無い。戦うすべも知らない。魔力を使い切って動けなくなればそれで終わりであると何度もキーパーに諭された。
それが2日前の事だ。彼が言うには2人が死んでいる可能性の方が大きいとのことである。魔術師に対して友好的な人間も居れば、そうでもない者だって多い。仮にコミュニティのリーダーが代わったとしよう。頭が代われば下につく人間が何十人と敵に変わってしまうなど、特段珍しくも無い話なのだ。
日が傾き、エイハブは湯船に浸かっていた。近場の川に水を組みに行った時にカニバルに肩を齧られた傷が痛む
キーパーがカニバルの胸を吹き飛ばしてくれなければ、骨と筋肉が露出していただろう。男がカニバル化した場合、指等は容易く食いちぎってしまうらしい。
滲み出る血が湯を薄く染めた。血に混じって腐った肉片が流れ出て水面に浮かんでいる。大量の水で何度も洗った後でも汚れが抜けていないのだ。
肉片を掬って外へと捨てる。
「瀉血ってのは有効なのか?」
「瀉血のせいで死んでる様な場合が多い気がしますが。カニバルの歯肉を入れたまま縫合するよりかはマシというだけです」
「縫うのか?」
「この腕では無理ですね。その程度であれば清潔にしておけば問題ないでしょう」
「明日は、魔術の使い方をレクチャーします」
「近接戦の訓練は?」
「……まぁ、及第点。昔に齧ってましたか? 剣術」
湯に浸かった彼の皮膚には無数の古傷が刻まれている。腹に胸。内腿に脇の下。どこも怪我をすれば容易く死ねる場所に傷が集中していた
「……それが何も覚えてなくて。記憶が無くても、体が憶えているのかも。無意識に体が動いてる様な……気のせいだとは思うけど。早く二人にお礼を言いに行きたいなぁ」
「それは明日の訓練次第ですね。許可が出るまでは外には出しませんからね」
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