第13話 震える勇気で
三人で昇降口まで来ると、和歌乃さんは俺のほうをチラリとみた。
俺は俊太郎に気が付かれないように靴箱の位置を和歌乃さんに知らせた。
こういう小さなことも、全部打ち合わせはしてきたけど、やっぱり位置が分かりにくいようだ。
俺が全部当然のように知っていることを、和歌乃さんは知らない。
靴箱の位置も、そこからどうやって教室にいくのかも。
何もわからない和歌乃さんを放置してしまいそうで、怖くてドキドキする。
すべてを知っている俺が、ちゃんとサポートしないと。
「俊太郎、ういー-す。今日昼練出る?」
「行く行くー」
俊太郎が部活仲間と消えていったのを見て、和歌乃さんに近づいた。
目を見ると、冷凍庫の中でコロンと生まれたばかりの氷のように表情が固まっていた。
温度など知らぬ生まれたての冷たさで。
俺はサッと鶏が書いてある掌を見せた。和歌乃さんの目の奥が、すわりと溶けて息を吐いた。
「……これ、寺田さんが描いたんですか?」
「そう。絵は全然得意じゃないけど、それを含めて、いいかなと思って」
和歌乃さんは「はい、いいです……」と小さく言って目を閉じた。
そして、すうう……と肩と指先を小さくふるわせて息を吸い込んだ。
まるで学校の空気を吸い込んで自分になじませるように。
そしてふうう……と身体の中を全部入れ替えるように息を吐きだして目を開いて俺のほうを見た。
「ありがとうございます。私のことを知ってくれてる人が近くにいると、思い出せて良かったです」
「手を洗ったらすぐに落ちちゃうからさ、見てもらえて良かったよ。傑作だから」
おどけて言うと「あの、写真を撮らせてもらっていいですか?」とカバンからスマホを取り出した。
ええ? もう汗で汚くなってるし、傑作と言ったけど、下手くそなんだけど……。
適当に言い逃れようと思ったけど、和歌乃さんはご飯が出てくるのを待つ猫のようにじー-っと俺を見ている。譲る気はないようだ。
予想より意思が強い。
俺はなんとなく、如月初芽と和歌乃さんの違いのパーツみたいなものを心の箱のなかに集めているんだけど、わりと同じところも多くて。
頑固で譲らないところは、ふたりともそっくりだ。
あと主張も強いのも同じ。
今のところ二つのカケラがまあるく光っている。
それが和歌乃さんを喜ばせるか、悲しませるか、わからないから、まだ心の箱の二段目に隠しておこうと思う。
仕方なく掌を見せると、それをパシャッと撮影して、目元だけで微笑んだ。
こんなことで笑顔になってくれるなら、まあ良いかも知れない。
教室に到着した。席の位置は事前に写真を撮って教えておいた。
中に入ると、クラスメイト数十人に一気に押し寄せてきた。
「初芽ー-、また喉頭炎だって? 大丈夫なの? 顔色わるっ!」
「うん。ごめんね」
「げっ、声やばっ、無理して話さなくていいよ、えー、大丈夫?」
喉頭炎で一週間休んだことをみんな覚えていたようで、ただ体調を心配している。
はじめての教室で心配したけど、車から降りた時より余裕がある表情をしていることに安堵した。
和歌乃さんは人の波が去ると、カバンの中から筆箱を取り出した。
それは布製のもので、形は細長い筒状なんだけど、斜めにファスナーがついていて、それを開くとパカーッと開いて中が見えるのだ。和歌乃さんはこれをGW中にネットで購入していた。
「今はこんな筆箱があるんですね」と目を輝かせて。
俺は筆箱なんてジップロックで良いと思ってるけど、女子が筆箱を好きなのは妹たちを見てるから知っている。
和歌乃さんは、それを大切そうに机において、開けたり、閉じたりしていた。
その様子を見て、一年生になって入学したばかりの頃の美琴を思い出した。
同じように最初に筆箱を出してパカパカさせていたな……と。
気持ちは小学校一年生から……なんだ。
「……こりゃ大変だ」
と小さな声でつぶやくと、部活の打ち合わせを終えた俊太郎が戻ってきた。
その目は興味でランランと輝いている。
「んで? どうですか、マネージャー業務は」
「おうよ。俺は今日から如月初芽の奴隷だ。なんでも聞いてくれ」
「マジで面白いんだけど!!」
それを聞いて、和歌乃さんの周辺にいたクラスメイトたちも続々と俺のほうに移動してきた。今日の俺のメイン業務は、道化になることだ。
俺が如月初芽のマネージャーになったことを伝えた時、クラス中が驚きと爆笑と困惑に包まれた。
そりゃ俺だって、俊太郎が如月初芽のマネージャーになると聞いたら「おいおい……」と思うだろう。
すべては如月初芽の狙い通りだ。
俊太郎は興味深々でガツガツ顔をつっこんでくる。
「月給は?!」
「契約は口外できない」
「なんだよつまんねーな」
そう言って俊太郎は口を尖らせた。
俺はみんなに聞こえるように少し大きめの言う。
「人によって金額が変わるからさ、あんまり言わないほうがいいだろ」
そう言うと西宮芸能に所属している子たちは「まあね」と静かに頷いた。
西宮芸能と契約している高校生芸能人も給料が出ている。
でもそれは仕事内容や多さより、西宮芸能がつけている【ランク】で上下するので、デリケートな話題らしい。
つまり同じ仕事をしていても、ランクが高い子のほうがお金が多く出ているらしい。
そしてそのランクはトップシークレットで、上層部が勝手に決めているんだと如月初芽は笑った。
「少なくとも西宮芸能に所属している子たちは【そういうことを匂わせれば】何も聞いてこないと思う。マジで暗黒地帯よ、あの評価」
そう断言した。
如月初芽として仕事をしてきたからこそ、知っている情報なんだと思う。
たぶん、如月初芽と如月和歌乃の給料、両方とも知ってるだろうから。
実際匂わせた結果、西宮芸能の子たちはサーッと引いていった。
やっぱり如月初芽はすごい。どこまで先を見通して生きてるんだ……マジで。
服飾より社長とか、策略考える人? のが向いてるのでは……思ってしまう。
俺が勉強用にiPadに入れてきた大量の映像ストックを見てクラスメイトたちは「大変そう……」と去っていった。
当分は道尾さんが手伝ってくれるみたいだけど、如月初芽のサポートもあり、いつまでも頼れない。
40万もらうんだから、俺もしっかりしないと。
お惣菜屋はGW中も働くことで、なんとかやめさせてもらった。
店長やパートさんたちは残念がってくれたけど、時給は安いしつらかった。
授業が始まった。和歌乃さんは背筋を伸ばして黒板をまっすぐ見て、いろんなペンを使いながらノートをちゃんと取っている。机の上に10本くらいのペンを出して、ぽこん、ぽこんと蓋を開けて楽しそうに。
ちなみに如月初芽は授業中、ずっと爪を磨いていた。俺が観測してた限り、ノートに書いたのを見たことがない。
また見つけた小さなカケラに微笑んだ。
昼休みになり、おにぎりを食べながらiPadを見ていると、和歌乃さんの席に声が響いた。
「初芽ちゃーん、学校来れるようになって良かった。アンケートで部屋が埋まってるよ、いこ~~」
「飯田先輩、おつかれさまです」
「げげ。声そこまでしか出ないの? 顔色わるっ! 大丈夫?」
「……はい」
和歌乃さんは静かに頷いた。
和歌乃さんは「ランチに行こう~~」と誘う友達に「喉が痛くてゼリー飲料しか飲めない」と断り、席でスマホを触っていた。
そこに来たのは生徒会の飯田先輩だ。
飯田先輩と如月初芽は仲が良くて、ふたりでバラエティー番組にも出ている。
「カンもいいし、頭もいい。でも悪意があるタイプじゃない。だから使い方次第の人」と分析していた。
そんな人が近くにいるのは怖いから、俺は生徒会を抜けたほうがいいんじゃないかと思うんだけど【如月初芽が生徒会をやめる理由】が見当たらなくて困っている。
中心人物として動いてるし、自分勝手にしてきた生徒会で、本人が抜ける理由がない。
いうなればワンマン社長が副社長もいない状態で会社をやめるようものだ。
如月初芽は「飯田先輩も三年生だし、丸任せってわけにいかないのよ。一年生で引き継げそうなの、いるにはいるけど……うーん、任せた寺田40万!」と言われる始末。寺田40万。ハイセンスな名前だな。わかったわかった、俺がなんとかする。
席を立って和歌乃さんのところににいく。
「飯田先輩、おつかれさまです。雇われマネージャーの寺田です」
「きたぁぁぁぁ~~! クラスメイトをマネージャーにするなんて、狙ってるって言ってるようなもんじゃん? 初芽、同級生の男はクソガキって言ってたけど、興味あったんだー? 付き合ってる? 付き合ってるぅ?」
その言葉に俺は意識が遠ざかる。
「同級生の男はクソガキ」ものすごく如月初芽が言いそうだ。
その言葉にうつむいていた和歌乃さんはスマホの画面を撫でつつ、目だけあげた。
「……年齢は、人に、あまり関係がないです」
「おおっとおお~~~??? 寺田くんに看病してもらったって聞いてるけど、愛にふれちゃったの? 心変わりした初芽ちゃんのお話もっと聞きたいぞお」
テンションあげあげになってしまった飯田先輩を引っ張って俺は生徒会室に向かった。
このままここで騒がせたらめんどくさいことにしかならない。
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