第16話 如月初芽という生き方

「何も言ってませんから……じゃねーよ。そもそもあれは全部布だっつーの」


 私……如月初芽は、聞こえてくる寺田冬真と和歌乃の会話を聞いてため息をついた。

 まあゴミもあるけど? 服も化粧品もあるけど? ていうか和歌乃の部屋が何も無さすぎなんだと思う。

 あの部屋は和歌乃の象徴。

 からっぽで【自分】しかない、あの子の象徴。


 お互いにアプリを入れて相互監視を始めたのはスマホを持ち歩くのが当然になった頃からだから……もう六年以上前だ。

 私は全部知りたい。知らないことが怖い。知ったうえで、要らないことと要ることを判断したい。

 知っていることで傷つくのはいいけど、知らなかったことで傷つきたくない。

 「全部知りたいから、和歌乃が仕事してる音、聞かせてよ」

 そう言ったのは私だ。和歌乃は「ぜんぜんいいよ。むしろ助かる」と微笑んだ。

 ずっと私たちはお互いの声を、生活を、会っている人の声を聞いている。

 

「あった。No.536。これか!」


 バイトで入れてもらった衣装会社で私に与えられた仕事は借りた衣装を返却する雑務だ。

 この会社は如月初芽として仕事をしてた時から目をつけていた。

 社長は局の偉い人の娘さんで、芸能人の息子がデザイナーとして出入りしている。

 和歌乃みたいに変な境遇の子も、何も言わずに受け入れてくれそうだと思っていた。

「衣装の勉強をしたい妹がいて……バイトからで大丈夫なので使ってみてくれませんか?」。

 さっそく現れた私(まあ分厚い眼鏡とそばかすメイクはしてきたし、話し方も気を付けてる)に「そっくりね!」と驚きつつ受け入れてくれた。

 現場を知りつつ、細かい仕事をしてくれる人間が欲しくない業界などない。しかもバイトだから最低賃金だ。出しゃばらない限り、追い出されることはないだろう。

 服は大好き! 衣装も大好き! でも……本当にこれがしたいことなのか、実はわからない。

 結局また「楽をしようとしてるのでは?」と心の奥で思っている。


 お母さんは有名な歌劇団にいた女優さんだ。私はその劇をみて、憧れて育った。

 いつかこんな素敵な劇に出たい。こんな女優さんになりたい。

 そして小学校一年生の時、私は西宮芸能が持っている子供劇団で主役をした。

 みんな褒めてくれて「さすが如月さんのお嬢さん」と称えてくれた。

 やっぱり才能があるんだ! 自分に酔いしれた。

 和歌乃が引きこもっていたから、父さんも母さんも私だけを褒めたし、父さんは「お前は母さんみたいに女優になるんだ」と誇らしげだった。

 そして次もすんなり主役が決まった。


 でもある日聞いてしまった。

 劇団の人たちの「またあの子を主役にしないとダメなの?」という本音を。


 私はコネでねじ込まれただけで、実力がある子に支えられてなんとか主役として立っただけだったことを知った。

 冷静になって録画された劇をみたら、予定とは違う動きをしている私を、みんながフォローしてくれていた。

 ちゃんとしたはずなのに、ぜんぜん出来てなかった。

 才能があると思った自分がはずかしい。

 もうイヤだと父さんに泣きついたけど、父さんは許してくれなかった。

 「才能なんてものは存在しない。押されて前に立って、はじめて付いてくるものだ。存在は金をかけて人が作り出すものなのだ」と。

 そして大きな仕事のオーディションが近づいてきた。私は知っていた……私が受かることを。

 偉い人たちが「私を支えること前提で」他の人たちを選ぶ打ち合わせをしていたからだ。

 そんなの受けたくなかった。

 ショックだったのはお母さんも「コネがあるなら、使っても良いんじゃないかしら」と言ったことだ。

 誰も私の話を聞いてくれない。

 気持ちを聞いてくれない。

 私がどんな気持ちなのか、想像さえしてくれない。

 だからインフルエンザだと嘘をつき、和歌乃に行かせた。全部適当。思いつき。あの子を奮い立たせる言葉なんてどれだけでも適当に言えた。

 それに、


『私が行ったら受かってしまうオーディションでも、和歌乃が棒立ちすれば、さすがに落ちると思った』


 そしたら合格。やっぱりコネ……と思って見に行った劇で、和歌乃は恐ろしいほどの光を放っていた。

 私のサポートをするために置かれた実力がある子たちに支えられて、その劇は高い評価を得た。

 みんなに囲まれて戸惑いながら微笑む和歌乃。

 喜ぶ父さん、泣く母さん。


 なりたかった私がそこにいた。

 思い描いた私が、そこにいた。


「……あほらし」


 私は演技をしたいという夢を捨てて「求められている姿」を演じることに徹した。

 和歌乃が学校に行けないなら、私は学校行事で目立ち、褒められる。

 近所や仕事場で評判のお嬢さん。それが私だった。

 正直私が私を保てたのは父さん譲りの頭があるからだと思う。

 人の思考を考えて、その先に動く。自分のためになる人、損得、会社の利益と、演者の利用。

 私は私に和歌乃を強要し続けた父さんが大嫌いだけど、たぶんものすごく似てる。

 私が父さんだったら、金かけて育ててきた如月初芽という存在を簡単に辞めさせたりしないわ。だからここまで考えたのよ。全部わかるけど……。


「でも父さんみたいになりたくは、ないのよねえ」


 笑顔で嘘ばかり。出来ないことを出来ると引き受けて金をもらって、自分は何もせず現場は地獄。

 怖すぎるのよね、あの人。

 私は昔を思い出しながら作業を続けた。

 そして次のナンバーの靴を見つけて、ボックスの中に入れる。そういえば他の仕事でもここの会社から小物を借りていたはず。

 一緒に作業したら楽になるかも知れない……とパソコンで確認したら、小物から化粧品まで大量に出てきた。

 借りた時点で、香盤表を作って一括管理すべきね。

 有名な作品に出ていた衣装や小物を視聴者が知りたがる。

 SNSになんでも情報をアップするのが当然のご時世、こういうのを写真撮っておくだけでも何かに使えるかも。

 そう思って私は衣装を片づけながら写真も撮っていく。


「あー、OSOIの春カラーバッグめっちゃ可愛い!」


 可愛いバッグも服も靴も大好きだし、作る現場もすごく興味がある。

 劇に出てくる豪華なドレスも大好きだし、その世界を作る仕事も楽しそう。

 あれもしたい、これもしたいと思うけど……心のどこかで「あなたまた逃げてるだけなんじゃないの?」と小さな声が聞こえてくる。

 

 もうオーディションは受けたくないと父さんに泣きついたら「楽をしようとするな! お前は母さんみたいになるんだ!!」と怒鳴られた。

 あの言葉が脳裏にこびりついて離れない。

 まるで呪い。

 何をしていても「楽な方に逃げ出したのでは」と思ってしまうし、実際そんな気もする。

 私は和歌乃にオーディションを受けさせた時から、ずっと逃げている。

 自分の才能のなさをこれ以上目にしたくない。

 才能がある人たちの前に晒されて、これ以上凡人だと気が付きたくない。

 このまま誰の目にも止まらない倉庫で、地味に仕事出来てたらそれでいい。

 両親や和歌乃にある才能が、自分には無いと見せられるのがつらい。

 もう二度と親しい人たちに失望されたくない。

 

「……でもドレス作り、すっごく楽しかったのよねえ……」


 ため息をついた。寺田家に挨拶に行くときに着ていったドレスは、自作で、色々調べて自分なりに作ってみたものだ。

 それを作ってたら部屋がまあ、すごいことになったんだけど。

 稚拙な作りだけど、冬真くんの家の子は目を輝かせて「可愛い、お姫さまだ!」と言ってくれた。

 そうなの。私、やっぱりお姫様になりたいし、作りたいのよね、ドレス。 

 でも才能が無かったら、また逃げ出すの……?

 パソコンの前に座ってため息をついた。そこにずっと聞いている冬真くんと和歌乃の会話が聞こえてきた。


『如月初芽は、大丈夫なんですかね。あいつ……ずっとひとりなんじゃないですか? 状況も変わってるし……誰か話し相手とかいるんですか?』


「……は? 何言ってんのコイツ」


 私に雇われた男が……と言いながら、胸が苦しいことに気が付いた。

 しかもあれ……私、泣こうとしてない? やめて、マジ無理、キモイ。

 何度もまばたきをして歪む視界をごまかした。

 最近わりとひとりで作業して、誰とも愚痴ってないのが問題な気がする。 

 やっぱ人間雑談しないと死ぬわ。

 学校に行けば、飯田先輩も、友達も、みんないるのに……私は倉庫でひとりだ。


 そこまで考えて、なんでそんな悲観的になる必要なるんだ? と思った。

 客観視は得意。この特技のおかげで必要以上に病まない。

 寺田冬真くんに最初に接触したのは和歌乃かも知れないけど、見出したのは私だ。

 この状況を作ってあげたのも、全部私。


「別になんの遠慮することもないわ。冬真くん呼び出して愚痴ろうっと。ネタはたくさんあるし」


 私はLINEを立ちあがて『話があるから仕事終わったら家に寄りなさい』と打ち込んだ。

 そうよ、冬真くんに愚痴ろう~。私は鼻歌を歌いながら作業を開始した。

 すると音声が聞こえてきた。


『わかったよ。俺も如月と話したい。お前すごいな』


「っ……!!!」


 その言葉に思わず持っていたハンガーを落とした。

 くっそ……あの男。……でも、どうしよう。嬉しいわ。

 私はその部分だけ録音して、別の場所に移動させた。

 こんな優しい子、和歌乃だけのものにするの、ずるい。

 私にも貸してよ。

 それくらいいいでしょ?

 はい、いいわね、決定。


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