第20話 見え始めた真実のカケラ

「すごかったです、ソフトボール部のジャワナさん」

「身軽だったね」

「足が羽がはえたみたいに、ふわあと浮いて投げるんです」


 そういって和歌乃さんはお弁当箱を抱えて目を細めた。

 お昼休み。

 和歌乃さんが学校に来て結構経ったが、お弁当は今もなるべく生徒会室で食べている。

 生徒会室は俺が、俺が! ものすごく掃除した結果、かなりキレイになった。

 書類の整理とか、やりたいことはたくさんあるけど、とりあえず食事ができる場所にはなった。


 和歌乃さんのお弁当も、最初は菓子パンひとつだったが、最近は普通サイズのお弁当を持ってきている。

 道尾さんは「学校に行くようになってから、食欲が増したようです」と嬉しそうに言っていた。


「私、はじめてしたんです。体育の授業がはじまる前に学校に行かなくなったから、みんなでスポーツをしたことがなくて」

「うん」

「何もできません。でもみんなの真ん中にいるのが、すごく楽しいんです」


 そういってキラキラと目を輝かせた。

 もうずっと「ジャワナさんがすごかった」話をしていて、お弁当を食べてない。

 確かにプロ選手の動きって目の前で見るとすごいのは分かるけど、もう食べないと午後の部が始まってしまう。


「お弁当を食べようか」

「はい。おなかがすきました!」


 そういって和歌乃さんはお弁当を食べ始めた。俺もおにぎりを……と思って口に入れたら、ドアの隙間に怪しい人影が見えた。


「……愛や……愛の生徒会室や……私みたいに孤独な戦士が入ってもいいんですか……?」


 トッポを口に入れた飯田先輩がのぞいていた。

 俺は思わずむせたが、おにぎりを口にねじこんで、飯田先輩を中に引っ張りこんだ。

 みんな総出でイジりすぎだ、そろそろ飽きろ!!

 飯田先輩はトッポで指揮をするように生徒会室を舞いながら口を開いた。

 

「孤独な戦士飯田さんは、今日は新しいネタ持ってきたんだな~」


 そして学校用のiPadを取り出して、去年のカレンダーを表示させて、ある部分にズームさせる。そこには前髪がそろった真面目そうな女の子が控えめに映っていた。


「この子が11から追い出されたみね透桜子とおこさん。彩華さんとは親友で、同じミンミ所属。でもこの子、今休学中なの」

「え……?」

「去年トカゲの誕生日パーティーで何かあったみたいで、そこから学校に来てない。不登校。仕事もしてないみたい」

 

 不登校という言葉に和歌乃さんの表情がキュッと暗くなった。

 俺は写真を見ながら口を開く。


「11っていうことは、同じパーティーに来てた人は何人もいるんですよね。他の子……ほら、この子とか知ってますよ、同じクラスだ」

「絶対口割らないよ、11の子たちは」


 そういって飯田先輩はトッポを振り回した。


「何か言ったら即追放。だって代わりは他にたくさんいるもの。危険をおかしてその子を守る理由はなに? 11に入ってたらモブの仕事は全部呼んでもらえるの。足の引っ張り合いなんて日常茶飯事よ」


 飯田先輩の言葉に和歌乃さんは完全に黙ってしまった。透桜子さんの気持ちが分かるのだろうか。和歌乃さんはおにぎりを口に運んで小さな声で、


「……身を守るのは、心を守るのと、同じです。まだ行けるとか、今なら間に合うとかいうのは、本当につらい言葉です。みんな今日に必死です。それでも……自分を気にしてくれる人がいるという事実は、すごく心の支えになるんです。透桜子さんに何があったか、私には全然わからないけど、他の人よりは、ほんの少しだけ、理解できるかもしれません」


 その言葉に飯田先輩は「なんで??」とつっこみを入れていたが、和歌乃さんは「最近……そういう役をやったので」と答えて逃げていた。

 11は腐ってる。それを少しでも何とかしたいと思うのは間違ってるだろうか。




 お弁当を食べ終えて外に出ると、ジャワナさんが駆け寄ってきた。

 その目は真剣だ。

 

「決勝戦だ、勝とう! 初芽の蹴り方、タイミングはあってるけど、あれでは全然飛ばないよ」

「どうすれば……」

「まず身体の向きが違う。どうして球が前に飛んでいくかわかる?」

「蹴るから……?」

「ちが~う!」


 おお……? なんだか熱血指導が始まったぞ。俺は俊太郎と一緒に木陰の下に移動した。これから決勝戦が行われる。

 午前中活躍したジャワナさんと和歌乃さんは仲良くなったようで、ボールの蹴り方の指導をされている。

 和歌乃さんが午前中打席に立った時、思いっきりけり上げてしまって、球はたかー--くあがり、ピッチャーの上にトスンと落ちた。まるで「はいどうぞ」のパスのように。そしてきれいにアウト。

 そりゃサッカーボールなんて蹴った事ないから当然だろう。むしろ飛んできた球に合わせて蹴れただけですごい。


 試合が始まった。

 見ていると彩華さんが芸能組を取材している。その表情は明るく楽しそうだ。保存会にいたときは怯えているように見えたけど……本当に余計なお世話だったのかも知れない。

 初芽さんや飯田先輩に聞けば聞くほど、芸能界で仕事をしていくのは簡単ではない。

 席がひとつしかないなら、戦いは激化して当たり前だ。

 仕事場に行くと、俺みたいな下っ端にも、ものすごく可愛い女の子やカッコイイ男の子が挨拶にくる。

 画面に映っている子と、そうじゃない子の差が、俺には正直分からないんだ。

 それが「コネ」だと言われたら、それで終わってしまう。

 だからこそ、みんなトカゲとつながりたがるんだ。

 

 彩華さんが取材を終えてお茶を飲んでいたら、女の人がドンッとぶつかってきて、お茶をこぼしてしまった。

 その他数人も、もう分かりやすくアタックするようにぶつかって、笑いながら去っていく。

 彩華さんはその衝撃でお茶がある所に膝をついて転んでしまった。

 おい何だよ……と思って気が付いた。あの子たちはトカゲ11の他の子達だ。

 彩華さんはひとりで立ち上がって、膝の汚れを落としている。

 冷静になって見てみると……少し離れた場所からトカゲがその様子をスマホで撮影してニコニコしていた。

 うええええ……? 女同士が争っているのを撮影してるのか?

 マジで趣味が悪いな。

 いやな気分でそれを見ていたら、横で俊太郎が叫んだ。


「いけいけ、チャンスだぞー--!」


 グラウンドを見るとうちのクラスがチャンスだった。

 三塁と二塁に足が速い子がいて、バッターボックスに立っているのは和歌乃さん。

 ……チャンスか? ピンチでは?


「初芽、さっき言ったとおりにやるんだよー---!」


 ジャワナさんが声をかけている。

 和歌乃さんはコクンと頷いて、少し身体をねじった。

 さっきお弁当を食べながら言っていた。「わりとスポーツをするシーンはあって……そのたびにプロの方が教えてくれるんです。そんなに苦手ではないと思います」。その言葉通り……和歌乃さんは右足をグッと引いて、身体にためを作り、来たボールを思いっきり蹴り上げた。


「おおおおお!!」


 俺も俊太郎も思わず立ち上がる。

 ボールは人がいない方向に落ちて三塁と二塁の選手が一斉に走り出した。

 和歌乃さんも走れ! と思ったら、なんか走り方がおかしい。よく見ると右足の靴が脱げていた。

 思いっきり蹴った衝撃で飛んだのか?! とグラウンドを見渡したら、真ん中にぽつーんと落ちていた。

 あーあーあー。和歌乃さんは靴下のままで一塁まで走って、うちのクラスが逆転した。

 一塁で嬉しそうな和歌乃さんの所に、ジャワナさんが靴をもって駆け寄ってきて、履かせてくれている。

 和歌乃さんの表情は本当にうれしそうで……良かった。

 横で俊太郎が手を合わせている。

「……尊い」

 湖中くんはその様子をスマホで写真に撮った。

「和平交渉成立……スポーツ組と芸能組の雪解け……」

 と同じように手を合わせた。

 結局一致団結すると、スポーツ組がたくさんいるうちのクラスは異常に強くて、そのまま優勝した。

 この時期に球技大会? と思ったが、クラスがまとまるためには悪くない気がした。



「おめでとうございます、優勝は特待生2-A組です!」

「うえええ~~~~いい!!」


 スポーツ組と芸能組が混ざった状態で、インタビューが始まった。

 勉強組は最後には、相手チームの弱点をまとめたりしていたようで、完全にチームになっていたようだ。

 なんというか女子が少し羨ましい。


「ジャワナ選手、素晴らしかったですね!」

「学校行事めんどくせ! と思ったけど楽しかった。友達もできた、ね、初芽!」

「はい。ありがとうございました」


 そういって和歌乃さんは目を細めた。

 それは良かったけど靴下……真っ黒どころの騒ぎじゃないだろうな。ウタマロ石鹸で手洗いするしかない。

 そう考えながら、和歌乃さんは家で洗濯物を干していたのを思い出した。

 何度か如月家にお邪魔してるけど、ご両親には一度も会ったことがない。

 食事も道尾さんが作るか、和歌乃さんが作っている。完全に独立した生活をしてるのか……?

 家事をひとりでしてるなら大変だな。洗濯板持ってるかな? 今度確認しようと俺はリマインダーに入れた。


 取材をしているのは、相変わらず彩華さんで、少し離れた場所から11の子たちが睨んでみている。怖い……。

 それをトカゲがニヤニヤしながら撮影している。なんなんだこの三角形マジで。

 アシスタントプロデューサーの田中さんは「いつも連れているお世話係が違う」と言っていた。

 数回現場に行ったが、いるのはいつも彩華さんだ。お気に入りにされてるから、11の他の子にいじめられてる……?

 そしてそれを見てるのがトカゲの幸せ? 

 そう考えてトカゲの幸せってなんだよと思ってしまった。

 本当にアホらしい。


「……?」


 俺は取材している彩華さんを見た。

 胸元のポケット……大きなリボンで見にくいけど……太いペンを挿しているように見える。

 あれは……。

 俺は取材をしている所に近づいた。

 ちょうど取材が終わって、記念撮影をしている。

 スマホを取り出して、俺は彩華さんを撮影した。

 そして写真を拡大してみると、それはペン型の超小型カメラだった。

 服の下にケーブルを通してるようで、それは斜めにかけているカバンにつながっている。

 この前初芽さんが言っていた。「彩華さんを学校でよく見て。特に監視カメラ系。すごく小さいペンとかで録画してる可能性がある」。

 まさにそれだ!

 俺は写真を初芽さんに送った。

 やっぱり彩華さんは何かを考えてあの場所にいる。

 

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