第2話
赤熱した炭が風に煽られ生気を取り戻す音と共に目が覚める
命の恩人であるマスク姿の人物が焚き火に手をかざしている。炭に赤い筋が走り、熱を持った炭から火が吹き出した。
「……それはいったい?」
ふいごに煽られたかのような音が幾度も鳴ったが、マスク越しに息を吹きかけているわけでは無さそうだ。
「……起きてたか。一種の能力さ。魔術とも言われているがね」
「魔術……見たところ腰まで髪が伸びてるわけじゃないし……ほら、魔術師は髪が長いほど……」
「迷信の魔術師じゃない。あの柱が出来てから実際に起こせる人間が現れてね。んで、君もそうじゃないかなと思って助けてみた。……そうじゃなくてもそうしたけれど」
朝は寒くて仕方が無いよ。敵わないなぁ……。 そういった後に外套の中に手を戻す姿がくっきりと見える。
目が冴えているのもあるが、眠る前とは景色が変わっている。
地味色の装備を纏う姿が目立つ雪景色の中で、自分の周りが薄暗く雪に埋もれていない事にも気がついた。仮設の屋根の下で眠っていたようだ。
「こっちに入らないか? それほど着込んでいても寒いだろうに」
「いいや。見張りが死角を作るのは良くないし。そろそろ潮目が変わる。ここのギャップも直ぐに霧に覆われるだろう。その前に……ここを経つ」
立ち上がるとともに馬へと鞍を掛け、馴れたように支度する風景に異質なモノを見た。先程に馬と称した生き物だ。
額から角が生えている。それに、雪下の草を齧る時に太く大きい犬歯が見える。
「あぁ。コイツ? ……雑食の馬というか変異後の馬だね。休憩なしに全力で走り回れるタフな奴さ」
「さ、行こうか。ぶっ続けで走るから、覚悟してね」
「えぇ、他に行くとこも無いですし」
「ところで、名前思い出せた? いつまでも、呼び名が無くては不便だからね」
小さな唸り声を出し落胆する彼を見るに、未だに記憶が戻らないようだ。普通、霧に晒された意識障害は数時間ほどで収まるのだが、この男はそうではない。
記憶が戻り、コイツが山賊だった場合に備えて手を掛けていた短剣の柄を離して腕を組む。
記憶障害を発症する以前から記憶が欠落していたのではないか。魔術師として変異しているのなら、重い症状が出ない程度の耐性を有している筈だ。
それに、脚枷の痣。繋がれたまま霧の中で倒れていたのなら、あの柱が出来てからあそこに倒れていた事になる。
「エイハブって名前はどうかな。男らしい名前で、しばらく使うには問題ないと思う」
「……じゃあ、それで」
身動きを取れない状態で、生き永らえていた。凍てつく程に冷え込む霧の中、少量の水とカニバルに湧いた霧蛆だけで凌げるとするなら、コイツは人間ではなく変異体だ。
瞼を下ろし、暗闇を見つめる。日に透かされた瞼越しに、うっすらと彼の輪郭が見えた。流れ滴り落ちる様な霧が輪郭を包んでいる。
「……思った通りだ」
「……はい?」
「いいや。こっちの話だよ。……名乗るのが遅れたね。私はイーライ。熱を操る事が出来る魔術師だ」
自己紹介もそこそこ済んだところで、大きな地鳴りの様な音が響き渡る。音の発生源と思われる死の柱へと目を向け目を細めた。
固く絞った布の様な皺が浮かぶ柱の模様が一瞬消え、再び皺が浮かび上がった。捻れた模様の向きが変わった。
柱の影から少し顔を出した太陽が3重にダブついて見えた。光が歪まされているのだろうか。等と考えがよぎるまでの間に霧の壁が目前へと迫っていた。
イーライの後ろに乗り、腹に腕を回す。
「次はどこへ?」
「暖炉とベッドがある場所だよ」
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