第21話 ラッキーアイテム
「やっぱりこの子、何か考えてるのね」
私は冬真くんから送られた彩華さんの写真を拡大して見た。ペン型は録画しやすいけど、電池が持たない。三時間が限界だけど、ケーブル繋げば何時間でもいける。
長時間録画してるってことね。でも服の下を通してケーブル流してるから、しっかり見ないとわからない。
冬真くん、やるじゃない。
「でも所詮、11の他の子にいじめられてる動画しか撮れないと思うけど」
私はぶつぶつ言いながら髪の毛をまとめた。
私は生徒会にいた時、ずっとトカゲの不正を探していた。でもあいつ本人は11の子たちがイジめてるの見るだけで、な~~~んもしないのよ。
トップ6人はここ数年固定で、下の5人くらいが常時入れ替わってる。
そこ6人の結束は強くて、新しく入ってきた子をいじめるのが日常になっている。
何が気持ち悪いってそれをトカゲが録画してることなのよねー。
トカゲは「俺のために争って……くっ!」という状態が大好きなんだと飯田先輩が言っていた。
キモイキモイ!! 仕事場ではどうでもいいけど、それを学校に持ち込まないでほしい。
だから明確に犯罪なコミュニケーション費の架空計上から攻め落としたくて調べてたけど……ほんと難しいわ。
正直濱崎ドラッグをぎゃふんと言わせるのは無理。デカすぎる。でも学校の中の不正だけはやめさせたいのよね。
「今日は現場だからGパンにTシャツのがいいかなー」
そう言って部屋に転がっている布を蹴飛ばして服を選び、和歌乃の建物に向かった。
私たちの部屋は渡り廊下で繋がっているが、独立した建物だ。
両親が住んでいる建物は、たまにしか行かない。だから居るのか居ないのかもわからない。
私たちの生活はすべて道尾さんに任されていて、食事は和歌乃が生活している建物でしている。
「初芽さま。おはようございます」
「道尾さん、おはようー!」
「初芽、おはよう」
「和歌乃ういーす」
朝食を食べながら最近のことを話す。
和歌乃が学校に行き始めてから、私たちの関係は劇的に改善したように感じる。和歌乃は笑顔が増え、私は気が楽になり、共通の話題ができて会話が増えた。
私が一度も出たことがない球技大会で活躍したと冬真くんから聞いたときは正直爆笑したけど。
でも和歌乃は女子野球チームのドラマに出たこともあるから、運動は私より得意なのでは?
私はマジ無理、ノーサンキュー。
『今日のラッキーカラーはアイテムは傘! カラーはピンク! おとめ座のあなた、忘れないで』
「ピンク、傘。わかった……」
和歌乃はテレビから流れてくる占いを聞いてうなずいた。
私はあきれてしまう。
「和歌乃、まだ占いとか信じてるの?」
「うん、だって……ラッキーって言われると信じたくなる。ピンクの傘……ある……」
そういってお皿を片づけて去っていった。
和歌乃は昔っから占いとか好きで、テレビを見てラッキーカラーを常に持って行く。
そんなもんでラッキーになったら人生イージーすぎるし、アシスタントの子が書いてるような物だと知っている。
まあ和歌乃らしいけど。
朝食を終えて自転車にまたがり、駅に向かう。和歌乃と私、一緒に仕事がある時は和歌乃を優先するように道尾さんに言っている。
和歌乃は芸能人。私は好きに生きていくと決めた。それに町を歩くのは情報の固まりで嫌いじゃない。
変装メイクと帽子とマスクで、誰も私が如月初芽だと思わない。正直気楽だ。
「和歌乃ちゃん。おはよう、今日はよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
私はスタジオで頭を下げた。
倉庫の隅っこで作業して一か月半。雑な管理で最悪なことになってたけど、それを全部整理。借りた会社にリンクをはることで、すべての作品を一括管理。
結果、劇的に楽になったと褒められた。評判を聞いた社長が「そんなところに居てはもったいない」と現場に行かせてくれるようになった。現場は話し相手がいるのが何より楽しい。
「しかし……全部紫色ですごいですね」
「和歌乃ちゃん、よく揃えたねー!」
「頑張りました」
ここ一週間は指示されるまま、ひたすら紫の小物を集めた。紫の椅子、紫の机、紫のパソコンに紫のマウス。
そんなのあるの?! と思ったら、これがあるのだ。ゆめかわ女子は紫が好きなのは知ってるけど、ここまで全部あるのは驚いた。
そしてその紫を使うのはゆめかわ女子じゃない。
トカゲだ。トカゲが新進気鋭のプロデューサーとして番組を立ち上げたのだ。
自分がおすすめする映画を紹介するミニ番組だが、小物はすべて紫で、セットも紫で、全部紫!
こりゃなんかあるわ……と調べたら、トカゲは風水とか占いとかが大好きらしい。
和歌乃と同じじゃん~。
でもここまで紫のアイテムが無限にあるのは面白くて、それに紫の靴!
どうやら染めているらしく、小物担当さんと撮影してしまった。
作業していると、スタジオのほうに声が響いてきた。
トカゲが来たのだ。私は超下っ端なので、スタジオにはいけないが、モニターを設置してるので、様子は分かる。
紫のスタジオに入る紫のトカゲ。どんな芸能人よりキャラ立ってるんだけど!
撮影が始まったのを確認して……私はトカゲの控室に向かった。
実はさっきカメラで確認していた……彩華さんが一緒に来ていたことを。
私は帽子を取り、髪の毛をほどいて、メイクを落として、上着を脱ぎ、そして胸を張った。
久しぶりの『如月初芽』だ。
トカゲの控え室のドアをノックする。開くとそこに彩華さんがいた。
私の顔を見て「如月さん?!」と驚いた。でもすぐに「おつかれさまです!」と中に入れてくれた。
本物の初芽(まあ和歌乃だけど?)は今、同じ建物でメイク中のはず。
だからここに現れても問題はない。
「何か用事ですか?」
彩華さんは背筋を伸ばした。胸元……今日も録画用のペンを入れてきている。
私はそれを指さした。
「良いヤツで録画してるじゃない?」
「?!?!」
彩華さんは驚いてペンを隠した。私は机に腰掛ける。
「学校にはトカゲがいるから近づかなかったの。でもずっとあなたを見てた。あなた……トカゲを調べてるわね」
「……」
彩華さんは何も言わない。現時点でペラペラ話さないだけ頭が良い。合格。
「ナビゲーション費の架空計上、知ってるでしょ? それを使った誕生日パーティー。私はトカゲを追放したいの」
「……」
「そのための証拠を集めてるけど、トカゲ11の子達、口が堅くて何も言わない。でも……去年親友の透桜子さんに何かあったわね」
「……」
「透桜子さん、ストレスが耳にきてるの?」
「?!」
その言葉に彩華さんは顔をあげた。
本当なのね。
調べていたら、透桜子さんが病院に通っていることが分かった。
それはメンタルだけではなく、耳鼻科も入っていて、もしかしてと思ったけどビンゴ。
私は手紙をポケットから出した。
「これは私の『友達』が書いた手紙なの。この子は長く引きこもっていて、メンタルもすごく弱い。でも最近学校にも通い始めて頑張ってるの。透桜子さんの気持ち、ちょっとは分かると思う。話をしたら心配して手紙を書いたの。彩華さんが読んでからで良いから、渡してもらえるかな?」
「……分かった」
そういって彩華さんは『和歌乃が書いた手紙』を受け取った。
これは私たちの作戦だ。何かあった透桜子さんにトカゲ攻略法があるはず。
そして彩華さんも証拠を集めている。私たちが手を組んだら何かできるかもしれない。
そのためには心を開いてもらう必要がある、味方だと知らせる必要だ。
和歌乃の存在の暴露は危ないので、友達ってことにしたけどね。
手紙は本当に和歌乃が書いた。読んだけど……あの文章読んで泣かない子いないわ。
あの子ほんと国語得意ね。
私は部屋に戻りながら再び和歌乃に戻った。
なんかこういうのわくわくしちゃうんだけど! 私の頭脳と和歌乃の演技があれば、双子探偵できるわね。
これからの作戦を考えながら何食わぬ顔で作業に戻った。
「雨ふるなんて聞いてなかったけどーー?」
仕事終わり、スタジオから出たら雨がふっていた。売店はもう終わっていて、ここは僻地でコンビニは表通りまで出るしかない。しかも遠い!
そもそも乗ってきたバス停の目の前がコンビニなので、濡れるのは仕方がないな。
私は「えいや!」と飛び出して走り始めた。うあー、めっちゃ土砂降り。スマホ死守! カバンを抱えて走っていたら後ろから声が聞こえてきた。
「初芽さん、傘、あるから!」
「冬真くん」
どうやらちょうど私の声をアプリで聞いていた和歌乃が「傘、初芽持ってないって」と言われて来てくれたようだ。
そうだ、同じ建物にいたのか。
「ありがとう」
「うわああ……もうすげぇ濡れてるじゃん。ハンカチ、ほら。拭けよ」
「ハンカチ新品みたいにキレイ」
「父さんがアイロンかけてるから。ほら、ちゃんと拭いて」
そういって冬真くんは私の髪の毛や身体を拭いてくれた。
男子が持ってるハンカチといえばしわしわなイメージだけど……冬真くんのお父さんはクリーニング店を営んでるんだった。
ちゃんとした親から育った、ちゃんとした子。マジで使い勝手が良いわね。
「貸す傘持ってくるの忘れたから、バス停まで送るよ」
「バカじゃん?! なんで来たのよ!」
「初芽さんが濡れるから心配になって焦ってきたんだよ、悪いか」
「!! 悪くないけど!! 貸すのがないなら、バカじゃんって言ってんの!」
「いいだろ、話したかったし。彩華さんに手紙渡せたみたいだな。さすが初芽さん」
「余裕よ~。ていうか、トカゲの番組、マジでオール紫なのよ? やばくない?」
「やばいな!」
私たちは話しながらバス停に向かった。
大粒の雨が傘をバタバタと叩く。ふたりで入ってるから傘は狭くて、頬のすぐ横に雨と世界の境界線がある。
冬真くんに触れる右側だけ暖かくて、自分がどうしようもなく濡れていることに気が付いた。
もっと近づきたいけど、そうすると冬真くんが濡れてしまうことに気が付き、身体を弓なりにして離れる。
私はこんなもんの女だ。
遠いと思ってたけど……バス停にすぐについてしまった。
冬真くんはコンビニでビニール傘を買って「おりたら使え!」と渡してくれた。
いやいやこれから駅にいくんだから、どれだけでも買えるのにバカじゃん? そう言って笑ったけど受け取って腕にかけた。
冷たいプラスチックが手錠のようにぶらさがった。
バスに乗り込んだ私を冬真くんは見送ってスタジオに戻っていった。
まだ撮影が残ってるみたい。
さしているのは、和歌乃の傘だった。ピンクの大きな傘。
「……ラッキーカラーとラッキーアイテムね。持ってないほうが、良かったんじゃないの?」
私は小さくつぶやいた。
だって優しくしてもらえたし。親切にされるのは正直嬉しい。
私はサンキューと三人のグループLINEにスタンプを送った。
こんな関係。悪くない。
でも胸の奥がジリリと、虫眼鏡で焦がした黒い紙のように匂う。
向こう側が見えてしまいそうだ。
「また和歌乃だけ持ってんのズルいよなー……」
これはめんどくさい感情だ。
私はバスの振動で右に左に揺れる傘を見ながら思った。
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