第22話 家族との休日
「美琴、俺が持ってきてるのは、着替え二組だけだ。これ以上濡れると何もない」
「にぃにの上着がある!」
「これは俺の上着。美琴の着替えじゃない。これを貸したら俺は裸」
「にぃに変態! 菫ちゃん、あっちのアスレチック行こうー-」
「おっけー!」
ふたりは楽しそうに日差しの中に消えていった。暑い、すごく暑い。ここまで水遊びに適した日になると思ってなかった。
知ってたら最初から美琴には濡れてもよいラッシュガードを着せてきたのに……。
七月に入った日曜日。今日は仕事がないので、菫と美琴を連れて少し大きな公園に来た。
月に三日ほど仕事がない週末があり、そこは家族と過ごせているので本当にうれしい。
前はずっと総菜屋で働いてたから、休日にゆっくりすることも出来なかった。
お昼休みが終わった時間から働いているので、平日は19時くらいに帰宅できて、夕飯を作ることも出来る。
でも最近の食事はすべて父さんと圭一さんが作ってくれていて、俺はそれを食べているだけだ。
「働いて家族を支えているんだ。お前ももうこの家の柱の一部なんだ。家事は出来るほうがすればいい」と言ってくれた。
正直、なんの役にも立ててないけど、そういって貰えると嬉しくて甘えている。
「どう? 仕事は。偉いねえ、高二で働いて家族支えて」
俺の横で転がって本を読んでいた圭一さんは笑った。
父さんの弟子である圭一さんも今日は一緒に来ている。家にいると父さんとずっと仕事してしまうので、母さんに追い出されのが正解だけど。
今頃ふたりしかいない家でゆっくりしてると思うと嬉しい。
圭一さんも父さんも研究熱心すぎて、時間を惜しんで仕事してしまうから、気分転換が必要なんだ。
俺はお茶を飲んで苦笑する。
「いえ……本当に、全く役に立ってないです。ただ居るだけで」
「最初からそんなバリバリ仕事できるわけないじゃん。でもあの世界大変だろ。俺は全然無理だったなー」
そういって圭一さんは苦笑した。
そういえば圭一さんは二十代の頃は服飾デザイナーとして働いていたと聞いた。
結構有名だったと父さんから聞いたけど、初芽さんに聞いたら何か分かるのかな?
圭一さんはポテチを口に入れてビールを飲む。
「あの世界は仕事より口が上手い人が偉いから。俺はただ服が好きな地味なパタンナーだったから地獄だったよ」
「知り合いで……服飾の仕事をしたいって子がいるんです。そんなに大変なんですか」
「一言で服飾って言っても色々あるけどね。俺は性格が職人で、表に立たされるのは無理だったなー」
「なるほど。衣装を準備する方と、作る人とか……色々ありそうですよね」
「適材適所に居られればよいけどね。思い通りの場所に居られるとは限らないかな」
初芽さんが挨拶に来た時、圭一さんは「家族じゃないから」という理由であの場所に居なかった。俺は圭一さんをお兄ちゃんだと思ってるし、手作りだというドレス……見てあげてほしかった気もする。
和歌乃さんも頑張ってるけど、初芽さんもすごく頑張ってるから、夢がかなうと良いなあと思うのだ。
突然巻き込まれたこの状況だけど、俺はわりと現状を気に入っている。
家族と過ごせる時間もお金も増えた。勉強する時間も確保できている。
これはすべて初芽さんのおかげなので、感謝している。
雨が降った日……同じスタジオにいるんだから、一緒に帰ろうと言ったら「あんたほんとバカね」と言われた。
バスと電車では遠回りだ。それに濡れていたから。
駐車場からこっそり乗ればいいのに……と思ってしまうが、初芽さんは色々考えて動いているようだから黙った。
もう仕事してるんだし、如月和歌乃として出てきても……と思うけど、中身は初芽さんのわけで。
そして高校卒業までは「説明が面倒すぎるからこのままで行くつもり」と初芽さんは言っていた。
衣装会社からも「如月初芽の妹が働いている」という話は聞かない。
上手に立ち回っているんだろうな……頭が良い子だから。
よく考えたら、頭が良いのに勉強は全くダメで笑ってしまった。
この前もトカゲの話をしてて「トカゲなんだから草食ってろよ」と笑うので、実は肉食のほうが多いと教えた。
「ええー-、キモイー-」と顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
ふたりとも見るようになって分かってきたけど、初芽さんには初芽さんしかしない表情が、和歌乃さんもそれがある事に気が付いてきた。
本当に楽しいと初芽さんは顔を中心に集めてくしゃくしゃにして笑う。
和歌乃さんは目じりをゆっくりと下げる。
初芽さんはすぐに机に座って足を組んでぶらぶら揺らす。
和歌乃さんは指を食べるかわりに、爪をパチンパチンさせる。
同じ顔で、全然違うふたり。
「にぃにー--、どろんこすごい~~~」
「ぎゃああああ!!」
俺は思わず叫んでしまった。
美琴が全身泥だらけで現れたのだ。何をどーしてどう遊んだらこうなるんだ?!
菫は半泣きの表情だ。
「止めたけど無理だった。水遊び場の水が溢れて、そのまま巨大な池ができてるの。そこで地獄の……地獄のっ……!」
「あああ、これでも止めてくれたんだな、ありがとう」
「ひどい有様だったわ!!」
菫は叫んで座り込んだ。菫はキレイ好きで、子どもの頃から泥が苦手だ。砂遊びも全然しなかったイメージがある。美琴は真逆で、泥をみると頭から突っ込んでいく。
「ほら、これに着替えろ」
「菫ちゃんのお古やだなあ。黒とか地味なんだもん~~~」
美琴は俺が取り出した着替えに口を尖らせた。
ふたりとも女の子なので、菫が着てサイズアウトした服は自動的に美琴のところに流れるが、お古をものすごく嫌がる。
学校に行くと「菫ちゃんが着ていた服ね」と言われるのがイヤらしい。同じ小学校に通っているんだから、当然の反応な気がするが。
俺は泥だらけの服を指さして叫ぶ。
「むしろ泥遊びしてるなら、黒と紺でいいだろ!」
「それを言うなら、今着替えても無駄だと思う。まだ遊ぶんでしょ、あの恐怖の沼地でっ……」
菫は恐怖に震えた。
「俺が一緒にいくよ。美琴ちゃん待って待って、触らないで? やめてくれえ~」
「圭一兄ちゃんも一緒に泥の中に入る? 寝転がると気持ちいいよ?」
「ふ、ふぅん……? 圭一兄ちゃんには早すぎる遊びかな……?」
ふたりは楽しそうに消えていった。
菫と美琴。普通の姉妹だ。それでも同じものを使うのは嫌がるし、個々として主張があり、驚くほど別の人間だ。
それをみるたびに、ずっとふたりで一人を演じていたふたりはつらかったんじゃないかと思うんだ。
だから俺はふたりの違いを毎日集めている。初芽さんと和歌乃さん。菫と美琴。
そういうのすごく好きだから、人間を育てていくマネージャーって仕事、わりと嫌いじゃない。
「お兄ちゃん、どう? 仕事は」
「おう。わりと悪くないぞ」
家族がかわるがわる心配してくれて嬉しい。
菫は最初「なにあの変な人、あんな人の面倒みるなんて、お兄ちゃん大丈夫なの?!」とものすごく心配してくれた。
でも前より家にいるのを見て「悪くない」と言っている。ストレートにお兄ちゃん想いで、うれしいぞ?!
菫は凍らせてきたゼリーを食べながら、
「あの女の人、ずっとあんな感じなの?」
「うーん。まああんな感じだったり、違ったり。あ、でも菫がいることで助かってるんだ。菫だってさ、昼間はしっかりしてるけど、夜コンビニに行くときは部屋着でひっつめ髪だろ。女の人ってふり幅デカいんだなーって知ってるからさ、色々助かってるよ」
「昔から思うんだけど、お兄ちゃんって全方向に優しいじゃん?」
「そんなつもりないけど」
「それで毎回良いように使われてるよね? 家庭教師みたいなことしてるのに無料とか、お弁当ついでに作ってあげるとか」
「あーん……うーん……?」
全く覚えがないかと言われたら嘘になる。
塾にいくお金はないけど勉強したいと言ってた同級生の面倒を見たことはあるし、親が何もしてなくて飯がないと言っていた子におかずを作って持って行ったこともある。でもそれは濡れてる人に傘を貸すとか、道に迷った人を助けるレベルのことだと思うけど。
菫は俺のほうをキッと見て口を開く。
「あの如月って人も、兄さんを利用してるだけだと思う」
「あー……ああーん……うーむ……?」
全力で利用してるし、なんなら利用されて助かってるけど説明が難しい。
菫は力説する。
「金で縛って何でもさせそう。イヤだったら辞めていいんだからね。私今からだって志望校変えられるんだから! なんかね、クラスメイトに40万で雇われてるなんて……お兄ちゃん学校でイジめられてないかなって、大変じゃないかなって心配してた」
「菫。大丈夫だよ、ありがとう」
そんなことを気にしていたのか。
俺は菫の肩を抱き寄せて優しくなでた。
菫は結局塾に入り、少し遠いところにある高校を希望することになった。
そこは法律系の大学に進む人が多くて有名らしい。塾の先生は「菫さんなら大丈夫です!」と太鼓判を押してくれた。
気にしなくていいのに。
菫は「本当にぃ?」と言いながら口をとがらせていた。
きっとずっと聞きたかったんだろう。待っていてくれてありがとう。
そして遠くからでも分かる……うごく泥の固まり⋯⋯頭から足の先までドロドロ美琴と圭一さんを見て菫は倒れた。
圭一さん、着替えあります……?
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