第25話 神の手よ、我に力を!

「寺田くん、恋愛成就のパワー持ってるって聞いたんだけど、マジすか」

「飯田先輩。掃除をしましょうか。ひっくり返すだけひっくり返して、なんの話ですか」


 仕事がない放課後、俺と和歌乃さんは飯田先輩に生徒会室に呼び出された。

 適当に箱に放り込んである去年渡したプリントを整頓したいと言われたのだ。

 プリントは、引っ越し用の段ボールに初芽さんの文字で「出したの」と紙が貼り付けられてて、そこに投げ込まれている。

 中を見ると、配布してあまったプリントも全部投げ込まれていた。

 あまりにも雑。

 雑の極み。

 生徒会室自体はかなりきれいになり、床にゴミが落ちていることはなくなった。

 見えるところは整頓して、ソファーの布も洗った。分解して出来るところまで洗い、干した。

 すくなくとも日当たりがよいソファーと机周辺はきれいになり、俺たちはそこで昼ごはんを食べていた。

 なのでキレイになった机にプリントをひっくり返して、どんどん仕分けし始めた。

 マスターデータがあるのかも分からないので、とりあえず一枚は取っておいて、あとは捨てる!

 整頓していたら、飯田先輩が妙なことを言い出したのだ。


「寺田くん、もう有名よ。私、めっちゃ聞かれるもん、ふたりの生徒会室の様子」

「そりゃ鍵取り上げましたからね、ここに入れるの俺たちと飯田先輩だけですし。ていうか、活動してるのも俺たちだけだし」


 掃除してから他の生徒会の子たちが「キレイになったらお菓子食べたい~」と入ろうとしたが断固拒否。

 「活動するのか?」と聞いたら「お菓子食べる~」の一点突破なので、先生経由で鍵を取り上げた。

 球技大会特別号を発行したタイミングだったので「俺たち三人でやりました。他の人はしてません!」とアピールするのに丁度よかった。

 だから俺と和歌乃さんの普段の様子を見ているのは飯田先輩だけだ。


「寺田くんの髪の毛はご利益があるから、ちぎって持ってこいって言われた」

「こえええええ!!」


 俺は頭を抱えて叫ぶ。

 むしろ俺が呪われるんだろ、それ!

 怯えながらプリント片づけている俺の横で、飯田先輩はまるでやる気なく、ソファーに転がってトッポをかじった。


「私さあ……プールの掃除係したいのよねー」

「ああ、そろそろですね。わりと楽しいって聞きました」


 うちの学校は屋上にプールがあり、七月頭にはそこの掃除がある。

 毎年有志が掃除してて、水かけ大会になってわりと楽しい、水鉄砲を持ち込むやつもいて大騒ぎ……とは聞いていた。

 俺の横でプリント整理していた和歌乃さんがしれっと口を開く。

 

「安藤先生が担当だからですね」

「初芽!!!!!!! ペラペラ話すこの口にはトッポをねじこんでおきましょうね、うわあ、美味しいね、最後までチョコたっぷりねぇえええ??」

「むくっ……むくっ……」


 口に5本くらいのトッポをねじこまれた和歌乃さんは、むくっ、むくっとトッポを食べている。

 いや、食べさせて黙らされたのだ。 


「安藤先生ってうちのクラスの担任ですよね?」

「飯田先輩は、安藤先生が好きなんです」

「初芽えええええ?!?! あーん、ちょっとこのお口にトッポが足りないみたいねえ~~ああ~~ん?? もうトッポがねーよ!」

「ごちそうさまでした」


 和歌乃さんはニコニコ微笑んで、プリントの整頓をはじめた。

 ソファーには空のトッポの袋を抱えた飯田先輩だけが残された。無残……。

 和歌乃さんはわりと容赦ないというか、本音を曲げないというか、建前を知らないように見える。

 わりと恐れ知らずで、そこは初芽さんに似てるなあとふたりと一緒に居ればいるほど思う。

 安藤先生はうちのクラスの担任だが、若くてイケメンで生徒たちから人気がある。

 西宮が持っているプロサッカーチームの選手で、午前中は教師、午後は選手として活動してると聞いている。

 こういう人が教師として働いてるのも西宮の魅力なんだろうけど……そうなんだ?


「それでうちのクラスにわりと来てたんですね」

「もういいわ、もーーええわ、そうそう。私安藤先生ね、ファンなの。だって見た? エンドラスとの試合。安藤先生シュート決めたんだけど、すっごくかっこよかったのよ」

「サッカー見ないですね」

「今見ようか、ほら、今見よう」

「……へえ、サッカーしてますね」

「寺田くぅぅん?! その反応すっごく薄いと思う。学食のうどんスープより薄いと思う」

「あそこまで薄かったですか。サッカーだ!! こんなくらいでどうですかね」

「雑ぅぅぅ~~」


 うちの学食は、全体的に味が薄くて有名だ。

 とくに一番安い素うどんは、たいしてお湯を切らぬままスープに投げ込むので、地獄の薄さ。

 ……じゃなくて。俺の目の前に飯田先輩の顔があった。あまりに近くて持っていたプリントをぶちまける。


「寺田くんのパワー。私貸してくれないかな。初芽が! ここまで毒気抜かれたパワーを!」

「なんですかそれ」

「寺田くん……じゃあ、あれはどうですか?」


 ぎゃあぎゃあ叫んでいた俺たちの横に、和歌乃さんがマッキーペン片手に立っていた。

 それを俺に渡してよこにチョコンと小さくなった。


「寺田くんに掌に絵をかいてもらうと、きっとパワーが出ます。それが書いてある手なら、きっと当たりを引けますよ」

「ええ……?」

「よっしゃ、寺田くん書いて!! これから抽選会なの、別に告白しようとか思ってないけど、二年連続で外れてるのつらいんだ!」

「書きますけど……下手ですよ?」

「いーって!」


 俺の目の前にずいずいと飯田先輩は掌を出してきた。

 じゃあ遠慮なく……俺はマッキーで相変わらず下手くそなコケッコを書いた。

 和歌乃さんが楽しそうに、くすぐったくてもじもじしている飯田先輩の指先を、ひっぱって伸ばしたりしている。

 本体を書いて……と思ったら、ちゃんと赤色のマッキーも和歌乃さんが準備していた。

 それでトサカを書いて、と。うん、完璧、前より上手になったな。

 少し満足していると飯田先輩は「まじで?」みたいな顔して、

「くっそ下手」

 と言い切った。

「……。消しましょうか?」

「いやいや、サンキュー! くじ引いてくるわ!!」

 書いてあげたのに酷い言い草で、飯田先輩は即生徒会室を出て行った。

 生徒会室には俺と和歌乃さんと、ひっくり返しただけのプリントが残された。

 ……なんで?

 和歌乃さんはお祈りするように両手を合わせて目を閉じた。


「飯田先輩は、ずっと安藤先生が好きだったんですよ。私ずっと初芽に相談してる声を聞いてました」

「まあ安藤先生かっこいいよな」

「そんなにプール掃除係は楽しいんですか?」

「俺はやりたくないけど。着替えが面倒だし、なにより立候補してるやつらは『学校でプール掃除!』みたいな写真SNSにアップしたいだけだからな」

「私も……そういう写真、撮ってみたいです。学校の写真なんて、なくて。この前の球技大会の写真も、まだ注文できなくて」

「……なるほど。とりあえず、俺が超キレイにした生徒会室で写真撮っとく?」

「はい!」


 小学校中学校と学校に行ってない和歌乃さんは、学校行事の写真というものがないのか。

 小学校の時は壁にはられてて親が見に来て注文するシステムだった。

 体調が良い時の母さんが見にきて、教室に顔出してくれるの、恥ずかしいけど嬉しかった。

 いつの間にかネットで注文できるシステムになってて、あれは無くなったな。


「はい。じゃあここに来てください」

 

 和歌乃さんは律儀に、ひっくり返されたプリント山の前に座った。

 そしてスマホをもち上げて「こんな感じでしょうか」とプリントの生徒会室が入るアングルを探している。

 わざわざ汚い所じゃね? なんで? と思うが、今から片づけるならビフォーアフターしてもいいか。

 俺は膝を抱えて丸くなってる和歌乃さんの横に座ったら、和歌乃さんは手に何か持っていた。


「それは?」

「初芽の写真です。その山から発見したんです」


 見ると去年の運動会で小麦粉の山から飴を見つける……くじで引く最悪なゲームをしている初芽さんの写真だった。顔が真っ白で目だけ黒くてヤバい!


「ここに埋めてたんだな!」

「そうですね。これは一緒に写真に写りましょう」


 和歌乃さん……。なかなか酷いな。

 面白いからいっか~とふたりで写真を撮ろうとした後ろの生徒会室のドアがバターンと開いた。


「当たりくじ引いたぁぁ!! 寺田くんの御利益やっば!! うほほほ~~い!」


 結果初芽さんが顔が白い写真を手に持ち、背景にはプリントの山。

 そしてドアから飛び込んでくる笑顔満点の飯田先輩という情報が多すぎる写真が出来上がった。

 和歌乃さんはすごく嬉しそうにコンビニでプリントして、写真立てに入れていた。

 初芽さんが発狂して庭に投げ捨ててたけど。


 学校の写真がないなら、なるべく撮ろうと俺は思った。

 大きく抜けたアルバムがあるなら、これから一緒に作っていけばいいと思う。

 仕事場でも、どこでもいい。それが和歌乃さんの記録になり、大切な記憶にもなっていくから。

 

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