第14話 君にしか出来ないことを

 生徒会室に逃げてきたのは良いが、ドアを開けた瞬間から鬼のように汚い。

 この前少し片づけたのに、またゴミが増えているように見える。


「……俺、マネージャーになったので生徒会入りますけど……まずはこの部屋を掃除します」

「さすが雇われ男、便利便利~」


 飯田先輩は「じゃあよろしくぅ。初芽こっちこっちー!」と奥のソファーに座って和歌乃さんにお菓子を勧めた。

 和歌乃さんは頭を下げて、


「喉が痛くて……お菓子は無理です……」


 と断った。飯田先輩は「そこまで痛いの?! 初芽が好きな最後までチョコたっぷりだよ~? ま、いっか」とひとりでパリパリ食べ始めた。

 それを聞きながら「断れてすごいな」と俺は思ってしまう。

 二時間目の体育の時も見学してたんだけど、ただ運動したくなくてサボってるクラスメイトたちに「教室行こ~」と誘われていたが、断って外で見学していた。

 俺が和歌乃さんの立場だったら「誘われたから」と流されてしまいそうだ。

 だって学校では如月初芽でいる必要があって……とそこまで考えて、違うだろとセルフ突っ込みをいれた。

 和歌乃さんは、ちゃんと和歌乃さんでいようとしてるんだ。

 そう言ったのは俺なのに、違いを見つけて動揺してしまう。

 和歌乃さんがしたいこと、和歌乃さんならしそうなこと。


「……じゃあ、一緒に片づける?」


 和歌乃さんに声をかけると、俺のほうをふりむいてコクンとうなずいた。

 和歌乃さんの部屋はものすごくキレイだった。きっと掃除は好きなんだろう。

 ソファーに座ってトッポを食べていた飯田先輩がゴロゴロ転がり、逆さになった状態で俺たちを見て叫ぶ。


「ええー--、初芽が掃除?! マジで熱で頭やられちゃったの?!?!」

「飯田先輩、マジでこの部屋やばいですよ。春にゴキブリが動き出すって知ってますか?」

「えええ!!!」


 叫んでソファーから立ち会ったのは飯田先輩……だけじゃなかった。

 横を見ると俺の腕にぎゅううううと和歌乃さんがしがみついていた。

 その目は周りを見渡して大きく見開かれていて、長いまつげがはっきり見える。

 口はキュッと一文字に結ばれていて、母さんや菫、美琴とも違う反応に少し笑ってしまう。

 ちなみに菫は家から秒で脱走、美琴は「捕まえる」と言って追いまわし、母さんは部屋に籠城した。

 鶏は大丈夫でもゴキブリはダメなんだな。

 俺はゴキブリは平気だ。いや、なるように頑張った。

 お惣菜店に大量に出るから、いちいち驚いていられなくなった。パートのおばちゃんたち曰く「食べ物を扱っていたら慣れるしかない」ようで、俺も処理には慣れたけど見たいものではない。

 減らしたいなら掃除するしかない。

 とにかく部屋に落ちたゴミをビニール袋にまとめる所から始めた。

 何年も前に卒業した先輩の体育着が出てきて絶句。何年掃除してないんだ。

 和歌乃さんも床にまるまって、ちょこちょこと動いて作業しているが……長い髪の毛が床についてホコリをかき集めていく。

 まるでそういう掃除道具みたいだ。


「如月さん。髪の毛が床についてる」

「あっ……」


 和歌乃さんは髪の毛の先に大量にホコリがついていることに気が付いて手で必死に取り始めた。

 俺は当然だが髪の毛を縛るゴムを持ち歩いていない。何かないかと探していたら、飯田先輩がソファーをトントンとたたいた。


「初芽がゴム忘れるなんて珍しいじゃん。手首の無限ゴムどこいった~? ほらここ座って!」


 和歌乃さんは戸惑っていたが、ソファーにおずおずと座った。

 そういえば如月初芽は常に手首に大量のゴムをつけていた。数個でも持ち歩くようにしたほうがいいな……と俺はスマホのリマインダーに入れた。

 日があたるソファーで飯田先輩は鼻歌を歌いながら和歌乃さんの髪の毛を縛り始めた。

 見ていると左上からスルスル……と編み込み、やがて頭の後ろ部分がハート形が浮き出してきた。なんだこの技術は?!

 俺も美琴の髪の毛を縛っているからわかるけど、すんごい技術だな?!

 あっけに取られる俺をしり目に、飯田先輩はポケットからヘアゴムを出して最後にとめた。


「う~ん。可愛い! 初芽シャンプー変えた? 髪の毛超いい感じじゃん。つるんつるん~」


 俺はそれを聞きながら、一卵性双生児でも髪質は違うのか……とこっそり思った。

 和歌乃さんは戸惑いながら、頭の後ろにおずおずと触れた。


「……すごい」

「最近美穂っちゃんの所いって腕あげてんの~。GWのお土産もらった?」


 それを聞いてドキリとする。

 美穂っちゃん……同級生にはいない名前、だと思う。

 これはたぶん仕事現場のほうに入っている人の話だ。

 少なくとも俺は全くわからない。緊張して見ていると、和歌乃さんは目元だけで微笑んだ。


「メロンパイ、食べました」

「美味しかったよね~~~。北海道のお土産ってどーしてあんなに美味しいんだろ」

「美穂さんの北海道のお話、好きです」

「ラーメン屋の話聞いた?」

「バターを四つ入れるラーメンですか」

「そうそう!! それってもうラーメンじゃなくてバターじゃね? みたいな」


 俺の心配などどこ吹く風。

 むしろ和歌乃さんは楽しそうに飯田先輩と話をつづけた。

 どうやら『美穂っちゃん』という方は、お仕事現場にいるヘアメイクさんで、ふたりとも現場でよく会うらしい。

 教室にいる時よりも少し打ち解けた雰囲気で、気楽そうに見えた。

 そうか。和歌乃さんは学校にいる人たちは「はじめて」の人たちばかりだけど、同じ仕事をしている人だと共通の仲間がいるから話が通じやすくて、気楽なのか。

 俺はとにかくバレないように生徒会から逃げ出すことしか考えてなかったけど、逆に飯田先輩と話すのは和歌乃さんにとって、慣れた環境を知っている人にはなるのか。

 むしろ休み時間は生徒会室にきたほうが、気楽に休めるのかも知れない。

 それにしては汚すぎるけど。

 俺がゴミだと思った紙束を捨てようとつかんだら、飯田先輩が「ああー-、ダメダメ、これアンケートだよ」と叫んだ。

 アンケート? よく見ると【部活民から生徒会に一言っ!】と書かれたアンケート用紙だった。

 部活を真面目にしていないので、こういうことをしているのも知らなかった。

 パラパラと見ていると「ナビゲーション費をこっちに回して!」という文字が何個も見えた。


「ナビゲーション費って何ですか?」

「予算のまとめプリント出してるのに、全然見てないんだなあ~」

「見ないですね。即メモ帳です」

「あああーん、やっぱやる意味なさすぎるー」


 飯田先輩は唇を尖らせて話を続けた。


「学校紹介VTRが【女王のこころ天国】って番組で流れるのは知ってる?」

「トカゲが悪さしてる……と聞きました」


 それは前回如月初芽から聞いていたので知っていた。

 飯田先輩は、アンケート用紙をパラパラ抜き出して置いた。


「そうそう、トカゲ11。あの子たちが部活を紹介する番組なんだけど、あの子たちの費用って、それぞれの部活の予算に組み込まれてるの」

「紹介に使わず、部費に回すことは出来ないんですか?」

「架空計上。実際存在しないのよ。勝手に保存会が予算に組み込んで、一度だって部活側に落とさず、そのまま流用してるのよ。5万も!」

「あの子たちに、そのギャラが払われてるって事ですか」

「それなら良いけど、渡されてないの。放送が終わったら打ち上げって名前で全額使ってるの。実質トカゲ誕生日パーティー」

「くっ……何から何まで気持ちが悪い!」


 俺は叫んだ。

 つまりあれだ。部費の予算を通すのは保存会側で、その中に勝手に「ナビゲーション費」を計上。

 その費用を部活側には回さず、自分の誕生日会に使っている……と。


「ナビゲーションしてる女の子側もイヤですよね、そんなの」

「そりゃもうね、ほら、初芽も知ってるでしょ? 今年入れられた子」

彩華いろはさんですね」

「そうそう!」


 飯田先輩が言った事に対して、すぐに反応できる和歌乃さんにいちいち感動してしまう。

 全部聞いていたのは本当で、人間関係が全部頭に入ってるんだ。

 俺が「ほえー」と思っていると、和歌乃さんが俺のほうをちらりと見て口を開いた。


「彩華さんは、この前……保存会の部屋にいたバスケ部の子です」

「えっ?! あの子?!」


 俺は思わず叫んでしまった。

 如月初芽に見せられたトカゲに狙われていた女の子……結局トカゲ11に入ったのか。

 飯田先輩は苦笑しながら、


「入れられたのよ、きっと。あの子、ミンミプロでしょ? あそこ雑魚すぎてトカゲに気に入られたくて仕方ないのよ。ひとり11が抜けたからタイミングもよかったのよね~。彼氏がいたのがバレて何か色々あったみたいだけど」

「ちょっと待てください。トカゲ11の子は彼氏いないって設定なんですか?」

「アイドルになるための練習だって」

「いやいや、そういうことじゃないですよね?!」


 俺が叫ぶと飯田先輩は苦笑した。


「でもね。そのパーティーは誕生日会にすることで、局の偉い人とか山ほど来るの。女の子たちにとってマイナスばかりではない。だから告発されないのよ。あんたマネージャーするなら、正論ばっかり吐いてたら叩き出されて即終了よ。悪さがまかり通るのには理由があるんだから」


 それを聞いて俺は「なるほど……」と思った。

 学校では気持ち悪いと叫んでもいいけど、仕事場では違うということだ。

 飯田先輩はトッポをかじって振り回した。


「ちょっと初芽~。このマネージャー大丈夫~~?」


 その言葉に和歌乃さんは目元だけで微笑んで静かに首をふった。


「いてくれると助かるんです。本当に」


 飯田先輩は「え~~? 教育足りてなくなぁい?」と楽しそうに煽っていたが、和歌乃さんはそれを静かに聞いて微笑んでいた。

 そうだ、俺は学校のことしか知らない。逆にお仕事現場では素人だ。

 そう考えると、今日は和歌乃さんのスタートラインだけじゃなくて、俺もそうなんだと気が付かされた。 


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