第19話 迷いなく向日葵のように

 浮ついた空気も落ち着いた6月初旬、梅雨のしめった空気を感じる頃、西宮学園では球技大会が行われる。

 球技大会といっても、体育の延長線のような感じで、勉強なしの気楽な日だ。

 部活がある競技をするとそいつが無双してしまうので、部活がない競技をすると決まっていて、毎年女子はキックベース、男子はドッジボールだ。

 俺たちは初戦で負けてしまい、木陰でのんびりと女子を見学している。 

 俊太郎は俺の横に座ってお茶を飲んだ。


「お。次うちのクラスじゃん。キックベースいいよなあ、蹴とばせばいいんだろ?」

「たしかにドッジボールよりキックベースのがいいよなあ……」


 俺は横で頷いた。

 正直子供の頃からドッジボールは苦手だ。球を当てられるのは単純に痛い。

 どうしてあれが「みんなで遊ぼうドッジボール」なのか正直今も理解できない。

 人に向かって球をぶつけるとか、暴力的すぎないか?

 運動はそれほど苦手じゃないが、早く外野に出たいと思ってしまう。


「俊太郎はバスケ部だし、ボールの扱い上手いじゃん」

「外野にパスするなら自信あるけど、バスケ、人に球ぶつけねーだろ! お。始まるぜ」


 うちのクラス特待生2-A組 VS 2-B組の戦いが始まるようだ。

 みんな並んで挨拶……なんだけど、芸能組とスポーツ組と勉強組が離れて立っていて一つのクラスに見えない。

 みんな得意分野が同じ人たちでグループを作っているので、クラスとしてのまとまりが無いのだ。

 スポーツ組はケガしたくないから真面目にやらないし、芸能組は話してばかり、勉強組は「スポーツ組がやれよ」と思っている。

 だから俺たちも見事初戦負けしてるわけだけど。まあこれが特別クラスの定めというものだ。


 分離している芸能組の所に録画できるカメラと彩華さんが近づいてきた。

 芸能組の子たちは、さっきまで気だるそうにしていたが、カメラを見ると即笑顔を作って楽しそうにピースする。

 俺はそれを見て口を開く。

 

「あんな撮影とかしてたっけ?」

「ああ? 毎年してただろ。あれ……あれじゃん、なんかテレビに流れるやつだろ?」

「いや、それは部活紹介な」


 否定するが、正直生徒会入るまで撮影してることも気にしてなかったし、ナビゲーターの女の子も気にしてなかった。

 「やり方がせこいのよ」と言っていた初芽さんの言葉を思い出す。

 トカゲは自分が目立たないように上手に利益を貪ってるんだなと改めて思う。

 あの夜、初芽さんは言っていた。「うちの学校って私立で学費高いでしょ。当然だけど入ってくる生徒数は多いほうがいいのよ。つまり特待生クラスの芸能組の子達は客寄せパンダでもあるの。あの有名なアイドルと同じ学校に通いたい。それだけでどれだけ入学する生徒数が増えると思う? 学校もある程度トカゲを放置してるのよ。だってトカゲが高等部きて二年、入学生徒数伸びてるからね」。

 そう言われてみると、たしかに中等部は高等部よりクラス数が多い。

 そして特待生のクラスの時は、他のクラスの生徒たちがスマホ片手に撮影にきている。 

 初芽さんは「これが勝手にSNSに載るのよ。だから私は体操着を着る体育は全部やらなかったもんね~~」と言っていた。

 ただサボってただけだろ……と思うけど違うのか? 体育の時は如月含め目立つ奴らは教室でお菓子を食べていた。

 でも今日は……。

 トカゲ11の彩華さんの声が響く。


「如月初芽さん! 去年は不参加でしたが、今年は参加されてるんですね、意気込みをお願いします」

「……がんばります」


 和歌乃さんは体育が好きらしく、入れ替わってからすべて出ている。

 俺の右側にズズイと暑苦しいサイズの男、俊太郎が来た。


「ラブパワーですね、寺田さん」

「うるせえぞ、こら」


 左側に飲食店を経営している金持ち湖中こなかくんが、これまた暑苦しい身体を押し付けて、


「俺小学校の時から如月初芽と同じ学校だけど、体育の授業出てるの見たことなかった。人って変われるんだね……ラブすごい……」

「こっちもうるせえな」

 

 和歌乃さんが「変わりたいんです」と宣言してから一週間。何かあるたびにおもちゃにされている。

 特待生クラスの芸能人を撮影していた女の子たちが、木陰に座っていた俺を発見してひそひそ話している。


「(あっ……あの人が愛の伝道師よ)」

「(人間寺なんでしょ? お祈りすると恋が叶うらしいわよ)」

「(マジで?! 普通の地味な男じゃん~~~? あれが如月初芽の彼氏?)」

「(奴隷って聞いたけど)」

「(エッチすぎない? マジうける~~~!!)」


 意識が遠ざかる……もう好きにしてくれ。

 ぜんぜんこそこそ話じゃない、全部聞こえている、なんなら勝手に遠くから撮影されている。

 どうやら如月初芽の毒気を抜いた俺は、最近学校でお寺扱いされているらしいのだ。

 昼休み教室にいないからって、中休みに拝みにくる生徒まで出てきた。

 その名も寺田だからな……知るかよ!

 でも初芽さんが言っていた通り、入れ替わったなんて誰も思わない。当然だ。もう片方を知らないんだから。

 俺からみるとびっくりするほど別人だけど、あの宣言以降、和歌乃さんは朝、変わった。

 入学から二週間、ずっと目が赤かった。

 きっと家で泣いてから来てたんだ。眼のふちがこすったみたいになってて……それでも俺はそれを見て見ないふりした。

 つらいだろうと聞かれたら、つらいに決まってるから。それでも学校に来たいと自分でこの地に足を付けたなら……と見守ってきた。

 逃げたい、もう無理だと言われた時だけ、目の赤さに掌を置こう。そう思って見守ってきた。

 そしてここにきて、和歌乃さんは朝、目が赤くない。

 そんな小さな変化が、すごく嬉しいんだ。


「おっとお、突然のピンチですよ。満塁、満塁」


 俊太郎は楽しそうに「守れ、特Aー--!」と叫んでいる。

 和歌乃さんは……と思ってみていたら、真ん中あたりにぼんやりと立っている。

 他の生徒たちはどこに球が飛んでくるか前傾姿勢で待っているので、和歌乃さんのぽやーんとした立ち姿はなんだかおかしい。

 グラウンドの真ん中に咲くひまわりみたいにぼや~~としている。

 そこを目指すように、B組の生徒がボールを蹴り飛ばしてきた。

 和歌乃さんの取れるところだ……! と思ったら、ととととと……と右側に逃げて行った。

 なんでー--?!?!

 それを後ろから走りこんできた女子ソフトボール部の選手がつかんで、二塁にヒョイと投げた。


「アウト!」

「おおおー---!!」


 華麗なボールさばきに観客から歓声があがる。グラウンド内で和歌乃さんは無言でパチパチと手を叩いている。

 いやいや、取らないの? 見ていると和歌乃さんは自分の周辺に球が飛んでくると、とととととと右に左に移動して逃げていた。

 まるでそういう競技のようだ。和歌乃さんが逃げるとそこに女子ソフトボール部の選手が突っ込んできて「うおおおおおお!!」と劇画タッチで球を投げている。

 そのおかげもあって、満塁から0点に抑えて、そのまま初戦を勝利した。

 女子ソフトボール部の子は二年生からクラスに編入してきた人だ。日本人と黒人のハーフさんでクラスに馴染んでなかったが、取って投げるたびに和歌乃さんがパチパチと褒め称えるので、チームの空気がよくなり、妙な一体感さえ生まれていた。

 横で見ていた俊太郎がお茶を飲んで口を開く。


「……愛だ……とイジりたいけど、最近の如月初芽は正直推せるな」

「は?」

 

 俺は予定外の言葉にグリンと振り向いて俊太郎を見てしまった。

 横で湖中くんも頷く。


「わかる。毒気がない如月初芽、推せる……。でも寺田の彼女だもんなあ~。愛の力がなかったら鬼の如月のままだろ? 無理だよ、あんなの。鬼の毒で即死。でもあれは寺田の愛に満ちた化身。愛がなくなったら殺されちゃう。職人がいないと食えないふぐみたいなもんだ。それなら俺は最初から毒がない鯛を食う。食感は似たようなものだ……」

「おい、意味わかんねーぞ」

 

 色々と突っ込みを入れたくなるが……予想以上に好印象でクラスに馴染み始めた事実に、俺は安堵していた。

 勝者インタビューにソフトボール部の子と、芸能組の子達が一緒に立っている。

 スポーツ部の子達と、芸能組の子達は教室でも仲が悪い。

 お互いに距離を取ってるんだけど……和歌乃さんは図らずとも芸能組の一番ふちっこで一緒にカメラに入り、まだ手を叩いていた。

 その目はキラキラと輝いている。そういうマスコットのようだ。

 見ていると和歌乃さんは俺の視線に気が付いて、少し力抜いて微笑んだ。

 運動をしてるから今日はマスクをしていない。

 その笑顔に、手を振ってこたえた。

 相変わらず愛だどーのという奴らにツッコミを入れてくる二人には高速で肘鉄した。

 「怖いんです……!」と泣いていた和歌乃さんを、すごく覚えてるから、この姿は本当にうれしいんだ。


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