第7話 知ってしまった闇

「ここが生徒会室。奥のラウンジは生徒会関係者しか使えない部屋なんだけど、日当たりよくてお昼寝に最高~」

「おお……ここが禁断の……って地獄みてーに汚いぞ!」

「誰も掃除しないからね」


 そういって如月はソファーの上に置いてあったお菓子のゴミをポイと投げ捨てて座った。

 俺はあまりの汚さに茫然としてしまう。薄汚い布がかけてあるソファーはお菓子のカスがついていて薄汚い。

 ゴミ袋からゴミがあふれ出して床に転がり、ペットボトルもそのまま捨てられている。

 机の上は紙が散乱していて、なんだか分からない粉が挟まっている。

 限界をこえて汚い!! 俺は綺麗好きではないが、ここまで汚いのは我慢ができない。

 菫はアレルギーがあるし、最低でも二日に一度掃除機をかけるが……。

 ソファーに座りたくなくて立っていると、如月が窓の近くにチョイチョイと俺を読んだ。

 窓の外から向かいの校舎を見ると……そこは西宮保存会の部屋が見えた。


 西宮保存会と生徒会、この学園にはふたつの権力があるが、力を持って仕切っているのは保存会のイメージだ。

 熱心な人たちが多く、イベントの多くは保存会が仕切っている。

 生徒会は本来なら保存会と意見を戦わせてより良い学園に……という学園の願いむなしく、お菓子のたまり場と化しているようだ。

 でもここに入って掃除してるだけで、西宮貿易に入れるなら……と思って窓の外を見ると、保存会会長、濵﨑はまざき竜哉りゅうやが見えた。

 肩まである長い髪の毛と、切れ長の目、とがったメガネと、いつもベロベロと動く舌が見えることから、影で「トカゲ」と呼ばれている奴だ。

 実質西宮を仕切る有名人で成績優秀超有能だと聞いてるけど。

 その横に女の子が見える。

 知らない子だが……トカゲはその子の顔をニヤニヤしながら見て、少しずつ距離を詰めていく。

 横にいた如月が手に持ったトッポをパキンと食べて口を開く。


「毎年さあ、七月に学校紹介VTRが【女王のこころ天国】ってテレビ番組で流れるじゃん? その中の子が学園祭で売られるカレンダーに出てるって気が付いてる?」

「え。そんなの考えたことも無かった。いや、でもそうか、そうなのか」


 俺はポケットに入れてた学校用の端末を立ち上げて去年の学校紹介VTRを見た。

 西宮学園には多くの部活があるんだけど、そこに女の子が来て紹介する……といったものだ。

 部活に全く興味がない俺は、有名なテレビ番組で流れると聞いても「そんなのあるのかー」という認識だった。

 そして学園祭で売られているカレンダーを見たら、部活を紹介している女の子と同じ子たちだった。

 三年遡ったが、全部そうなっていた。

 まったく気にして無かった。

 如月は机の上に座って足を組んでトッポを振り回しながら目を細める。


「知ってる? ああやって保存会でトカゲに気に入られることを【トカゲ11(イレブン)】って呼ぶの。毎年11人選ぶからイレブン」

「なんだそれ、気持ち悪くて死にそうだ」

「トカゲ11に入るとトカゲ父が枠買ってる番組に呼ばれやすくなるのよねー。あいつの家ドラッグストアで規模がクソでかだから」

「父親の権力振りかざしてんのか、トカゲは。全然知らなかった」

 

 俺が窓の外を見ながら言うと、如月初芽は目を細めて続ける。


「今保存会の部屋にいる子……あの子のイレブンに入りたいのよ。バスケ部の一年生。うちらの一年後輩で同じ特別クラス。弱小事務所の子だから事務所に言われたの。もうすぐ学校紹介VTRの構成会議が始まるから、ああやってトカゲのところに来てるのよねー」

「トカゲの顔がデレデレしてキモすぎる、舌がぺろぺろ出てるだろ、あれ!」

「あの子も望んでるのよ。15才の今、テレビに出ないとね。ある意味WIN-WIN? 未来がちょっぴり確約? まあそんな風に出てきたら末路は決まってるけど。それでも何もしないよりマシなのよ。枯れない花なんて無いからね」


 そういって如月は足先をぶらぶらと動かして机からジャンプして着地した。

 竜のように長い髪の毛がしなって着地するより前に如月は薄い唇を引いて微笑んだ。


「それがどんな泥の中でも女は咲きたいものよ」


 なんだそれ。

 保存会の部屋の中では女の子が怯えた表情で濱崎の前に立っている。

 どっからどう見ても巨大トカゲに怯えるウサギにしか見えない。

 泥の中でも咲きたい?

 本人が望んでる? 本当に?


 だったら確かめればいい。


 俺は学校用の端末を学校専用Wi-Fiから、スマホのVPNアプリを立ち上げて、回線を変える。

 学校専用端末にはIDがついていて、何をしてもすぐにばれるけど、回線さえ変えれば問題ない。

 アプリの使い方は海外でしか放送してないバスケの試合を見ている俊太郎に教えてもらった。

 全部英語だけど何とかなるレベル。


 そして学校のサイトに入り、保存会のテレビ端末と、放送室の端末を学園内リンクで繋ぐ。

 これは先生の端末PCから、教室のモニターに映像を流すときに使うアプリだが、他の教室のモニターにも簡単に接続できる。

 一応パスワードがかかってるけど、そのパスワードは「0000」みんな勝手に使ってる。

 部活しながらモニターに音楽流したり、参考のYouTubeを流したり、便利な機能だ。

 今放送室はお昼のアニメ放送を流してるから、それと保存会のテレビを直接繋ぐ。

 すると保存会のテレビに突然放送室が流しているアニメが流れた。

 トカゲが動きを止めて、テレビを切りに行こうとするので、俺は他にもあるテレビに接続した。

 トカゲがすべてのモニターを切ってしまったので音声だけ爆音で流してやった。

 保存会の部屋の中でトカゲが「なんだよクソ、うるせーな!」と叫んでいるのが見える。


「なにその地味な嫌がらせ!」


 横で如月が笑う。

 俺はアプリを弄りながら保存会の部屋を見る。

 見てると女の子は部屋から逃げ出して行った。

 俺は接続を通常に戻して、サイトからログアウトする。


「……やっぱりそんなことしたかったわけじゃないんだ、あの子は。誰かに本当に指示されたとしたら、マジクソだな」

「それが確かめたかったのね」

「逃げるチャンスがあっても部屋に居続けたらあの子の意思だけど、そうじゃないってことだろ。最高に気持ち悪いな、保存会。全然気にして無かったわ」

「巧妙なのよ、やることが。みんなが気にしてないところでこっそり利益を得てる……でもあの子はそうするしかないのかもしれない。そう思わない?」


 突然湖にポチャンと雨だれが落ちるように静かに如月は言った。

 弱小事務所にいる夢を持った子。

 媚を売るしか成り上がる手段がない?

 俺は端末を学校Wi-Fiに戻した。


「あの子をちゃんと見てくれる人はきっと居るだろ。俺がここで見てたってだけで運がいい。だから大丈夫だ」


 その言葉に如月はキョトンと目を丸くした。

 それは全く予想外の言葉を聞いた猫のように真ん丸に。

 そしてにんまりとほほ笑んだ。


「寺田冬真くん、君、合格」

「何いってんだ。でもさ、こういうのも幸運の一種だろ。悲しい探しより楽しい探しだ。そうでもしねーと貧乏に押しつぶされる」

「……聞いてた? 和歌乃。運がいいのよ、きっとそう」


 ??

 俺は如月が何を言ってるのか分からない。

 とりあえずこの生徒会室は鬼のように汚くて、もし入るならまずは掃除だ……と足元のゴミ袋に適当にゴミを入れて縛った。

 戻る時に焼却炉に投げ込もう。

 如月はさっき飲んでいたペットボトルのゴミを「えいや」とゴミ箱に投げ込んだ。

 スコンとゴミ箱にペットボトルが入り、如月はくるりと振り向いて俺を見た。


「今日の夜、バイト終わるの待っててもいい? それで少しだけ付き合ってほしいんだけど」

「おう。じゃあイチゴ大福と……あ、ひとつでいいんだっけ?」

「ううん。イチゴ大福とプリン、ふたつ準備して。今日はふたつ必要だわ」


 そう言って如月は目を細めた。

 んん? 太っちゃったのはどこいった?

 まあこれも口に出すと殴られるのは菫で学んでいる。

 俺は頷いた。

 

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