第23話 約束
「どうぞ、入って~。マックパーティーよ」
「お邪魔します……って、こんなにポテト食えないだろ」
「バーベキューソースとマスタード、ケチャップもあるのよ。私のおすすめは……マキシム!!」
「はあ? なんじゃこりゃ、胡椒?」
「そう言わずに、ほら、ふりふりして食べてみて?」
「……なんだこれクソ旨じゃん!」
「でしょーでしょー悪魔の粉よマキシム」
初芽さんは顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。
今日は和歌乃さんがいないのに、和歌乃さんの部屋に集合している。
目の前にはノートパソコンが置いてあり、そこから音声が流れてきている。
横を見るとスマホと繋がっていた。
「これは和歌乃さんの音?」
「そうそう。今日はふたりで聞くからこうしてる。聞きやすいっしょ。バックアップも取れるし」
「なるほどなあ。彩華(いろは)さんも初芽さんもそうだけど、メカに詳しいよな。女の人なのに珍しいな」
「古っ!! 今の時代『女だから』『男だから』ってのは時代遅れ。女でも男でも、何に詳しくても良いじゃない?」
その言葉に俺はうなずいた。確かにそうだ、思い込みがあった。
俺はなんとなくメイクさんや衣装さんは女性が多いと思っていたけど、現場に入ると男性のほうが多かった。
俺の頭は古い。
今日は和歌乃さんが透桜子(とおこ)さんの家に行く日だ。
誕生日パーティーで何かあり、不登校になっている女の子がいると知った和歌乃さんは言った。
「透桜子さんにお手紙を書いてみたらどうでしょうか」。和歌乃さんはたくさんのレターセットを持っていて、お手紙を書くのが好きだと微笑んだ。
作戦本部長の初芽さんのOKを貰った和歌乃さんは手紙を書き、それを和歌乃さんとして働いていた初芽さんが渡した。
「まず彩華さん経由で聞きたいことがあるの。色々デリケート。まずは私に任せて」と。
あとで耳の調子が悪いと教えてもらったけど、そういう事を確認してから俺たちに聞かせる……そんな気遣いが出来る初芽さんをすごいと思う。そう伝えたら「私なら未確定情報をペラペラ言われたくないから」と言い切った。
あれから何度か和歌乃さんと透桜子さんは手紙で話して、今日会うことになった。
味方だと認識して貰えたようだ。
初芽さんは「私が行ってもいいのよお?」と言っていたが、和歌乃さんが行きたがった。
長く不登校だったし、気持ちがわかるという自負もあるようだ。
俺と初芽さんは、和歌乃さんの家でそれを聞くことにした。
聞く会だと思ったが……目の前には大量のマック。とにかくポテト、そしてアップルパイ。
「アップルパイ好きなのか?」
「マックのアップルパイ大好き。アイスのせると最高に美味しいのよ。持ってきてあげる!」
「お、おう」
初芽さんはあれもこれも俺に持ってきて、楽しそうだ。
そしてトースターで温めたアップルパイにアイスをのせると最高に旨かった。
食べていると、和歌乃さんと透桜子さんが話し始めたのが分かった。
和歌乃さんが持って行ったノートパソコンと、ここにおいてあるノートパソコンの画面がリンクされているようで、書き込んだ内容がそのまま出てくる。
何から何まで俺にはわからない技術だが、便利だ。
『はじめまして、透桜子さん、如月初芽です』
『はじめまして。来てくれてありがとう。お手紙をくれたお友達にお礼を言いたいわ。本当に夜のお散歩って気持ちがいいのね』
『その子も言ってたわ。日中は出たくないって』
『手紙の子が初芽さんが色々探ってるって教えてくれた。味方だって』
『そうね、私たちはみんな同じ。トカゲを落としたいの』
『手紙を書きながら冷静になって……やっぱり私、ちゃんと話そうと思ったの。今ストレス性ショックで耳の調子悪くて聞こえないけど。ごめんね、あはは』
『笑いごとじゃないわ。全然笑えない』
『そうね、その通り』
そういって、透桜子さんは静かに去年の誕生日パーティーで何があったか語り始めた。
『11の子たちに……トカゲが言ったのよ。今俺が一番気に入っているヤツを俺の番組のナビゲーターにするって。それを聞いた瞬間、みんなの目の色が変わったの。その時は私が一番気に入られてたから……あのパーティーの時、みんなが水をかけてきて……』
『ひどい』
『それで濡れた服を……11の子達が、着替えさせてあげるって……善意だからって……』
俺は聞きながら、あまりの言葉に目を強く閉じた。
つらい。
『その動画をトカゲは笑顔で撮影してました』
『……うん』
『彩華は、トカゲに気に入られて横について……スマホのパスワード見ようとしてる。指紋は無理だから、せめてパスワードって。データを消したいって。データはすべてスマホに入ってるけど……パソコンにも入ってるかも知れない。たまに写真を、動画を、トカゲが毎日見てるって聞いて、私、つらくて、無理で』
あとはすすり泣く透桜子さんの声と、なだめる和歌乃さんの声が続いた。
俺は久しぶりにガチで腹立って目の前が赤くなった。
血管の二本や三本切れてるんじゃね……? と横を見たら、初芽さんは完全に無表情だった。
あれ……? もっと鬼みたいにキレると思ったけど……。
初芽さんはシェイクを飲んで机に座った。あ、でも俺これ分かる、部屋でキレた時もこんな風で……。
思わずあとずさりすると、予想とおり「くあああああ、むかつくー---!!」と初芽さんは目を血走らせて叫んだ。
「自分は手を汚さず、それをにやにや見てるだけで、これを言わせるだけであの子はめちゃイヤな気持ちになったのに、それでも結局トカゲは何もしてないって事にしかならない。やってるのは11の子達で、トカゲは撮影してただけって言い切れちゃう。悪いことしてる現場動画ですって言われちゃうのよ? これってあれよ? 公になったら問題になるのは11の子たちなのよ? そうやってイジめたって、トカゲが週刊誌に売ってもおかしくない。どーしてそこまで考えないのかな? トカゲの前でそういうことするってことは、全部終わりなのよ!! あのトカゲ、絶対に私がすり潰してトカゲ団子にしてやる、待ってろクソ野郎!!」
はあ、はあ、と言い切って「だるっ……」と、初芽さんはガクンと座り込んだ。
え? 顔色が悪い。
よく見ると頬が真っ赤で、触れると熱かった。
「初芽さん、熱があるんじゃないか」
「ここ数日ちょっと喉が痛かっただけ。さっきは熱、少ししかなかったし」
「少しって何度だよ?!」
体温計で計らせたら38.2!! 何が少しだ?!
全然体調が悪いって気が付かなかった!
ここ数日って……あの日雨に濡れたから?!
電話で道尾さんに対処方法を聞き、初芽さんを部屋に連れていくことにした。
「なるほど。これはすごいな」
「うっさい、黙れ。そこのマスク。加湿器、全部つけて……あと寒い」
「分かったから横になれよ」
部屋の主の和歌乃さんがいないのに、和歌乃さんのベッドを使うわけにもいかず、初芽さんを部屋まで連れてきた。
道尾さんは今和歌乃さんに付き添っていて、戻るのに一時間以上かかる。
それを頼んだのは、俺と初芽さんだから仕方がない。
道尾さんに伝えたら「体調が悪いことに全く気が付きませんでした」と言われた。
強い顔が上手すぎるのか、あの日何があったのか聞けることにテンションが上がっていたのか分からないけど、無理しすぎだ。
初芽さんはマスクをした状態でベッドに入り、身体を小さくした。
発熱してて寒いのか? 俺は転がっていた布たちを全部かけてみた。
その状態に初芽さんは薄く笑う。
「……役にたった」
「こうしてかけて……とりあえず整頓するか」
「バカじゃん。てかほっといて。もう大丈夫だし」
「道尾さんに殺される」
俺がそう言うと、初芽さんは「こほっ……」と咳をして笑った。
叫んだから更に喉が痛くなったのだろう。俺は軽く部屋を片づけながら……と思ったけど、前に菫のものを片付けよとして怒られたのを思い出した。曰く「女子の私物には意味があるから触れるな」。
その言葉を思い出して、見ちゃいけないと思いつつ……荷物の山を盗み見る。
「……これは全部初芽さんの頭の中なんだよな」
「なによそれ」
初芽さんはなるべく喉を使わないように小さな、今にも消えてしまいそうな細い声でいう。
「いや、布とかさ、化粧品とか色々あるわけだけど、全部初芽さんが考えて買ったもので、それって脳内が出てきてるようなものだろ」
初芽さんは何か言おうと俺のほうをチラリとみたが布団にもぐりこんだ。
俺はクラスメイトの部屋にいるという非日常に落ちつかず、静かに話し続ける。
「初芽さんは話しててすごく頭がいいのが分かるから。まあこれだけ詰まってるわなあ、と思う。俺は何もないからなあー」
「……あんたはそのまんまでいい」
「マジで? 社長さんにそういって貰えると嬉しいな」
「社長? ……そうね、私が見出したんだもん」
「頭がきれる人に見出されるって事は、俺も大丈夫かもと思うよ」
初芽さんのメモはいつも的確で、読むたびに「すごいな」と思っている。
日中仕事して部屋で服を作って、俺のために指示を入れて、あげくトカゲのことでアイデアも出してくれている。
どれだけのバイタリティーなんだよ……と驚いてしまう。
考えていると初芽さんはうとうとし始めたように見えた。
熱があって喉が痛い相手に話しすぎた。
出ていこうと立ち上がろうとしたら、腕をぐっ……とつかまれた。
その手は服の上からも分かるくらいめちゃくちゃ熱くて「やば」と思った。
「……寝るまでいなさい。……道尾に殺されるわよ」
「おけおけ。ここに居るよ」
「トカゲ、一緒に燃やそうね、絶対よ、一緒になんだから」
「ああ、そうだな」
「私が本気になったらどうなるか見せてやる……」
くそ……ぽんこつな身体め……と呟きながら眠りに落ちていく初芽さんを黙ってみていた。
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