第26話 トカゲの誕生日パーティー、さよならの時

「この揚げ物、もう出して!」

「了解です!」


 油の匂いとバタバタと走り回る人たち……この感覚久しぶりだ。

 今日はトカゲの誕生日パーティー……俺はその厨房にもぐりこんでいる。

 俺だとばれないために、髪の毛オールバックでバリバリに固めて銀縁のメガネ、右耳にイヤリングもぶら下げられた。

 初芽さんが目を輝かせて眉毛まで整えてくれて、さっき鏡で見たら完全にイケてる大学生みたいだった。

 感動する俺に初芽さんは「畑で生えてる天然素材だから、料理の仕方次第ではイケるわね」と褒めてるのか、けなしてるのか、よく分からないことを言っていた。和歌乃さんは「わあ、いいですね、わあ、すてきです」と微笑み、俺と写真を撮っていた。

 生徒会室で写真を撮ってから、和歌乃さんは写真にハマっているらしく、学校でもジャワナさんたちと写真を撮りまくっていた。

 それをプリントしてアルバムを作っている姿は正直ほほえましい。

 

「ここ、と」


 俺は揚げ物を指定の場所に入れた。

 フードウォーマーという、温かいまま食品をキープできる入れ物だ。

 この会場の食べ物は、冷たいものは冷たく、温かいものは冷めないように管理されている。バイトしてた総菜屋より金がかかってる。


 会場は都内にあるホテルの地下。

 入ってすぐにダンスパーティーが出来る場所、一番奥は少し高くなっていて、そこに大きなソファーブース、横には豪華料理、一番奥にはナイトプールがあるのだ。来る客の数、総勢200人以上! まじでヤバい。

 仕事でやっといろんな人の顔を覚えてきたから分かるけど……業界の人たちがたくさん来ている。

 入り口には巨大な花の塊? が置かれていて、そこにはプロデューサーや、巨大企業の社長の名前が書いてある。

 頭が小さすぎる女性と、テレビで見たことがある男性が、俺なら一口で食べるサイズのケーキを一緒に食べている。

 そして! 何が面白いって、会場は紫だらけなんだ!!

 届けられる花は紫。中に入ると絨毯紫、ライト紫、ボーイの俺たちの服装、紫。

 紫だあああ~~~!!

 ……頭おかしくなりそう。

 

「濱崎さん、誕生日おめでとうございますー」

「ありがとうございます」


 俺が料理を運んでいると、壇上に色んな人が来てトカゲに挨拶していく。

 トカゲは大きなソファーの真ん中に座って、貢ぎ物を受け取り、笑顔で答えている。 

 後ろにはトカゲ11の子たち、右側は相当有名な女優さん、左には彩華さんが見えた。

 良い場所にいるのを見ると、かなり信用されてることが分かる。

 自分の親友の……そんな写真を撮られて、それでもその男の横に笑顔でいる力。俺できるかな。

 いや、家族が同じ目にあったらするな。それに……和歌乃さんや、初芽さんが同じことされたら、絶対やる。

 そう思ったから、協力すると決めたんだ。


 すべての話を聞いてからも、彩華さんとは学校で全く接触していない。

 彩華さんは自分が詳しいから、逆に盗撮されていてもおかしくないと思っていて、透桜子さんの家に行くときも変装していた。

 連絡は前に使っていたスマホに新しくSIMを入れて連絡用にした。

 だからなのか……準備をしている間もトカゲは彩華さんを溺愛しているように見えた。

 例の毎年恒例の部活紹介の撮影があったんだけど、メインは彩華さんだった。

 言うまでもなく11の他の子達のいじめは激化していて、見ていて正直耐えられない。

 すべては今日のために。


 こういうパーティーの時はとにかく汚い皿がたまる。

 俺はそれを延々と片づけて、箸の補充や、掃除をしていたら、入り口のほうがザワッとした。

 人が道を空ける。

 そこに見えたのは紫の花束。そして発光しているように見えるほど派手な紫色のスカート。

 光を飲み込んでキラキラと光るラメと、紫のメッシュが美しい髪の毛、そして爪の先まで紫で塗った如月初芽が現れた。

 人の真ん中、胸を張り、まるで世界の中心は自分だと見せつけるようにハイヒールで歩いてくる。

 圧倒的な存在感に、みんながどよめく。

 ……すごい、さすが女優さんだ。俺は壁に少し隠れてその姿を見た。


 あれは、如月初芽を全力で演じている、和歌乃さんだ。


 見分けが付かないどころか、如月初芽以上に、如月初芽に見える。

 歩き方から、眉毛の位置、微笑み方から指先ひとつまで、全部和歌乃さんではない。

 ここまで演じられてなお、学校ではあのままでいたのだ……と驚く。 

 和歌乃さんは目を細めて、紫の花束をトカゲに渡した。


「誕生日おめでとうございます、濱崎さん」

「如月初芽さん!! 僕のパーティーに来てくださったんですね、ありがとうございます!!」

「呼ばれてないのにお邪魔しても……大丈夫でしたか?」

「全然、全然いいですよ、嬉しいです、ありがとうございます! さあさあ、座ってください!」


 横に座っていた彩華さんをどかせて、横に初芽さんを座らせた。

 初芽さんの事前調査で「有名な子が来るのが一番うれしいらしく、とにかく有名な人に声をかけまくっているから、初芽が来たらトカゲは喜ぶ」と言っていた。そもそも「11に入ってほしい」と入学当初から声をかけてきていたので「元々ファンなんじゃね?」とも。

 映画番組をやるくらいなんだから、映画をメインに出ている如月初芽のファンでも変ではない。

 彩華さんはトカゲの言葉に無言で頷いて、後ろの列に並んだ。11の他の子たちが「ざまぁ」という表情で見ているが、すべて初芽さんが考えた流れ通りだ。


『どーも、どーも。聞こえる?』


 俺は右手でイヤフォンを抑えた。


「……ああ、ばっちり聞こえる。和歌乃さんのメイクと服すごすぎるだろ」

『超楽しかったんだけど。どう? 和歌乃頑張ってる?』

「すごく良い感じだ。真ん中に座って……もうすぐ乾杯だ」

『おけおけ。こっちも一応見えるけど』

「頼むよ」


 耳に入れているイヤフォンと繋がっているのは初芽さんだ。

 俺と同じようにこのパーティーに裏方として忍び込んでいる。

 誕生日パーティーは毎年同じ場所、同じような日付(七月末の土曜日)らしく、それを目当てにバイトに申し込んで通った。

 作戦を確認しよう……と思ったら、トカゲが和歌乃さんの横に跪いた。

 そして和歌乃さんの手の甲にキスをした。


「?!?!?!」


 ゾワワワワッと身体中に怒りが走り抜けてすぐ横にあるシャンパンタワーをぶん殴りそうになって驚いた。

 同時に、

『冬真、落ち着け!!』

 と初芽さんの声が耳元が響いた。

 そうだ、落ち着け。俺がブチ切れて、すべてダメにしてよいわけがない。

 でも血が足の指先から沸騰するような感覚は初めてで、驚いたんだ。

 そして自分に破壊衝動があることにも驚いた。

 和歌乃さんは自分の横に跪いたトカゲをみて満足そうに微笑んでいる。

 その表情は愛玩動物を見るように慈愛に満ちていて、それでいていますぐトカゲの首を切り落としそうに見える。

 これが女優の本気の演技……!


『冬真くん、落ち着いて。ある程度手を出してくるのは予想の範囲内よ』

「わかってる」

『これ以上何かしたら、私が動くわ』

「初芽さんはダメだろ。違う、俺たちはいま、和歌乃さんの演技をみている観客だ、そうだろ」

『そのとおりね』


 俺たちは和歌乃さんとトカゲの会話側に音声を切り替える。


『濱崎さん、ナイトプール見せてもらえませんか? 私見たことなくて』

『そうですか! 紫のライトアップが美しい自慢の場所なんです。ふたりで行きましょうか』


 あのクソトカゲ……!!! 

 これ以上和歌乃さんに何かしたらマジで口から棒入れて丸焼きだぞ?!

 分かってる、分かってる、俺は皿を片づけながら音声に集中した。 

 和歌乃さんは指先をひらひらと舞わせて、


『みなさんで行きましょう? そんなに素晴らしい場所なら記念撮影したいですし』

『そうですね!』


 トカゲは嬉しそうに細い目をさらに細めて、みんなを連れてナイトプールに向かった。

 俺は汚れた皿を厨房に運んだ。そして厨房からナイトプール用のゼリーやプリンを持ち出して補充しながら見守る。

 補充しながら更に驚いてるんだけど……なんだこのプールは?!

 部屋自体は当然紫にライトアップされていて、プールに紫のラメのようなものが浮いている。

 それにライトがあたってキラキラと輝いていて、真ん中には『ハッピーバースデー』という巨大風船が浮かんでいる。

 もうセンスの悪さが異次元こえて異世界。

 プールサイドにソファーが準備してあり、トカゲはそこに和歌乃さんを座らせた。

 そして手を握る。

 だーかーらー--、どうして手を握る必要があるんだよ?!

 イライラしてプリンをつぶしそうになるが、お客さんが取りに来たので、持っていた生クリームをシュワワと載せて渡す。

 和歌乃さんは目を細めて微笑み、トカゲの手を引いて立ち上がった。


『すてきなプールですね。なによりこの紫色。いつも思ってましたけど、お好きなんですか?』

『はい!! 僕のラッキーカラーなんです。この色に囲まれてないと落ち着かなくて』

『そうなんですか。じゃあ、紫じゃなくなったら?』


 その言葉と同時に、部屋の電気がパスン……と落とされて、紫から深い緑色に切り替わった。

 水の中のライトも、全部だ。紫の風船だけが気味悪く浮かんでいる。

 会場がざわめき始めた。


『なんだ?! えっ。ちょっとまって、どうなってるんだ?! おいSP、ちょっと見てこい!!』


 トカゲは叫んで左右を見渡した。

 見守っていた大人たち……あれがSPだったのか……走り出してナイトプールから出ていく。

 それを確認してから、和歌乃さんはトカゲの目の前で小さく震えだした。

 それは本当に小刻みに。でも俺くらい離れても、分かるくらい大きく。

 そしてクッと手を動かして、人差し指から順番にトカゲの腕に着地させて、掴んだ。

 困りましたね……と斜めに目を伏せて軽く首を振る。


『あなたを守ってくれる紫色が消えてしまいましたね』

『なんだよ、何もないよ、おいSP、ちょっと何がどうなってるんだ?!』

『濱崎さんが紫が好きな理由、知ってますよ』

『えっ……?!』

『小学校の時、あなたが好きだった詩織さん。紫色のくまちゃんをくれましたね。あなたはずっとその子が好きだった』

『どこでそれを……?』


 和歌乃さんはトカゲの手をつかんで、自分自身もぐぐいと近づいた。

 紫色の髪の毛がざわぁ……と広がり、肩に落ち着くまで数秒、そしてその距離30cm。

 髪の毛の隙間から和歌乃さんは口を開いた。


『詩織さんは、突然あなたの前から姿を消した』

『?! ちょっとまてよ、お前、どこから声が出てるんだ?!』


 驚いたことに和歌乃さんは、口を開いて言葉を出しているように動かしているのに、なんと少し遅れて言葉を発している。

 口の動きと喉の動きをずらしているのだ。


『私じゃないです、私は何も話してませんよ、濱崎さん』

『なんだ初芽さん……』

『私です、詩織です、私が話してるんです』

『えっ?! なにがどうなって……!!』

『あなたは私をずっと探してくれてましたね、ありがとう。紫色の封筒のお手紙届いてますよ』

『えっ……なんでそれを……詩織、本当に詩織なのか?』


 和歌乃さんは「ええ」と頷いてトカゲの頬を両手で触れる。

 とても大切なものに触れるように、あまく、優しく、撫でるように。

 その表情のまま、にっこりと微笑んだ。


『私はあなたたち一族に追い出されたんです』

『えっ……?』

『金目当てに近づく卑しい女。そう言われた私をかばったお父さんは何故か訴えられて一家離散。あなたが私を探して愛して身に着けていた紫色……』


 和歌乃さんは指先をトカゲの頬に食い込ませる。


『私にとっては呪いの色』

『ひっ……!!』

『ずっと愛してくれてありがとうございます、お手紙を何年もありがとうございます』

『知らなかった、知らなかったんだ……!』


 その言葉に和歌乃さんは目をくっ……と開いてトカゲに顔を近づけた。


『知らなかった……? 嘘ですよね』

『えっ……?』

『知っていて、紫を身につけて、だぁいすきなお父さんにアピールしてたんですよね?』

『そんな、違う、そうじゃない、これは俺の愛の色だ……!! 詩織への愛の象徴だ!!』

『俺は何もしらないガキじゃないと、私を使って父親にアピールしてたんですよね? 死体を二度殺した』

『詩織、違うんだ、詩織、聞いてくれ詩織』


 トカゲは和歌乃さんにしがみついていく。

 和歌乃さんは今までの表情を一変させてゴミをみるような目つきになった。


『ちっせーガキ』

『黙れー-----!』


 そう叫んでトカゲは初芽さんをナイトプールに突き飛ばした。

 大きな水しぶきをたてて初芽さんがプールに落ちた。

 トカゲはまだプールサイドから罵倒を続けている。

「お前は俺の愛を何もわかってない! だからそんなことが言えるんだ、俺をバカにするな、何様のつもりだクソ女!!」

 緑色のナイトプールに、彩華さんが持って撮影しているスマホが明るく光っている。

 いや、彩華さんだけじゃない、複数の人たちがトカゲが突き落として罵倒し続けるのを録画していた。



 撮った、みんなの目の前で、トカゲ自身が悪さをした絵を撮った!! 



 俺は胸元に入れていたペン型盗撮機とスマホを机に投げてプールに飛び込んだ。

 服を着たまま水に飛び込むと、予想以上に身体が重たい、沈みそうだ。

 でもそんなこといったら、今水に落とされた和歌乃さんのほうがつらいだろう。

 俺は水の中、落ちている和歌乃さんに向かって必死に泳いだ。

 泳いでも泳いでも、和歌乃さんまでたどりつかない。

 この日に向けて泳ぐ練習をしていたけど、このプール、ラメが入ってて濁ってる!!

 身体にぞわぞわと何かが張り付いて、めちゃくちゃ動きにくい。

 重たい身体を動かして泳いで、泳いで、なんとか和歌乃さんの所までたどりついた。

 手繰り寄せて、引っ張り上げるように水面へ、息が苦しい!!

 水面から顔を出すと、和歌乃さんの反応がない。


「和歌乃さん!!」


 俺は思わず叫んで頬を叩く。

 すると和歌乃さんはゆっくりと目を開いた。 

 水面で頭でもぶったのだろうか……俺は安堵して和歌乃さんを抱き寄せた。

 和歌乃さんも俺にしがみついてくる。

 そして小さな声で言った。


「撮れましたか?」

「ああ、撮れた。大丈夫だ。大丈夫だから」

「良かったです」


 俺は和歌乃さんを水の中で抱き寄せた。

 本当に良かった、怖かった、本当に怖かった。


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