第17話 遭遇とマックシェイク

「おはようございます、控え室こちらです」


 1時間ほど車で走り、郊外にあるビルに到着した。出迎えてくれたのは、この前紹介されたアシスタントプロデューサーさんだ。 

 えっと、名前は……さっき見た如月初芽メモに書いてあった。

 俺は一歩前に出て挨拶する。


「田中さん、はじめまして。マネージャーの寺田冬真です」

「よろしくお願いしますー! お二人は同じ学校に通われてるんですよね。なんだかすごいですねー」


 その言葉に「あはは」と軽く笑った。

 誰でも変だなと思うよな。同じクラスでマネージャーなんて。でも全部わかってて引き受けたことだと身を引き締めた。

 廊下を歩いていると、目の前から見慣れた顔が歩いてきた。


「おお、如月初芽さん。おはようございます」


 トトト、トカゲーだ!、トカゲ会長だ~~! 俺は目を見開いてしまった。

 トカゲは学校の制服ではなく、肩の部分が不自然に外に向かって長い、紫色に艶光りしているスーツを着ている。

 ネクタイも、靴も紫だ。なんだこれは、昆虫だ、紫の昆虫だぞー-!

 目が離せない俺の横、和歌乃さんは静かに頭を下げた。


「おはようございます、濱崎さん」


 和歌乃さんは学校では会ったことないが、仕事場では会ったことあるのか……普通の態度だった。

 田中さんは、頭が膝にぶつかりそうなほど大きく頭を下げて「おはようございます、濱崎さん!」と言った。

 廊下を歩いていた他のスタッフも立ち止まって挨拶していく。

 権力があるとは聞いてたけど、こりゃ本当にすごいな。ひえー……と思っている俺の前でトカゲは目を細めてペロリと舌を出した。


「おや……君は。本当にクラスメイトをマネージャーにしたんだね。誰だっけ、影が薄くて覚えてないや。村とか里とかそんな苗字だったよね」


 村とか里って。絶対お前俺の名前知ってるだろと思ったが、これは煽られてるのかな……? と、これまた如月メモを思い出して冷静になった。

 さっき読んでいたメモには『11になびかない初芽の近くにいる冬真くんを、トカゲは全力で煽ってくるよ、冷静に!』と書いてあった。

 如月メモのおかげですごく落ち着ける、ありがたい。

 俺は一歩前に出て頭を下げた。


「寺田冬真です。西宮映宝プロダクションで如月初芽さんのマネージャーになりました。よろしくお願いします」

「ふう~~ん。でも連絡は全部道尾さんで良いんですよね?」

「はい」


 道尾さんがうなづくと、トカゲはペロリと舌を出して唇を舐めて、


「じゃあお世話係か。俺の彩華いろはと同じだな」


 と言った。俺の彩華? ふと後ろを見ると、トカゲの背後から女の子が出てきた。

 あっ……この子、この前保存会の部屋から逃げ出した子……!

 結局トカゲ11に入ることになったと聞いたけど。

 見てると彩華さんは一歩前に出て、俺たちに頭を下げた。


「ミンミプロダクションの小野彩華おのいろはです。今日は読み合わせの見学にきました。お邪魔だと思いますが、よろしくお願いします」


 そういってトカゲと一緒に歩いて行った。

 あんなに怖がって、嫌がっていたのに、一緒で大丈夫なのかな……?

 そう思って目で追うと、背中にトカゲの手が添えられていた。その指先はピアノを弾くようにうねうねと動いている。

 うおおおおお、気持ちが悪い、やばい!!

 俺の横で田中さんが小さな声でいう。


「濱崎さんって……お二人と同じ学校ですよね?」

「そうですね、同じ学校です」


 俺が答えると、田中さんは口元に手をやって小さな声で、


「いや……毎回現場に連れてこられる……お世話係……の女性が違う方なので、すっごいなあと思ってて。あっ、これ悪口とかじゃないですよ? 怒られちゃう。単純な興味というか……こう……ハーレム学園みたいな感じなんです? 特別クラスがあって、全員濱崎さんのお世話係だって聞いたんですけど」

「そこまではないですけど」


 俺は苦笑して否定した。

 ハーレム学園……。一気に安いエロ漫画が浮かんだが……正直それほど間違った解釈ではない気がする。

 俺の横で和歌乃さんが、小さく口を開いた。


「そうですね……同級生を、お世話係と紹介するのは、どうかなと思います」


 その言葉に俺は頷いた。

 そうだよな、それを表立って言うのが一番変だ。こういうのをしっかり言うのは如月初芽と同じだな。



 今日は読み合わせと呼ばれる会だと道尾さんに聞いていた。

 如月メモには『現場の顔合わせ。マネージャーとしてのアンタの仕事は、人の顔を覚えてること!』と書かれている。

 とにかく一人でも覚えようと部屋に入ったら、一番前にソファー席があり、そこにトカゲと彩華さんが座っていて驚いた。

 一番目立つ所に?! そこは監督とか、そういう人が座るんだと思ってたけど、スポンサーが座るものなのか。しかもソファーも紫、何なんだ?!

 再びメモを見ると『あそこはトカゲ専用。持ってる飲み物の種類でその日の機嫌が分かるから要チェック!』と書いてあった。

 マジで? チラリとみると飲んでいたのは午後の紅茶ミルクティー……。

 メモを見ると『ご機嫌度数:70』と書いてあった。なんだよその指数。

 少し良い程度の認識なのか? 俺は小さく笑ってしまった。


「監督の浅井です。よろしくお願いします」


 そして読み合わせという作業が始まった。

 演者さんがセリフを読み上げ、そのシーンの状況を演出さんが読み上げ、それをどのように撮影するか指示を出していく。

 見ていると和歌乃さんは慣れているようで、セリフを読み上げて演出さんの指示を書き込んでいく。

 その横顔はキリリと美しく、学校で席に座り震えていた姿はどこにもない。

 こういう表情が学校で見られるようになったら良いなあと思う。同い年とは思えない……そうだよな、長く仕事をしてきてるんだ。カッコイイなと素直に思った。

 読み上げている最中、たくさんの生徒が出てくるところで浅井監督はトカゲのほうを見た。


「ここは十人ほど高校生が必要なのですが、濱崎さんのほうにお願いしても大丈夫でしょうか」


 その言葉を聞いて、うええ? と俺は驚く。

 見てみると、この話は高校生の学園もので、体育祭のシーンだった。

 みんなでバスケをしているシーンで『モブ10人』と書いてあった。

 トカゲはにっこりと微笑み、


「わかりました。ここにいる彩華をメインにします」


 と言った。彩華さんは笑顔になって立ち上がり、


「よろしくお願いします」


 と言った。

 自分の『お世話係』を当たり前のように出演させる……というか、それを監督さんが依頼するんだ?! そりゃトカゲに事務所も、女の子たちも取り入るよな。それを学校で権力使って集めてるなんて、どう考えてもおかしいだろ!!



「だーかーら。正義の話ばっかりしても、どー-にもならないって、飯田先輩も言ってたでしょ?」

「だって如月。さすがに変だろ」


 仕事を終えて如月家に帰ってきた。

 帰ったら家に寄ってと言われていたのは、俺がこうしてブチ切れることを如月は分かっていたからかも知れない。

 如月初芽は俺が買ってきたマックシェイクをずず~~と飲んでため息をついた。

 メモのお礼に何を買っていくべきかと和歌乃さんに聞いたら「マック……初芽はマックが好きなんです」と微笑んだ。

 マック?! そういえば初めて行った時もマックシェイクをズルズル飲んでた気がする。


「モブなんて何でもいいの。それこそアンタでもいい。トカゲに頼むことで監督はスポンサーの顔立てたことになるし、トカゲは気分がいい。WINWINってやつよ」


 そういってストローの入れ物を振り回す。

 俺は納得がいかなくて正座した。


「あの子、あんなにイヤがってたのに……俺がしたことは無駄だったのかよ」

「ははーん。結局自分がしたことが意味なかったかも……ってのがつらいのね。これだから正義感だけで生きてる人間は面倒なのよ。報われないとすぐショック受ける。世界は報われない努力の固まりで出来てるっつーの。報われてる氷の頂点だけ見てんじゃないよ」


 そう言われてしまうと何も言えない。

 俺は彩華さんに逃げ出すチャンスを与えた。それを……少し気持ちが良いと感じていたのかも知れない。

 如月初芽はポテトを振り回しながら俺のほうを見た。


「でも私もおかしいなと思ったの。それで少し調べたんだけど……直前に11を辞めた子と親友なの。なー-んか臭いのよね」

「狙いがあるってことか?」

「現時点ではなんとも言えないわ。私も調べる。冬真くんも学校で彩華さんを見張って。何か考えてる可能性が高いわ」


 そう言われて「ああ……」と頷いた。

 俺が落ち込んでいると、口にグイと何かが投げ込まれた。

 それはポテトだった。

 いつも食べているのに疲れているのか、塩味がやたら旨く感じた。

 もぐもぐと無言で食べていると、如月も横で食べながら口を開いた。


「仕事疲れたでしょ。冬真くん真面目だから、こういう世界には向いてないかもしれないわね」

「……如月は、向いてたのかよ」

「?!」


 俺の言葉に如月はヒョイと顔をあげた。

 俺は続ける。


「こんなの向いてるヤツとかいるのかな。いやなものはいやだし、つらいもんは、つらいだろ。あの子だって一度は逃げ出したんだ。なんかこう、欲求と目的と手段と感情が、グッチャグチャなんだな。でももっとシンプルでいいだろ。俺はいやなものはいやだ。せめてこういうこと言える関係の前では口に出していきたい。それなら良いんだろ? 如月は突然環境変えて大丈夫か? 気になってたんだ」


 俺が突然仕事をはじめて、わけがわからず右往左往してるんだ。

 そんなの如月初芽も同じだろうと思っていた。

 如月は、口にポテトを何本も入れて、もぐもぐと無言で噛み、顔をあげた。


「……全然平気よ。あんたとは違うんだから。バカじゃん?」

「さすが如月だな。いや、本当にメモ助かったよ。これが無かったら田中さんの名前も出てこなかった」

「最初に挨拶することになるって書いておいたでしょ?」

「神だな、神」

「ふふん。もっと崇めなさい。気持ちがいいわ」


 俺たちは色々な話をして、和歌乃さんは静かに微笑んでそれを聞いていた。

 一時間話したころ、はたと気が付いて如月初芽を見た。


「そういえば、これからお前のこと初芽さんって呼んでいいか」

「ひっ……はあああ?? なんで突然名前呼びなのよ、きっも!!」

「いや、だって両方とも如月だから、どうしたらいいのか悩んでたんだ。和歌乃さんはずっと和歌乃さんって呼んでるから、初芽さんでいいかなと思って」

「勝手にしなさいよ!!」


 そういって初芽さんは部屋のドアをバシーンと閉めて出て行った。

 相変わらずはっきり言うし怖いけど、環境が変わると如月初芽は最強の仲間だと気が付いた。

 本当にありがたい。

 

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